ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

ゴルフ人生で、触れ合いすれ違った人達の、忘れられぬ想いを描き残しておきます。

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ゴルフ談義に花が咲いている。
平日だけど、二人ともジャケットの下はゴルフウェアのようだ。
聞こえて来る話では、やっと100を切るくらいの腕でいい時には90を切る、なんて腕らしい。

「ねえ! モツの煮込みとイカ刺し追加ね。」
「あ、俺生もう一杯ね」

「店長、生一つとイカ刺し、煮込みはいります。」
慣れたものだと思う...彼らには立派な飲み屋のおばさんにしか見えないだろう。
週に3日夕方6時から閉店まで、この居酒屋で働き始めてからもう4年になる。
昼間の5時までは、毎日普通の会社で働いている。

夫と事情があって離婚してから5年、まだ学生の娘を育てるためには昼間の仕事だけでは収入が足りず、やっとこの店のパートを捜して働き始めた。
運が良いことに店長がいい人だったので時間を調整してもらって、慣れないこの仕事を続けることができた。
身体はしんどいが、なんとか生活が出来るレベルになった。

「ねえ、おばちゃん、あ、おねえちゃんか...悪い悪い」
「ゴルフ、わかる? 今日はね、こいつが88の自分のベストスコア出したお祝いなの。」
「おまけにね、こいつ、バーディーなんかとっちゃったの!」
「わかる、ゴルフ? 300メートル先のちっちゃな穴にね、こいつ3回で入れちゃったの!」
「凄いでしょ〜!..あ、ゴルフってね面白いからさ、やってみるといいよ〜」

気持ちよく出来上がったお客さんから、そんなことを言われる。
「あ、おねえさん、よく見ると奇麗だねえ〜、今度教えてあげるからさ、ゴルフやろうよ、ゴルフ!」
そんな風に誘われることも何回もある。
幸いこの店では悪酔いするようなお客さんはいないので、別に問題はないのだけれど...

ゴルフはよく知っている。
離婚する前はプロについてレッスンを受けていたし、今だってゴルフに興味はあるし、出来ることならプレーもしたい。
熱中していた頃は、良ければ80そこそこで回れていた...

今でもクラブは奇麗にしてあるし、古くなったかもしれないけれどウェアもとってある。
でも、余裕がない。
週に5日働いて、そのうち3日は夜遅くまで働いて、それでやっと子供との生活を送るので精一杯。
時間もお金も足りない。

誘ってくれるお客さんも数人いるけれど、その世話になって面倒なことには絶対になりたくない。
...4年の間ラウンドしていない、練習もしていない。
でも、ゴルフをやめたつもりはない...いつかきっとゴルフをまた始めるだろう、ということを信じている。
娘が大人になってからだろうか、どこかのいい男が私の生活を変えてくれてからだろうか、気まぐれに買っている宝くじが当たることがあってからだろうか...見当がつかないけれど。
日々を生きるのが精一杯の今、ゴルフへの情熱の火は決して消えなくても、それを表に出すことはない。

なんだかゴルフというものからは、遥か遠くに離れてしまったような気はしている。

でも、遠い時間の先であっても、必ずゴルフをまた始めるつもりでいる。
...そして、どこかのコースの1番ホールのティーグランドに再び立つことが出来た時、より深くゴルフを理解し、楽しんでいる自分がいることを信じている。

そして...そのティーショットを打ったとき、自分は笑っているんだろうか、泣いているんだろうか...
いつか、それを知りたい。

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Rさんは、「しけたギャンブラー」だって、自分を自嘲気味に笑っている。
別に「賭けゴルフ」をやるギャンブラーなんて意味じゃあ全然ない。

3月から5月くらいまでは週一回はゴルフに行っていた。
でも、7月からはあまり行けなくなって、9月過ぎのゴルフシーズンに入ってもゴルフに行くことができない。
原因は、ギャンブル...といっても、あのパチンコ。

一昨年から給料は全く上がらず、ボーナスも減り、それなのに子供たちや何やかやと支出は増えている。
当然切り詰めなくてはやっていけない...彼の使える金も半分くらいに減った。
熱中していたゴルフも、練習場に行く数を減らし、ラウンドするのもなるべく安いコースを探し、早朝や夕暮れのゴルフを探し...それでも昨年は月に4回は行けなくなった。

そんなときだった...昨年の暮れに同僚とフラッと入ったパチンコで大当たりをとった。
「バトルもの」というらしく、一回勝つと次から次へと勝ち続け、負けるまでやって3時間...換金すると10万近くの金を手にしていた。
「ああ、これでゴルフができる!」..飛び上がりたい思いでその金を懐に入れ、その月はあまりプレーフィーの安くないコースも含め、5回もコースに行けた。
「やっぱり、金があるといいゴルフ場でできるなあ..」としみじみ思ったそうだ。

この時「そうだ!少ない小遣いもこうやってパチンコで増やせば、もっといろんなゴルフ場に行ける」と、どこかでそう思ってしまった。
もちろん「ギャンブルで勝ち続けることなんかできない」、くらいは知っていたから週一回以上はやらなかった。
そして、それから3ヶ月あまりは勝ったり負けたりを繰り返しながらも、運良くプラス状態が続いて「俺にはギャンブルの才能があるのかも」なんて気さえしていた。

