ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

ゴルフ人生で、触れ合いすれ違った人達の、忘れられぬ想いを描き残しておきます。

ずっと「ページを開けません」と出ていて、入れなかったのが急に入れるようになりました。
しかし、全く不安定で、いつ二度と入れなくなるのか分かりません。 

「リダイレクトが〜」云々は、もう一台の古いパソコンでは出っ放しでずっとログイン出来ていません。
こちらもほとんどログイン出来ず、ログインできるのが 偶然のようです。


こちらの全文を新しく楽天ブログに開いた「ゴルフな人びと」に移行し終えたら 、こちらは削除します。

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Nさんは、もうすぐ50歳の誕生日を迎える。

待ちに待った、耐えに耐えた、抑えに抑えた、長い日々...でも、決して嫌でも不幸でもなかった。
むしろ、それなりに充実して面白く、感謝に溢れた日々でもあった。

26で見合いして結婚したNさんは、真面目な公務員の夫と、28で生まれた双子の息子と、31で生まれた娘の5人家族。
平の公務員だった夫の収入は決して多くなく、官舎住まいでなかったら生活は無理だったかもしれない。
まして最初の子供が双子だったために育児の負担も大きく、子供が3人になってからは無我夢中の生活が続いた。
そして、下の娘を保育園に預けることが出来た34の年から、子供の学費を貯めるためにずっとパートで働いて来た。
あまり出世しなかった夫の収入は生活するのに精一杯で、自分の楽しみを楽しむ余裕はなかった...それでも、その生活はそれなりに面白く後悔することはなかった。

ただ、Nさんはずっと思っていた。
「私の人生を楽しむのは50歳からだ。」
「50歳迄は、妻であり、母であることにすべてを集中する。」

「女は50からよ。」...これは、20歳から6年程働いた会社にいた、尊敬する女性の上司の口癖だった。
仕事をバリバリやり、エネルギッシュでありながら後輩の面倒見も良く、夫と子供の世話もちゃんとやっているというスーパーウーマンのような人だったが、何度か連れて行ってもらったバーでよくそう言っていた。
「私はね、50になったら自分のやりたいことをやるのよ。」
「そのために、今は頑張っているのよ。」

その上司が、52歳でくも膜下出血で亡くなったというのを、結婚退職後しばらくしてから聞いた。
彼女が50歳を超えて何をしようとしていたか、何を始めていたかは知らない。
でも、その言葉をNさんは、自分の人生をも示駿しているような言葉として受け止めていた。

Nさんは結婚前、ゴルフに熱中していた父親に教わってゴルフを始めていた。
練習場に一緒に行き、レッスンプロにも教わり、ラウンドは10回くらいした。
スコアは最高でも120回くらいだったけれど、面白かった。

しかし、間もなく親戚の紹介からお見合い、結婚、出産という流れが押し寄せ、ゴルフをやる時間も余裕も無くなった。
そして子供の学費稼ぎのためのパートを始め、10数年が過ぎた。

今年、下の娘が短大に入り、教育費も一段落した。
上の子もそれぞれ就職が決まった。

そしてもうすぐ、Nさんがずっと忘れないでいた「50歳からの女の人生」が始まる。

...実は、Nさんはパートの収入の一部でずっとへそくりをしていた。
計算では月1万円...1年で24万円。
15年で360万円を貯めるつもりだった。
しかし、急な出費や、やむを得ない支出、怪我や病気の出費などで、結局貯まったのは300万円を少し切るくらいの金額。

でも予定通り、これで50歳の誕生日を過ぎたら、ゴルフを始めるつもり。
夫も付き合いでゴルフをしているようだが、自分で始めるのは自分のゴルフ。
幸い、最近のゴルフは以前父とやっていた頃のような「贅沢な遊び」では無くなり、普通のコースなら「手軽な遊び」になって来た。
道具も中古クラブでかまわないし、ファッションだって贅沢をしたいと思わない。
パートも日数を減らして続け、その収入をゴルフに回せば、今なら充分にゴルフを始めて続けることが出来るだろう。

