ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

ゴルフ人生で、触れ合いすれ違った人達の、忘れられぬ想いを描き残しておきます。

img_0-55

Rさんは、「しけたギャンブラー」だって、自分を自嘲気味に笑っている。
別に「賭けゴルフ」をやるギャンブラーなんて意味じゃあ全然ない。

3月から5月くらいまでは週一回はゴルフに行っていた。
でも、7月からはあまり行けなくなって、9月過ぎのゴルフシーズンに入ってもゴルフに行くことができない。
原因は、ギャンブル...といっても、あのパチンコ。

一昨年から給料は全く上がらず、ボーナスも減り、それなのに子供たちや何やかやと支出は増えている。
当然切り詰めなくてはやっていけない...彼の使える金も半分くらいに減った。
熱中していたゴルフも、練習場に行く数を減らし、ラウンドするのもなるべく安いコースを探し、早朝や夕暮れのゴルフを探し...それでも昨年は月に4回は行けなくなった。

そんなときだった...昨年の暮れに同僚とフラッと入ったパチンコで大当たりをとった。
「バトルもの」というらしく、一回勝つと次から次へと勝ち続け、負けるまでやって3時間...換金すると10万近くの金を手にしていた。
「ああ、これでゴルフができる!」..飛び上がりたい思いでその金を懐に入れ、その月はあまりプレーフィーの安くないコースも含め、5回もコースに行けた。
「やっぱり、金があるといいゴルフ場でできるなあ..」としみじみ思ったそうだ。

この時「そうだ!少ない小遣いもこうやってパチンコで増やせば、もっといろんなゴルフ場に行ける」と、どこかでそう思ってしまった。
もちろん「ギャンブルで勝ち続けることなんかできない」、くらいは知っていたから週一回以上はやらなかった。
そして、それから3ヶ月あまりは勝ったり負けたりを繰り返しながらも、運良くプラス状態が続いて「俺にはギャンブルの才能があるのかも」なんて気さえしていた。

おかしくなったのは、そのあとから。
それまでは「バトルもの」ってやつで当たると、必ず7回から10回、多いときには20回も連続して当たっていたのが、当たってもすぐに負けるようになった。
次に勝つ確率が80パーセントを超えるという機種なのに、せっかく当たっても1回とか2回で終わってしまう...当然プラスにはならずにマイナスが増えていく。
「おかしい」「こんなはずでは」という気持ちで熱くなってしまい、パチンコをやる回数が増えた。
そのうちに「当たる」ことも少なくなった。
へそくりを取り崩して入れ込んだあげく、ゴルフに行く金なんてどこにもなくなった。

それからは、給料日を待ちこがれて、小遣いが入るとすぐ(前のように、月4回のゴルフがやりたくて)パチンコ屋に直行するけれど、結局やられる日々が続いている。
「パチンコをやめて、その金で安いゴルフ場に月に2度くらいでも行けばいいのに」と頭ではわかっているのにやめられない。
「取り返したい」なんて思っているギャンブルは勝てっこない、ともわかっているのに。
せめて、サラ金から金を借りたりしてのパチンコは絶対しない、とだけは肝に命じているけれど...


「こんな小さな玉よりも、もう少し大きな球に燃えていたのになあ...」なんて、自嘲気味に煙草を吹かしながら、今日もRさんはパチンコ屋に行っている。

もう三ヶ月も前から、一度もゴルフに行けていない。

img_0-54

女子プロゴルフが話題になる時に、ちょっと私の胸の奥でちりちりとするものがある。

今の私は、ゴルフは全然やっていない...というよりゴルフをプレーしにコースに行ったことも無い、というのが本当かもしれない。
やったことはあるのだ、遠い昔...中学一年の頃に。

