ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

ゴルフ人生で、触れ合いすれ違った人達の、忘れられぬ想いを描き残しておきます。

img_0-29

一人参加の人ばかり4人の組だった。
いずれも(多分)天気予報を見てから参加したと言う、早朝のスタートの組だった。

その女(ひと)は、明るく楽しいゴルフをする。
でも、ゴルフに対する姿勢は、真剣そのもののゴルファーだった。

朝、挨拶したときに「ああ、この人はゴルフが好きなんだなあ」と感じさせる笑顔の返事が返ってきた。
年の頃は50代か...でも、生活に疲れた感じとか、老けているという感じを全く感じさせない、清々しさがあった。

ゴルフ自体はちょっとクセがある自己流スイングで、あまり飛ばず、ミスも多いんだけど、決して腐ったりせずに一打一打を真剣に楽しんでいることがこちらにも伝わってくる。
セルフプレーに慣れているようで、することに無駄が無く、自分専用の小さなボール拭きまで用意している。
一緒に回っていて、「女性だから」と言うことで男性プレーヤーに気を遣わせるような事も一切無い。
ただ、ティーグランドが違うだけで、「この人なら誰と一緒でも迷惑かけずに普通にプレーできるだろうな」と思わせる。

数ホール回ったところで、「これ、いかがですか」と彼女が小さなビニール袋をくれた。
見ると小さなビニールの袋に、3−4種類の色々な飴が入っている。
「これ、自分で作ったんですか?」
「ええ、ゴルフに行く前の晩に作るんです」
「一緒に回る方に喜んで貰えれば、って」

「ゴルフには結構早くから接していたけれど、その当時は年に数回のラウンドだった。」「でも、色々な問題があって、続ける事が難しくなった」
「結局20年以上ゴルフをする事が出来なかった」
「それがやっと片付いたのが、2000年頃」
「それから、ゴルフに熱中することになった」
「自分のコースは無いので、ずっと独りで出られるオープンコンペだけでラウンドしている。」
「ほぼ週一で、毎週どこかのコンペに出ています」

そんなことをラウンド中、昼食時、パーティーの時などに聞いた。
「何時も独りでゴルフに行くので、オープンコンペが一番いいんです」
「天気予報見て、晴れそうなときだけ申し込むんです」
「もちろん来週のも決まっています」

想像や憶測で彼女のことを書くことは陳腐な話になってしまうし、立ち入った事柄まで聞くのは失礼だから、知った事実で書けるのはこんなことだけ。
ただ空気のように生きてきた人なんて誰もいない、みんなそれぞれの人生を背負って、自分なりのゴルフを楽しんでいる。
ゴルフ場で知り合うのは、その人の人生のほんの一瞬で、ほんの一部。
その上、自分のゴルフに興奮しスコアだけに夢中になってしまう人が大半で、一日一緒に遊ぶ「初めて会った」人達までには殆ど気が回らないのが普通だろう。

でも、明るく、独りで、飴を入れた小さなビニール袋を用意して、オープンコンペだけに参加し続ける、そんな女性ゴルファーもいることを知って欲しい。
多分...それは、(もちろん勝手な想像だけど)大きな「一期一会」を味わった人の、「人生」が作り上げたゴルフスタイルなんだろう。


...嬉しいことに、たった半年あまりの連載だった、週刊P誌の「オープンコンペ挑戦記」まで覚えてくれていて、「参考にしてました」と言ってくれた。

img_0-28

もうずいぶん前の話になる。
ヒッコリーシャフトの「オーティークリスマン」という名の変なパターを使っていた。
クラシックの名器とも言われる使い込まれた年代物で、気まぐれで使ってみたら意外に入るのに驚いたパターだった。
そのパターヘッドは非常に柔らかく傷つきやすいので、丁度大きさがピッタリだった、下の娘が1歳くらいの時に履いていた赤い小さな靴下をヘッドカバー代わりにしていた。
見た目が何ともかわいらしく、おまけになんだかそれを見ていると気持ちが落ち着いて、長いパットが結構入ったものだった。

その頃に出た試合で、一緒になった同じ年くらいの男がその靴下に目を留めて、「お嬢さんの靴下ですか?」と聞いてきた。
「ええ、小さい頃の靴下が大きさがピッタリだったもので」
「可愛い盛りの時のものですね」
「お子さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ、男の子と女の子ですが...」
「うちは娘二人です」