まず、練習場に行ってレッスンプロに半年くらい教わってから、コースに再デビューする。
夫と一緒にゴルフに行ってもいいし、練習場の会に入ってもいい。
腕が少し上がれば、オープンコンペに出たっていい。
すでに父が亡くなってしまったのが残念だけど、きっとゴルフを再開することを喜んでくれてるだろう。

...亡くなった先輩に言いたい。
「先輩の言ったこと、ずっと忘れずにいました。私も50歳から自分の人生を楽しみます。」

なんだか元気な最近の私に、夫も子供も不審げな顔を見せているけれど....
さあ、私の「妻」でも「母親」でもない、「私の人生」を楽しむ様を見せてあげる。

もうすぐの「50歳の誕生日」が楽しみだ。
...心配なのは、ゴルフを楽しめる程に自分の身体が動いてくれるかどうかだけ。

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駅からちょっと離れた住宅街の奥、気分転換に散歩する道沿いの家の庭でその男を見かけた。

年は60代半ばか...と言っても、それは最初に見かけた10年以上前の話だが。

たまたま、午後3時半に通りかかったので気がついたのだが、男は毎日雨が降らない限り、3時から4時までのほぼ一時間ゴルフの練習をしていた。
最初に気がついた時には、自分の家の駐車スペースにマットを敷いて、そこに紐のついたプラスチックのボールを乗せて打っていた。
男の振っているクラブは、古いスチールシャフトのパーシモンのドライバーと、これも古いスチールシャフトのフラットバックアイアンだった。

いつも真剣に顔を真っ赤にしてボールを打っているので、立ち止まるとその練習の邪魔をするような気がして、話しかけたりは出来なかった。
スイングは、トップでシャフトがクロスし、フォローで左肘が引けて右足に体重が残ってしまう、典型的な自己流ダッファーのスイング。
しかし、同じリズムで紐のついたボールをマットにセットして、フルスイングする...それを、見事な集中力で繰り返していた。

しかし、「マットの上からプラスチックのボールを打つ」と言う動きは、静かな住宅地では意外に大きな音が響き、離れていても「あ、また彼が練習しているな」とよくわかった。
少しその道を歩かない時期が続き、しばらくの時間をおいてその道を通りかかったとき、音が違っているのに気がついた。
見ると、練習する雰囲気は同じだったが、紐のついたプラスチックボールではなく、マットにセットしたゴムティーをボールのように真剣に打っている。
その音は、以前の「ビシュッ・カツーン・カランカランカラン」から、「ビシュッ・ビチッ」となって、音が大分静かになっていた。
...紐のついたプラスチックボールが壊れたか、あるいは周囲の家から「うるさい」と言われたか..

そのゴムティーを打つ練習は、何年も続いた。
そんな単調な練習をよく毎日続けられるものだ、といつも感心していた。
一回一回、彼のスイングの真剣さは途切れない。
スイングも、初めに見かけた時と変わらない。
ただ、ゴムマットはだんだんすり切れて、緑色の部分は薄くなってきて、彼のパーシモンも遠目にも塗装が剥げて傷んで来ているのが判るようになった。
グリップも、明らかにすり減っていて、彼のグリップした形に凹んでいるようにも見えた。
アイアンも錆が目立って来た。

また時間をおいてその道を通りかかると、その練習音が聞こえなかった。
彼の練習していた家の駐車スペースの横には、以前見かけた時よりも更に擦り切れたマットと、古いクラブが2本、家の壁に立てかけてある。
「練習時間を変えたのかな?」
「それとも...」

それから半年くらいの間、通りかかるたびに見ると、マットとクラブはそのまま置いてあった。

それからまた時間が過ぎて、最近通りかかったその家には、もうマットもクラブも無くなっていた。
彼の姿も、ずっと見ていない。


今でも、散歩してその家の近くを通ると、彼の練習している音が聞こえるような気がする。



...ああ、そうだよな。
俺も、あなたぐらいに真剣に、一球一球スイングしなくちゃいけないよな。

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