以前父はゴルフに熱中していて、メンバーが多いために安かったコースの会員権を買って競技を盛んにやっていた。
もちろん普通のサラリーマンだったので、プレーは月2回が限度だったけれど、毎日素振りを欠かさずにハンデは5までいった。
そんな父のコースで夏休みに「ジュニア教室」を開くというので、中学に入ったばかりの私も参加することになった。
本当はゴルフなんかに興味は無かったんだけれど、「やりたい」と言うと父が喜ぶので、嫌々ながら参加しただけだった。
...でも、実際にやってみると私は適性があったらしい。
基本的なグリップや体の動きを教えてもらった後、ボールを打つことになっても一度も空振りをしなかったし、ボールはあまり曲がらずによく飛んだ。
元々運動神経には自信があったし、体の柔らかさやバネの強さにも自信があった。
一週間の合宿が終わる頃には、ドライバーで200ヤードぐらいまっすぐに飛ぶようになっていたし、アイアンもちゃんと当たった。
そのコースのプロで先生役だった人が、何度も「君、本当にゴルフやったこと無いの?」って聞きにきた。
最後の日に、メンバーである保護者と組んで3ホールを回ったけれど、私と父の組だけがパープレーだった...それも父のミスを私がカバーしたりして。

プロが私に「君はプロになる気はない?」と聞いたんだけれど、私は「わかんない...」としか答えられなかった。
その後、プロは父と結構長い時間話していた。

その日の夜、父が私に真面目な顔で「話があるんだけれど...」って言ってきた。
「プロが、お前にやる気があればプロになれると思うから、本格的にゴルフをやる気は無いか、って言うんだ。」
「お父さんは、お前がもし本気でゴルフをやる気があるんだったら、応援するから」
...


「私、ゴルフはやらない」
「本当にそれでいいの? お前には特別に才能がある、ってプロが言っているんだぞ?」
「私、やらない。」

その後、ゴルフクラブを握ったのは一度だけ。
大学に入った時に、クラブの勧誘をいろいろやっているところに「ゴルフ同好会」があった。
一緒に大学に入学した友達が興味があるって言うのでつき合ったら、「あなたもちょっと打ってみてください」って言うので久しぶりにクラブを握った。
...ちゃんと当たった。
何発か打つといい当たりが連続した。
「あなたはゴルフやってたんですか?」と聞くから「中学の時に一週間くらい」というと「是非、うちの部に入ってくれないか」って離してくれなくなった。
「入る気はありません。」ってはっきり言って入部しなかったんだけれど、その後半年くらいずっと勧誘を受け続けた。

...父は私が26の時に、癌で亡くなった。
その入院している時に、父がその時のことをしみじみと話してくれた。
「もし、お前がゴルフをやる、と言ったら、お父さんはゴルフをやめて会員権や自動車を処分してでも、お前がゴルフをやる金を作ろうと思ってたんだよ。」
「でも、お前がゴルフをやらない、と言ったからお父さんはゴルフを続けられたんだ。」
「...正直、お前がゴルフをやらない、と言った時、少しホッとしたりしたんだ。」
「でも、もっとちゃんと勧めてたら、お前は今頃はゴルフの才能を発揮していたかもしれなかったのに、悪かったなあ..」

...そんなことわかってたんだよ、お父さん。
私、お父さんの楽しみにしているゴルフをやめさせてまで、ゴルフをする気はなかったんだ。


私も、もう30才を超えてしまったけれど、あれからゴルフをしてはいない。
これからもする時が来るのかどうかわからない。

ただ、今でも「もしあの時...」と思うと、ほんの少しだけ胸の奥がちりちりとすることがある。


img_0-53


Tさんは20年以上続けていた、クラブ競技への参加をやめた。

この倶楽部に入会してから、毎月の月例には必ず参加してきた。
クラブハンデはシングルになり、今は3までになって競技中心の生活を送ってきた。

特にこの10年は倶楽部選手権の優勝を目指して、必死に練習を重ねてきた。
仕事は自営だったので、週2回はなんとかゴルフをやる時間は作り出せた。
その代わりに朝から晩まで、人の2倍は真面目に働いてきた...つもりだ。

