ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

ゴルフ人生で、触れ合いすれ違った人達の、忘れられぬ想いを描き残しておきます。

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2年前の秋の初めに、I県のLカントリークラブのオープンコンペであった30半ばの男。

カートの前で初めて会ったときには、その顔の色にびっくりした。
真っ黒に日焼けしていたのではなくて、真っ白に厚化粧したような顔をしていたから...
それも顔だけではなく、腕も手も、首筋も真っ白!

よく見るとそれは化粧ではなく、日焼け止めのクリームの色...何度も塗り重ねたみたいで白い色が浮いていて、まるでふざけてあの志村けんの「馬鹿殿様」の白塗りメイクをしたように見えた。

でも、プレー振りは若くて身体が大きいせいもあって、良く振り切り、距離も出る。
自己流ではあるけれど相当練習している事が判るスイングで、「今ゴルフに熱中しています」という気持ちが、全身から滲み出ていて微笑ましい。
クラブは、ドライバーだけは新しいが、ウッド類は古い型のモデルを使っている。
特に5Wは、あのマルマンのダンガン...もう何十年前のモデルだ?
アイアンもミズノのMS11という古い型のもの。
パターも古びたピンアンサー。

数ホール回るうちに、ちょっとその顔の色について聞いてみた。
「ちょっと、日焼け止め厚く塗りすぎじゃない?」
「あ、あの陽に焼けたらまずいんで...」
「???」
「実は今日ゴルフやってるの、家内に内緒なんで...」

本当は今日は有給休暇でコースに来ているんだけれど、奥さんには内緒なので日に焼けるとまずいんだそうだ。
そのハーフ、39で回った彼は、昼は「僕、昼食べないんで」といってレストランに来なかった。
午後のスタートの後、ちょっと彼と親しくなったのでホールの合間に聞くと、昼はコンビニのおにぎりを車で食べた、という。

「実は僕、ゴルフに熱中していて、競技でも上を目指していているんですが、給料が少ないんで月4万円しか使えないんです。」
奥さんに渡す給料が多くないので、ゴルフに堂々とは行けないんだって。
そしてその自分の小遣いの4万円で、「月4回のゴルフをなんとしてもやりたいんです。」
競技の時は普通より費用が高くなるので、普段から少しずつへそくりを貯めて準備しているけど、普通の練習のラウンドはプレー費の安い平日の薄暮か早朝プレーにして、極力倹約しているんだそうだ。
昼食を車で済ましたのも、「レストランの昼飯を4回我慢すれば、安いコースで1ラウンド出来ますから」だそうだ(このコンペは昼食代は別だった)。
このコンペは過去に何回か入賞していて割引券があることと、もし賞品を貰えれば、それを中古クラブ屋に売れるから(賞品はゴルフ用品だった)だという。
この時は、彼はグロスで3位だったけど、ハンデに恵まれずに賞品はとれなかった。
しかしこの日のラウンドは、彼が1年分割払いで久しぶりに買ったドライバーの試打も兼ねていたから、「来た甲斐はありました」(でもそのドライバー、広いホールで3回使っただけなんだけど)。
「いやぁ、久しぶりに買ったドライバーなんで、なんか持ってるだけで嬉しくて...」


風呂に入って念入りに日焼け止めを落として(石鹸の匂いでバレるからシャワーだけだって)、洗濯物は厳重にビニールに包み込み(奥さんの居ないときにこっそり洗濯しておくんだって)、クラブは車の座席の後ろにしまい込み、普通のズボンに通勤ワイシャツ姿と革靴でパーティーに出席。

パーティーが終わった後は背広を着てネクタイを締め、まるで普通のサラリーマンの格好になって車で帰っていった。
「凄いなあ」とは思ったけど...そんな苦労するより、正直に奥さんに自分の気持ちを話して、理解して協力してもらった方が良いんじゃないの?




いや、彼にとっては、その方がゴルフより難しいのかも...なあ。


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数年前のコンペで一緒になった、アベレージゴルファーのYさん。
主にボギーペースで、何度かダボやトリプル、パーはハーフに1〜2回と言う所。
典型的なサラリーマンゴルファーのように見えた。

そんな彼がラウンドの最中に、ホールによってボールをわざわざ替えて使っている事に気がついた。
それが気になったのは、普通は綺麗なニューボールを使っているのに、何ホールかでちょっと「薄汚れた」という感じのボールに替えるのだ。

別に難しい池越えだとか、OBが近くてボールを無くす恐れがあるようなホールではないのに。
そのホールが終わると、彼はまた新しいボールに替えてプレーを続ける。
「??」不思議に思った俺は、ラウンド後のパーティーの時に彼に聞いてみた。
「何故、特別に変なホールでもないのに、時々古いボールに替えるんですか?」
「あれ、気がついていましたか...お恥ずかしい。」
「いや、あのボールは私のラッキーボールなんですよ。」
「私はあのボールを使うと、パーかボギーはとれる、って信じてるんです。」

