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出会ったのはT県のUカントリークラブのオープンコンペ。
一人ずつ参加の男二人、レディス二人のパーティーだった。

もう一人の男性は、ほぼ同じ年代の元サラリーマンゴルファー。
上手くはないものの、ゴルフが好きだと言う事は十分感じさせてくれるプレーを続ける。

女性二人は50歳前後の(多分ゴルフで)日に焼けた元気一杯の女性と、明らかに年上と判る静かな女性。
若い方の女性は、こういうコンペに出慣れているようで、打つ度に独り言で解説反省して明るく笑いながらプレーをしている。
70前後と思われる、微笑みを絶やさない上品そうな女性は、時折コースを振り返りながら淡々とラウンドしていた。

残念ながらこの日は、一緒だった全員が6インチプレース使い...というか、打つ前に必ずボールに触る人達だった。
受付の時に渡されたオープンコンペのルールでは、6インチ・OKありと書いてあるのでそれでも良いのだけど、ボールに触らない人達と一緒になった時には「ノータッチ・カップイン・前進ティー使用無し」でやる事が基本。
自分は一緒に回る人達のその姿勢を見て、楽しくやれるように自分のその日のゴルフの姿勢を変えるようにしている。
この日は、そういうゴルフに合わせる日...もちろん自分は絶対に6インチはしないが、OKパットはありだし、前進ティーを使えと書いてあるなら暫定球は打たない。

でも、この男性は6インチと言いながら16インチは動かすし、若い方の女性も良いライ迄ボールを(距離に関係なく)持って行く。
ただこの高齢の女性だけは、ライがどんなに良くても毎回打つ前にちょこんと座り、ボールを拾い上げて、同じ様な芝の上に乗せてから素振りをせずにポーンと打つ。
その一連の動きが全部プリショットルーティーンになっているようで、プレーは3人の中で一番速い。
飛ばないが曲がらない、いかにも慣れた感じのラウンドという印象を受ける。

詰まっているラウンド中の待ち時間や、カートの移動での間に、女性同士の会話が耳に入ってくる。
そして、昼のレストランでの会話やパーティーでの会話で出てきた話は、彼女の夫が3年前に亡くなったこと。
その夫が亡くなるまでの20年くらいは、毎週一回は夫と二人でラウンドし、海外も含めて色々なコースに行ってゴルフを楽しんだということ。

「夫が亡くなって一年間は、全くゴルフをする気にならなかった。」
「昨年から、またゴルフがしたくなってきた。」
「でも、夫と二人で回るゴルフをずっとしてきたので、ゴルフをやりたくてもなかなか一人ではすることが出来なかった。」
「でも、パーゴルフで漫画の「オープンコンペ挑戦記」を見て、夫と行ったことのあるコースなら、一人で申し込んでも迷惑を掛けずに回れて、楽しめるんじゃないかと思った。」
「でも、こうして来てみると(ああ、あの時、夫はここでOBを打った)とか、(あの時の夫と同じ所でミスをした)とか、一緒に回ったときのことを思い出してばかりいる。」

ぽつぽつと静かに語る言葉をつなげると、こんな風なこと。
そして、
「あたくし、皆さんが100名山を目標に山に登られるのと同じように、死ぬまでに夫と一緒に回ったコースを、全部もう一度回り切ることを目標にたてましたの。」
「幸い、夫が私が生活に困らないだけの物を残してくれましたので...」

多分羨ましいほどの、収入と財産のあった夫だったんだろう。
残された婦人が、生活の心配もなくゴルフが出来る環境でいられるんだから...

毎ホール毎ショット、必ずボールに触って置き直して打つことは、彼女にとってはそれがずっと一緒にやってきた彼女と夫の「ゴルフ」。
彼女は夫と一緒に「ゴルフ」を楽しみ、一人になった後、再びかって夫と回ったコースで、同じ「ゴルフ」を噛み締めて楽しんでいる。
本当に数少ない、恵まれている環境だとはいえ、そんなゴルフがあってもいいだろう。

まだまだ身体が動く限りは、彼女の旅を続けると言う。


...今日もきっと、彼女は夫と一緒に回ったどこかのコースで、淡々と夫と一緒のセンチメンタルジャーニーを続けているんだろう。