そんな会話をしながらのラウンドになった。
面白い物で、競技に出るようになるほどゴルフに熱中しているゴルファーは、何かしら「ラッキーアイテム」だとか「幸運の00」なんて代物や、「御守り」の類をキャディーバッグや身につけている人が多い。
どんなに良いショットをしても、運悪く酷いライに行ってしまったり、とんでもないミスショットが運良く助かったり、なんて「ゴルフにつきものの運・不運」を色々と経験してくると、何となく「人の力を越えたもの」に頼りたくなる気持ちはよく判る。

プロでさえ(プロだからか?)、変な首輪をしたり、腕輪をしたりしているのをよく見かける。

自分にとってもこの娘の小さな赤い靴下は、緊張した場面でパットを打つときに心沈める効果が確かにあった。
そして、話しかけてきた男は、それがマーカーだった。
ちょっと大きめな厚みのあるコイン状の物は、中に写真が貼れるペンダントみたいな物だった。
ふたを開けて見せてくれたその中には、3才くらいの男の子の笑顔の写真が貼ってあった。
「これを使うと、なんだかどんなラインでも入るような気がするし、外れても良いパットが出来るんですよ」
確かに男はショットは「普通」と言うレベルだったけど、パットが安定して上手い男で、3パットをしそうな雰囲気は全くなかった。

この試合では、私はOBがたたって予選落ち。
男は、しぶとく粘って予選を通った。



「娘さん、もう大きいんですか?」
「ええ、もう高校生と大学生です」
「おたくは?」
「子供二人はもう大学生です」
「女の子の小さいときの写真は使ってあげないんですか?」


「いえ、二人の写真は使ってないんです。」
「...この子はずっと3才のままなので...」


 

bu170111
まさか、キャディーをするようなことになるとは思わなかった。
夫は野心的に事業を拡大しているのは知っていたけど、自分は都心のマンションで息子と二人、他人から見れば贅沢な暮らしをしていることに満足していた。
少しは華やかな世界にいたこともあったけど、今まではそんな環境に満足していた。

それが、夫が事業をゴルフ場経営にまで広げたいというので、都心から遠い田舎でキャディーの仕事をするようになってしまった。
夫は、ゴルフ場の現場の様々なことを、キャディーを体験しながら覚えて欲しい、と言う。
ゴルフ場にする土地は確保してあり、完成したらそこの支配人をやって欲しいから、と。

キャディーの仕事は、はじめは運動不足の身体には堪えたけれど、慣れれば結構面白いものだった。
やったことのなかったゴルフも、キャディーの福利厚生の一環とやらで始めて見ると、これも面白いと嵌ってしまったし。
ただ、キャディーとしてついたゴルファーに、口説かれるのだけは面倒だった。
「こんなところにいるような人じゃないよね?」とか「何故こんなところに貴女みたいな人がいるの?」とか「ここじゃなくて、他でお会いしません?」とか...
プロの試合があった時にも、なんだか有名な選手らしい人に試合中ずっと口説かれていて、しつこいったらなかった。
自分のゴルフに集中していてくれればいいのに。

でも、結局ゴルフ場は出来なかった。
バブルがはじけて、本業の方が大変なことになってしまい、ゴルフ場用に買収が終わっていた土地も手放して、私もキャディーを続ける必要が無くなって、都内に戻ることになった。
...結構キャディーの仕事にも慣れて来ると、この辺の暮らしも良いなあ、なんて思うようになっていたのに。
夫とは別に会わなくてもいいし、大学生になった息子もあまり手がかかるようなことはない...むしろ私を避けているみたいだし。

そりゃあ都内の暮らしの方が、慣れているし楽なんだけど。
ゴルフがようやく面白くなってきたところだし、仲の良くなったコースのメンバーも何人か出来たし...都心に帰る事があんなに寂しい気持ちになるとは、来た時には想像もできなかったな。
...上手くはないけど、ゴルフをプレーしている時が一番充実した時間に感じられていたっけ...
結構強気な気性がゴルフに向いていると言われたし、見かけのわりにボールは結構飛ぶ。
ただ、覚えたときからのクセの、フライングエルボーだけが治らない。
レッスンプロに腕を縛られて打たされたりしたこともあったけど、腕が自由になると肘が暴れてしまう。
そのためか、飛ぶんだけれどよく曲がる。


都会に戻って、ゴルフをする回数はずいぶん減ったけど、ずっと続けてはいる。
あれから少しは上手くなったけど、私のフライングエルボーはまだ直っていない。

↑このページのトップヘ