ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

ゴルフ人生で、触れ合いすれ違った人達の、忘れられぬ想いを描き残しておきます。

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タイガー・ウッズって嫌いだった。
特にあの、これ見よがしの大げさなガッツポーズが大嫌いだった。
上手く行ったからってあの大騒ぎはゴルフじゃない、って思ってた。

夫に誘われて始めたゴルフも、もう20年位になる。
夫は二つのコースのシングルハンデで、ゴルフのマナーに厳しくてコースの競技委員なんてものもやっていた。
子育てが一段落した頃に私がゴルフに誘われたのも、いつも休日にはいない罪滅ぼしのためだと思うけれど、やってみたら私は私で熱中してしまったんだから結果として感謝している。
この数年は夫も競技には出なくなり、私と二人で回った事のないコースに遊びに行く事が多くなっていた。

その夫が定年まで後一年という時に、ガンになりあっという間に逝ってしまった。

生活は何とかなったけど、ゴルフは2年近くする気にならなかった。
でも、ゴルフ練習場で知り合った友達に何度も誘われているうちに、またゴルフを再開してみようか、という気になって来た。
それでまず誘われた練習場のコンペに出てみたんだけれど、夫婦で参加している人が多いので何となく居心地が悪かった。
気を使うのも使われるのも煩わしかったし。

それで、一人で参加出来るオープンコンペに出るようになった。
女性だけの組に入る事もあったし、男性3人と一緒になる事もあったけど、煩わしさも気を使う必要もないのでゴルフを純粋に気楽に楽しめた。
賞品は貰ったり貰えなかったりだったけど、運次第だったのでそれはそれで面白かった。

そして、この前の冬のコンペ。
ラッキーが続いた。
林に打ったボールは、木に当たって帰ってくる。
ミスショットが転がってグリーンに乗る。
長いパットが入る。

気がつくといつもは100前後のスコアが、最終ホールをパーなら90を切るところまで来ていた。
今までのベストスコアは、夫と一緒にやっていた5年くらい前の90。
80台は一度も出した事がなかった。

最終ロングホール...ドライバーはフェアウェイ...セカンド4W...三打目も距離が残ってまた4W...グリーンをオーバーして、奥からの下りのアプローチが残った。
それをパターを使って、ビビってのショート...残りは、下り1メートルのパーパット。
この時には他の3人の同伴競技者は私の真剣な様子に気がついたみたいで、一緒にラインを読んでくれたり応援してくれたり...パットを打つ瞬間には皆が息を止めて見守っていてくれているのを感じた...「入ってえ〜」って心の中で叫んだ。

止まりそうになったボールが、ゆっくりとカップに入って行くのが見えたとき、自分でも知らず知らずに右手を伸ばしてガッツポーズをしてしまった。
「なんで先に死んだんだ」
「子供達が巣立って行って寂しいのに」
「でも、あたし一人でもベストスコアが出せたんだ」
「まだ、良い事が沢山あるのかもしれない」
「まだ、こんなゴルフを続けたい」
...なんて思いが一編に頭の中に浮かんで来た。

「ベストスコアが出せました。」っていったら、みんな「おめでとう」と喜んでくれた。
でも、ベストスコアが出せたくらいで泣いてるなんて思われたのがちょっと恥ずかしい。



...はじめてのガッツポーズ、格好悪かったかもしれない。

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かなり以前のこと、誘われて参加したコンペでの出来事だった。

スタートホールで3オンしてグリーンに上がった時、カップ周りにちょっと大きな引っ掻き傷を見つけた。
シューズの金属鋲を引きずったようで、ちょっと深くてちょうど自分の1メートルほどのパーパットのライン上だった。
「ひどいなあ...誰がこんな痕をつけたんだ?」なんて、ぶつぶつ言いながらパットをした。
当然、スパイク痕で蹴られて外してボギー。
「歩くのが下手な人がいるんだなあ」とか「グリーンを傷つけないで歩くのは常識なのに」とか一人でぶつぶつ文句を言っていた。
しかし、不思議なことに、同伴競技者は曖昧に笑い返すだけで困ったような顔をしている。

...数ホール進んだところで気がついた。
前の前の組のゴルファーの一人が、少し足を引きずって歩いている。
歩くたびに体が大きく揺れる。
...グリーン上では、気をつけているようだけど傷を付けてしまうのだろう...あちこちパターで直している...同伴競技者もさりげなく彼の歩いたところを直している。
「そうか」...悪いことを言ってしまった...それを知っているから、同じ組の人たちは何も言わなかったんだ。

そしてそれからかなり経ってから、別のコンペでその前を歩いていた彼と再会することになった。
今度は同じ組。
彼の歩いた痕に傷は残っていなかった。
昼食の時にふとそんな話になった。

「あの頃はみんな靴の底が金属の鋲だったでしょ」
「私、生まれたときから足の長さが違うので、あれだとどうしても足を引きずってグリーンに大きな傷を作ってしまうんですよ」
「一生懸命パターで直しても、時間がかかってスロープレーになってしまうんで心苦しくてねえ」
「他の方も手伝ってくれるんだけど、どうしても全部直しきれなかった...」
「それでゴルフのラウンドはかなり遠慮していたんですが」
「このスパイクレスシューズが出てから、楽になりました」
「特に今は芝に優しい靴選んでますから、ゴルフが楽しめます」

