ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

ゴルフ人生で、触れ合いすれ違った人達の、忘れられぬ想いを描き残しておきます。

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電話があった。
「今、電話いいか?」
「おう! これ、携帯からしてるのか?」
「病院で携帯使って良いのか? ...大丈夫なのか? 退院したのか?」

「いや、リハビリで散歩している外からだ」
速く話そうとすると舌がもつれるらしく、とゆっくりと言葉を出している。
「もう、外が歩けるほど良くなっているのか? リハビリは進んでいるのか?」
「ああ、リハビリはちゃんとやっている」
「最初はリハビリのボール投げでな、キャッチャーだったワシがな、ボールに触ることも出来へんかった」
「もう2週間だからな、ボールはちゃんと右手の平でとれるんやが、指で掴むことができんのや」
「歩くのに、足は引きずってるのか?」
「ああ、すこしいうこときかんけど、そんなに引きずらずに歩いとるわ」
「でも...もう、野球はでけへんなあ..」
「バカやろう、その年までやっている奴の方が世界でもめずらしいわ」

「もう諦めてゴルフでも始めるんだな」
「ゴルフ...ボールが動かんのに、難しいわなあ」
「だから面白いんだろが。そんなにすぐに上手くいくモンなら、だれもあんなに一生懸命練習なんかするもんか」
「そうじゃなあ、あと30年も人生残っとるから、ぼちぼち始めるかな..」
「なんだと! お前あと30年も生きるつもりか..」
「...俺なんざ、あと10年も無いかもしれんと思っているのに...お前んちは長寿の家系だからなあ...」
「当たり前よ、少なくても20年はあるンだから、人生これからさ」

「俺はこれ治したら、バイクも止めんし、また日本一周したろ思っとる」
「ゴルフは何時から始める?」
「リハビリで身体がもう少しちゃんと動くようになったら考えるわ」
「...あれは、まっすぐ飛ばねえからなあ...」

ううむ。
やっぱりあの野郎、ゴルフじゃカッコつけられないので、ちょっと逃げ腰だな。
でも、やる気になっても、10年以上前に渡したあのフルセットじゃあ、もう使えないだろうなあ。
ウッドはスチールヘッドだし、シャフトもスチールだし、ピンアイ2プラスも基本Xシャフトだからこの年じゃあちょっとハード過ぎるスペックだし...
奴がやる気になったら、チタンヘッドの易しいドライバーと、ポケットキャビティーにカーボンシャフトのアイアンを探さなくちゃなあいけないか...
オークションで安くていい奴の目星をつけておくか。



これが、ヤツの2セット目のフル・セットってわけだな。

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(何年かおきに書いて来た、古い親友との話を続けた形で発表します)


高校時代に甲子園を目指す高校野球で、俊足・強肩のキャッチャーとしてならして地元の新聞には何時も名前が載った、言わば地元のヒーローだった男であった。甲子園には届かなかったが、プロでも通用する実力と見られていた...地元出身のプロ野球の有名選手からスカウトされたなんて話も聞いた。
が、高校3年の時に身体を壊してプロへの道を諦めた。

しかし野球への情熱は消えることはなく、仕事をやりながらも高校野球の監督になりたい、なんてことが生き甲斐だと熱く語る男だった。
「結婚したら、男の子を9人作って野球のチームを作る!」なんて事を真顔で語るような奴だった。
...そんなこと、嫁さんに拒否されてかなうはずのないことだったけど...おまけに最初の二人の子供は娘だったし。

一時期には事業に成功して華々しい時代もあったが、やがて世の中の流れの変化に乗り損ねて、仕事も家庭も失う事になった。
そんな山あり谷ありの人生が過ぎて、一人地元に帰った彼はそこでまた草野球チームに入り野球を続けていた。
何度か「そろそろゴルフでも始めてみろよ」なんて言ってみたけれど、「野球が出来なくなったらな」なんて返事ばっかりだった。

...それが10年ちょっと前、「今度同窓会のコンペがあるんで、ゴルフ始めたいから、お前の使ってないクラブくれないか?」なんて電話があった。
「やっと始める気になったか」と、その当時手元にあったクラブの中から「易しいけれど上手くなっても使える」クラブを選んで送ることにした。
賞品でもらったキャディーバッグに、ドライバーはファウンダースのメタルヘッド「ザ・ジャッジ」の1・3番ーSシャフト、アイアンは「ピンアイ2プラス」の2−Sまで(青ドット)、パターはピン「アンサー」。
ついでに、ボールやティーやマーカーまで入れたフル・セットだ。
あとはシューズだけ買えばいい。
元々身体もあり、運動能力も高いから、この辺で練習すれば間違いなく短期間に上手くなる...と思っていたのだが...