おかしくなったのは、そのあとから。
それまでは「バトルもの」ってやつで当たると、必ず7回から10回、多いときには20回も連続して当たっていたのが、当たってもすぐに負けるようになった。
次に勝つ確率が80パーセントを超えるという機種なのに、せっかく当たっても1回とか2回で終わってしまう...当然プラスにはならずにマイナスが増えていく。
「おかしい」「こんなはずでは」という気持ちで熱くなってしまい、パチンコをやる回数が増えた。
そのうちに「当たる」ことも少なくなった。
へそくりを取り崩して入れ込んだあげく、ゴルフに行く金なんてどこにもなくなった。

それからは、給料日を待ちこがれて、小遣いが入るとすぐ(前のように、月4回のゴルフがやりたくて)パチンコ屋に直行するけれど、結局やられる日々が続いている。
「パチンコをやめて、その金で安いゴルフ場に月に2度くらいでも行けばいいのに」と頭ではわかっているのにやめられない。
「取り返したい」なんて思っているギャンブルは勝てっこない、ともわかっているのに。
せめて、サラ金から金を借りたりしてのパチンコは絶対しない、とだけは肝に命じているけれど...


「こんな小さな玉よりも、もう少し大きな球に燃えていたのになあ...」なんて、自嘲気味に煙草を吹かしながら、今日もRさんはパチンコ屋に行っている。

もう三ヶ月も前から、一度もゴルフに行けていない。

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女子プロゴルフが話題になる時に、ちょっと私の胸の奥でちりちりとするものがある。

今の私は、ゴルフは全然やっていない...というよりゴルフをプレーしにコースに行ったことも無い、というのが本当かもしれない。
やったことはあるのだ、遠い昔...中学一年の頃に。

以前父はゴルフに熱中していて、メンバーが多いために安かったコースの会員権を買って競技を盛んにやっていた。
もちろん普通のサラリーマンだったので、プレーは月2回が限度だったけれど、毎日素振りを欠かさずにハンデは5までいった。
そんな父のコースで夏休みに「ジュニア教室」を開くというので、中学に入ったばかりの私も参加することになった。
本当はゴルフなんかに興味は無かったんだけれど、「やりたい」と言うと父が喜ぶので、嫌々ながら参加しただけだった。
...でも、実際にやってみると私は適性があったらしい。
基本的なグリップや体の動きを教えてもらった後、ボールを打つことになっても一度も空振りをしなかったし、ボールはあまり曲がらずによく飛んだ。
元々運動神経には自信があったし、体の柔らかさやバネの強さにも自信があった。
一週間の合宿が終わる頃には、ドライバーで200ヤードぐらいまっすぐに飛ぶようになっていたし、アイアンもちゃんと当たった。
そのコースのプロで先生役だった人が、何度も「君、本当にゴルフやったこと無いの?」って聞きにきた。
最後の日に、メンバーである保護者と組んで3ホールを回ったけれど、私と父の組だけがパープレーだった...それも父のミスを私がカバーしたりして。

プロが私に「君はプロになる気はない?」と聞いたんだけれど、私は「わかんない...」としか答えられなかった。
その後、プロは父と結構長い時間話していた。

その日の夜、父が私に真面目な顔で「話があるんだけれど...」って言ってきた。
「プロが、お前にやる気があればプロになれると思うから、本格的にゴルフをやる気は無いか、って言うんだ。」
「お父さんは、お前がもし本気でゴルフをやる気があるんだったら、応援するから」
...


「私、ゴルフはやらない」
「本当にそれでいいの? お前には特別に才能がある、ってプロが言っているんだぞ?」
「私、やらない。」

その後、ゴルフクラブを握ったのは一度だけ。
大学に入った時に、クラブの勧誘をいろいろやっているところに「ゴルフ同好会」があった。
一緒に大学に入学した友達が興味があるって言うのでつき合ったら、「あなたもちょっと打ってみてください」って言うので久しぶりにクラブを握った。
...ちゃんと当たった。
何発か打つといい当たりが連続した。
「あなたはゴルフやってたんですか?」と聞くから「中学の時に一週間くらい」というと「是非、うちの部に入ってくれないか」って離してくれなくなった。
「入る気はありません。」ってはっきり言って入部しなかったんだけれど、その後半年くらいずっと勧誘を受け続けた。

...父は私が26の時に、癌で亡くなった。
その入院している時に、父がその時のことをしみじみと話してくれた。
「もし、お前がゴルフをやる、と言ったら、お父さんはゴルフをやめて会員権や自動車を処分してでも、お前がゴルフをやる金を作ろうと思ってたんだよ。」
「でも、お前がゴルフをやらない、と言ったからお父さんはゴルフを続けられたんだ。」
「...正直、お前がゴルフをやらない、と言った時、少しホッとしたりしたんだ。」
「でも、もっとちゃんと勧めてたら、お前は今頃はゴルフの才能を発揮していたかもしれなかったのに、悪かったなあ..」

...そんなことわかってたんだよ、お父さん。
私、お父さんの楽しみにしているゴルフをやめさせてまで、ゴルフをする気はなかったんだ。


私も、もう30才を超えてしまったけれど、あれからゴルフをしてはいない。
これからもする時が来るのかどうかわからない。

ただ、今でも「もしあの時...」と思うと、ほんの少しだけ胸の奥がちりちりとすることがある。


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