もちろん、足が悪いために飛ばないけれど、アプローチやパットの小技が実に巧く、ボギーペースで回って行く。
やはり以前と同じように一歩一歩大きく体を揺らしながら歩くけれど、グリーン上にスパイクマークは殆ど残さない。
色々なゴルファーそれぞれにどんな事情があるかは、狭量な自分の判断基準を超えていた。
彼が1メートルのパーパットを外した俺よりずっと苦しい思いをしていた、という事迄気が回らなかった。

金属鋲のスパイクシューズがほとんどのコースで使えなくなった今、そのプラスマイナスについてはまだ色々な意見が有る。
(俺の大枚をはたいて買ったフットジョイやエトニックの革靴も、鋲を合成樹脂のものに交換しなければ履けなくなったし。)
滑落や転倒事故には鋲の方が安全とか、スイングには鋲の方がいいとかの意見はまだ有る。
でも靴の進化は安価でより軽量な靴を作りだし、彼のような人にも伸び伸びとした気持ちでゴルフを出来る環境を作る事も出来た、という訳だ。


「以前は負い目があったので,大きな声で言えなかったけど。」
「こういうシューズが出来て有り難かった...」

「今は、ゴルフは私の生き甲斐です。」

彼は笑いながら、言った。

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3回目のプロテストだった。

一寸遅い20歳からゴルフを初めて、プロを目指してからは練習場の手伝いやレッスンをやりながら自分のゴルフを高めて来た。
もう30近い年齢だけど、調子は今までで最高に良かった。
地区の予選やカットを軽くクリヤーして来て、プロテスト独特の雰囲気にも慣れてきたし、特別な事故でもない限り必ず通るという確信みたいなものがあった。

一応レッスンプロの資格はあるけれど、プロを目指したからには試合に出て脚光を浴びたいし、賞金を稼いで贅沢もしたい。
少ない稼ぎで苦労させている嫁さんのためにも、今度のプロテストは絶対に通って、子供を作れるような環境を作ってやるつもりだった。

自分のゴルフは、飛距離は出ないが正確さとインテンショナルに曲げる技術が売りで、アプローチ、パットには特に自信があった。
体調も万全で、何も不安はない...はずだった。

プロテストの組み合わせ表が発表されたとき、同じ組に今売り出し中の学生の飛ばし屋Kの名前を見つけた。
なんでも、ドライバーで300ヤードを飛ばすという、アマチュア界の「怪物」と呼ばれている男だった。
(今の時代と違い、パーシモンのドライバーは250ヤードを打てれば「飛ばし屋」と言われていた。
まして、300ヤードを打つなんて男は「怪物」としか言いようがなかった。)

先輩のベテランゴルファーや、世話になったプロは
「絶対に奴のショットを見ちゃいかんぞ」
「奴のプレーを見ると力が入るからな、奴を完全に無視してまわれ。」
とアドバイスしてくれた。
...少しは不安があったが、飛ばし屋と言われるプロと回ったことは何度もあったし、自分は飛ばないことを知っているから大丈夫だろうと思っていた。
「自分の本分は正確さとパットだ」
それを心に決めていれば...



「甘かった」
プロテスト当日、初めて間近に見た「怪物」は、180センチ以上の身長と堂々たる体格をしていた。
もちろん、先輩達のアドバイス通り絶対に彼のショットを見ないことにしていた。

...しかし、音が聞こえた。
同じパーシモン使っているとは思えないような、「爆発音」というか「圧縮音」...今まで一緒に回った「飛ばし屋」とは比べ物にならない桁違いの音だった。
それに比べると、自分のショットの音はまるで楊枝でボールを引っ叩いているようにしか聞こえなかった。
力んじゃいけないと頭の中では100パーセント思っているのに、もっと強い音を出そうと身体がかってに動く。
自分が何をしたいんだか判らなくなっていた。
自分でも信じられないほど、ボールを強く叩く...でも、「音」が...弱い...。
また「怪物」の強烈なインパクト音が聞こえる。
自分でもどうしようもなく、「もっといい「音」を出したい」と叩く...叩く...

ボールは曲がった...曲げるんじゃなくて曲がった。
アプローチや小技の勝負にいく前に、既に取り返しようもないほど叩いていた。

結局、「怪物」はトップ合格。
自分は今までで最低のスコアで落ちた。
同じ組の他の二人も、ボロボロになって落ちた。

自分があれほど一緒になったゴルファーに影響されてしまったのは初めてだった。
彼以外のゴルファーと一緒だったら、自分はきっとプロテストを通っていただろうと今でも思う。

...でも、それが運命なんだろう。
自分はそういう運命だったんだろう。
ツアープロになる夢は、それで終わった。
その後やって来た不景気とゴルフブームの衰退で、レッスンの仕事も立ち行かなくなり、今ではゴルフの仕事からも離れた。

自分にとって、あれが最後のプロテストだった。
...あれからずいぶんの時間が経ったけれど、今でもあの音の記憶は耳から離れない。


怪物と言われ期待されたその男も 、結局ツアーではさしたる実績をあげる事も出来ずに消えて行った。


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