「クラブ、サンキューな。あれ見た奴が売ってくれってうるさくてなあ。あれそんなにいいモノなんか?」なんて、電話は来たが
「それで、ゴルフはどうだった?」
「ああ、俺が打つと飛ぶんだけどよう曲がるわ」
「動いてない球なのに、上手く打てないモンだわなあ」
「俺、やっぱ野球の方がむいとるわ」

どうやら、何回かはコースに出たようだったけど、そのまま野球の熱は冷めずに、ゴルフには踏み切らなかった。
多分、野球でならして地元で有名だった男にとって、ゴルフの上手くない初心者としての格好悪さは、どうにも我慢できなかったらしい。

同い年の一番古い親友との「そのうちに一緒にゴルフに行こう」という約束は、「野球が出来なくなったら、ゴルフに打ち込むから」なんて言葉で、結局フルセットのクラブを送ってから10年以上そのままになっていた。



...一昨日、彼が脳梗塞で入院した、という連絡があった
 。

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一人参加の人ばかり4人の組だった。
いずれも(多分)天気予報を見てから参加したと言う、早朝のスタートの組だった。

その女(ひと)は、明るく楽しいゴルフをする。
でも、ゴルフに対する姿勢は、真剣そのもののゴルファーだった。

朝、挨拶したときに「ああ、この人はゴルフが好きなんだなあ」と感じさせる笑顔の返事が返ってきた。
年の頃は50代か...でも、生活に疲れた感じとか、老けているという感じを全く感じさせない、清々しさがあった。

ゴルフ自体はちょっとクセがある自己流スイングで、あまり飛ばず、ミスも多いんだけど、決して腐ったりせずに一打一打を真剣に楽しんでいることがこちらにも伝わってくる。
セルフプレーに慣れているようで、することに無駄が無く、自分専用の小さなボール拭きまで用意している。
一緒に回っていて、「女性だから」と言うことで男性プレーヤーに気を遣わせるような事も一切無い。
ただ、ティーグランドが違うだけで、「この人なら誰と一緒でも迷惑かけずに普通にプレーできるだろうな」と思わせる。

数ホール回ったところで、「これ、いかがですか」と彼女が小さなビニール袋をくれた。
見ると小さなビニールの袋に、3−4種類の色々な飴が入っている。
「これ、自分で作ったんですか?」
「ええ、ゴルフに行く前の晩に作るんです」
「一緒に回る方に喜んで貰えれば、って」

「ゴルフには結構早くから接していたけれど、その当時は年に数回のラウンドだった。」「でも、色々な問題があって、続ける事が難しくなった」
「結局20年以上ゴルフをする事が出来なかった」
「それがやっと片付いたのが、2000年頃」
「それから、ゴルフに熱中することになった」
「自分のコースは無いので、ずっと独りで出られるオープンコンペだけでラウンドしている。」
「ほぼ週一で、毎週どこかのコンペに出ています」

そんなことをラウンド中、昼食時、パーティーの時などに聞いた。
「何時も独りでゴルフに行くので、オープンコンペが一番いいんです」
「天気予報見て、晴れそうなときだけ申し込むんです」
「もちろん来週のも決まっています」

想像や憶測で彼女のことを書くことは陳腐な話になってしまうし、立ち入った事柄まで聞くのは失礼だから、知った事実で書けるのはこんなことだけ。
ただ空気のように生きてきた人なんて誰もいない、みんなそれぞれの人生を背負って、自分なりのゴルフを楽しんでいる。
ゴルフ場で知り合うのは、その人の人生のほんの一瞬で、ほんの一部。
その上、自分のゴルフに興奮しスコアだけに夢中になってしまう人が大半で、一日一緒に遊ぶ「初めて会った」人達までには殆ど気が回らないのが普通だろう。

でも、明るく、独りで、飴を入れた小さなビニール袋を用意して、オープンコンペだけに参加し続ける、そんな女性ゴルファーもいることを知って欲しい。
多分...それは、(もちろん勝手な想像だけど)大きな「一期一会」を味わった人の、「人生」が作り上げたゴルフスタイルなんだろう。


...嬉しいことに、たった半年あまりの連載だった、週刊P誌の「オープンコンペ挑戦記」まで覚えてくれていて、「参考にしてました」と言ってくれた。

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