はじめは結構前のこと、何時も池に入れてしまう難しい池越えのショートホールで、彼は無くしても惜しくないつもりで、少し使った汚れたボールでティーショットを打った。
すると、そのホールで初めて彼はパーオン、おまけにワンピンについて、年に何度かというバーディーまでとってしまった...パーも取った事無かったのに。
その時は別に気にせずに、次のホールからまたニューボールに戻してラウンドをして行き、ある左右OBの狭いホールで、またそのボールを無くして構わないつもりで使った。
結果はやはりパーオンして、2パットのパー...もちろんこのホールでも、パーなんて初めて。

その後の数ラウンドも、気にせずに使っていたのだけど、新しく下ろす綺麗なボールはどんどん無くなるのに、そのボールは何時までも無くならない。
汚れて汚いまま、キャディバッグに存在し続ける。

そしてある時、彼はやっと気がついたんだそうだ。
「これは、俺のラッキーボールなのかも知れない!」
試しにその次のラウンドで、苦手なホールで使ってみたら、パーとボギー...今まではどちらもダブルパーぐらい平気で打っていたのに。

...だけどおかしなもので、「ラッキーボール」と信じたら、今度は無くすのが怖くなって難しいホールで使えなくなってしまったんだそうだ。
「もちろん使えば、良いスコアであがれると思うんだけど、もし無くしたら自分の全てのラッキーが無くなってしまう気がして..」

だから今は、無くす恐れが無いホールでしか使わない。
それでも、「今までだったら、崩れるときはどこまでも崩れてしまったんだけど、今はこのボールを使うと崩れるのを止めることが出来るんですよ。」
...オープンコンペでも、何時もそこそこの成績で賞品を貰えることが多いんだそうだ。

このラッキーボール、いつもキャディバッグの特別な場所にしまってある...問題は、いくら丁寧に拭いても「灰色の汚れたボール」以上に綺麗にならないこと、なんだって。


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T県のPカントリークラブでの、夫婦二人でのラウンドを終えての帰りだった。
東北自動車道を東京方面に向けて、100キロを超えるスピードで走っていた。

ふいに左に急ハンドルを切ったクルマは、路側帯に入り、急ブレーキを掛けて急停車した。
驚いた助手席の妻が運転席の夫を見ると、夫はハンドルに突っ伏したまま動かない。
急いで救急車を呼び、インター近くの病院に運ばれたが、その時には夫は既に死亡していたと言う。
病名を詳しく聞くことは出来なかったが、噂では「くも膜下出血」だったらしい...50才だった。
(「くも膜下出血になってそんな事が出来るのか?」と、くも膜下出血から生還して今も現役で仕事をしている友人に聞いた所、「街を歩いていた時に、急にバットで頭を殴られた様な激痛があり、これは普通じゃないと近くの店に飛び込んで「救急車を..」と言ってる途中で意識が無くなったそうだ。
そこから運ばれた病院が脳外科の一流病院だったので命が助かった、とか...意識が無くなる迄激痛があっても少しは意識があると言うので、強烈な意思があれば車を止める事は可能らしい。)


夫は30歳頃からゴルフを始め、仕事関係の付き合いや、ホームコースの月例などでゴルフを楽しんでいたと聞く。
妻は、子供の手が離れてから、夫の勧めで近所のゴルフ練習場のゴルフ教室に入り、そこで知り合った人に主婦のゴルフサークルを紹介してもらい、週一回の練習と二ヶ月に一度のサークルのコンペに参加して楽しんでいた。
そして、普通に周りに迷惑を掛けずに、ゴルフを楽しんで回れるくらいになった最近は、夫婦だけのツーサムで回ることが多くなったという。
平均して月に一度か二度天気の良い日を選んで、少し遠くても安いコースを二人で回る事が、夫婦の唯一と言って良い「贅沢な遊び」だったとか。
二人がどんな会話をしながら回っていたのか知らない。
あるいは喧嘩をしながら回っていたのかもしれない。
でも、本音の所で楽しくなければ、ゴルフなんて同じ相手と何度も回れるものじゃないだろう(仕事の付き合いは別だけど)。

我々もいつかは死ななければならない人生で、いつかラストラウンドを回るときが来るだろう。
その時、大事なのは「どのコースを回るか」だろうか、「誰と回るか」だろうか?
俺は、ラストラウンドをどんな気持ちで回るだろうか...いや、「これがラストラウンドだ」、ってわかるんだろうか?
そう考えるとこれから回る、「限りある」ラウンドを一ラウンドたりとも、無駄なラウンドにしたくはないと思う。
...よく言われる「一球ずつが一期一会」なのだ、と肝に銘じて。


彼はラストラウンド18ホールが終わった後、言うならば「19番ホール」で、人生最後の「ナイスプレー」をした。
聞けば、夫は飛ばす事が大好きで、パットやアプローチはお世辞にも上手いとは言い難く、特にアプローチで寄った試しは殆ど無かったとか。
スコア的には基本に忠実な妻の方が良い事も度々あったらしい。
そんな夫が、命の危険を感じる激痛と、薄れ行く意識の中で、見事に100キロオーバーで高速道を走るクルマを、路側帯に無事に止めて、妻の命を守った。
止めたときに、彼は自分で自分に「よし! ナイスアプローチだ!」と言ったに違いない。
「オレだって、やれば出来るんだぞ..」と。

パートナーが退場した後、妻もその日のプレーをラストゲームとして、静かにクラブを置いた。

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