Tさんの所属するクラブは、決して名門という訳ではなく、「コースは良いけれど会員数が多いから...」という評判のコース。
その代わりにクラブ競技が盛んで、Tさんのように研修会に入っていると月に2回は公式の競技がある。
月例の優勝や入賞は数えきれないほど経験してきたTさんにとって、そのゴルフ生活の集大成、最終目標が「クラブチャンピオン」になることだった。
いいところまでは何度も行った。
この10年はマッチプレーの準決勝までは必ず行って、いつもクラチャンを争う3人との戦いがずっと続いていた。
Kさんは、ハンデ0アイアンの名手...この10年でクラチャンを5度獲っている。
Wさんは、アプローチ・パットが素晴らしく、この10年で3度タイトルを獲った。
Oさんは、飛ばしやで荒っぽいがつぼにはまるといいスコアを出す...彼は2回獲った。
いつもクラブの4強として優勝候補に挙げられながら、Tさんだけがまだタイトルを獲っていなかった。

今年Tさんは弱点だったパットが、新パターに買い替えてから良くなって来た。
ドライバーの飛距離も、去年より伸びた。
36ホールの予選は、メダリストとして通った。
「間違いなく今年は俺が獲る!」そう信じて、マッチプレーに入った。

18ホール勝負の1回戦は7−6、2回戦は4−3で問題なく勝ち残った。
ただ、ほかの組み合わせで波乱が起きていた...5度優勝を誇るKさんが、2回戦で中位で予選を通った始めて聞く名前の選手に2−1で負けていたのだ。

Tさんの準決勝36ホールマッチプレーの相手はそのH選手...なんと、子供だった。
聞くと高校の1年生で今年このクラブに入会したばかりの新人...それも、朝名前を名乗って挨拶したのに挨拶を返せもしない、マナー知らずの子供!
1番でTさんは、セカンドを1ピンにつけた。
Hはグリーンオーバー...ところがそこから強すぎるとも見えるアプローチをピンに当ててカップイン...Tさんは1ピンを入れられずに1ダウン。
毎ホールがそんな調子だった。
パット、アプローチともHは強すぎる調子で打ってくる...それがよく入る。
Tさんがとれるホールは、Hがパットやアプローチをオーバーして返しを入れられなかった時だけ。
圧倒されていた...強気強気の相手に先手が取れない...9ホール終わって3ダウン。
18ホールでは7ダウンになっていた。
...そして一度も追いつけないまま、9−8という大差で負けた。
この10年では経験したことのないような完敗だった。
試合が終わった後で挨拶をしたTさんは、勝って当然という顔のHという子供に無視された(ように感じた)。

そして、決勝戦もTさんのライバルだったOさんが、10−9という大差で負けたことを後で聞いた。
そしてその子供の親が練習場の経営者で、ラウンドも最低週に2回は行っているということ、その練習場のレッスンプロにずっと習っていること...そしてその子供にとって、このクラブのクラチャン出場なんて、トップアマの全国大会の前のほんの小手調べだったことを知った。

Tさんは、なんだか自分のゴルフやクラチャン、競技なんてものに対する価値観がすべて跡形も無く壊れてしまったような気がした。
Tさんにとって「クラチャン」というのは、クラブを代表するゴルファーとなることであって、態度もプレーぶりもそのクラブを代表するものとしての自覚が常になくてはいけない存在だった。
そして、それは仕事をきちんとやりながら生活して来たアマチュアゴルファーにとって、最高の名誉であり勲章であり、ゴルファー生活の最終目標でもあった。

...でも、今年のクラチャンは、挨拶も満足にできない子供で、クラブの代表になったなんて嬉しくもないという態度の、今年入ったばかりのメンバー。
ほかの3人がクラチャンになったんだったら、共に戦ってきた戦友として仲間として(たとえ口惜しくても)祝ってやる気持ちはあったんだけど、今回はそんな気がすっかり消えてしまった。
自分たちの懸命に目指してきた「クラチャン」という輝かしい称号が、今は子供の足下で泥だらけになって転がっているような気がした。


自分は何をしていたんだろう、という空しい気持ちが強くなって、それからTさんは競技への参加をやめた。
ゴルフは上手いだけでいいのか?...強いだけでいいのか?...Tさんは、今でもそんなことばかりが頭に浮かんできて考えがまとまらない。

↑このページのトップヘ