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かっての高校野球のヒーロー。
地元では、今でも名前が覚えられているという男。

山あり谷ありの人生に、どんな環境の激変があっても野球に関わり続けて来た男。
草野球でもシニアの野球でも、少年野球でも高校野球の先輩としても野球から離れなかった男。
野球を諦めたらゴルフを始めると言っていて、道具まで揃えてやったのに「一歩」を踏み出さなかった男。
それでも、いくつになって始めても上達出来て楽しめるのがゴルフなんだから、と待っていてやったのに...

去年軽い脳梗塞をやった。
その脳梗塞の薬「ワーファリン」(血液を固まりにくくする薬)を飲んでいたために、春先に再びやってしまった脳出血の症状が悪くなってしまったという...言葉が話しにくくなり、半身に麻痺が残った、と言う。
それでも、明瞭ではない話し方ながら携帯で「もう野球は無理やから、諦めてゴルフを始めるわ」「おう、始める決心がついたんなら、俺が手伝ってやるから。」
「まず、リハビリして身体を戻したら、早速始めようぜ。」


...それからしばらくして携帯が通じなくなった。
2ヶ月ほど連絡がつかない状態が続いたので心配していたら、ある日家の電話が鳴った。
「おお...元気か...」
「今、どこにいるんだ? 携帯がつながらないんだけど。」
「ああ、おれ...精神病院にいるんだ,..。」
で、切れた。
心配になり、状況がわかりそうな人に片っ端から電話をかけて、やっと彼のお姉さんに連絡がついてわかったところは...
脳出血の影響か、幻覚が出て病院を勝手に出て行ったり、夜中に徘徊したり、他人の病室に入って行ったりするようになったんだと言う。
その為、危険な患者と言う事で普通の病院では扱い切れず、フロアごと鍵がかかる精神病院に緊急に入院しているという事が判った。
そして携帯の契約も切れているので、10円硬貨の公衆電話から電話してくるためにすぐに電話が切れてしまう...

何度目かの彼からの電話でやっとわかった彼の気持ちは、「フッとすると高校生になった自分がいるんだ」「あるときは中学生だったり」「自分の教室に帰ったつもりが、違う病室だったんだ」。
...このような状況が改善されないと、退院出来ないらしい。
ヤツとしては、今は独りで生活出来ないという事で介護施設に入居したいのだが、徘徊があると受け入れてもらえないんだとか...

遠い九州の外れにいる彼に、なにも出来はしないのだけど...「あの男が、どうして...」と落ち込んでいる自分がいる。
運動能力ではライバルと認めた男(脚は彼の方がぶっちぎりに速かったけれど、肩の力やバッティングと瞬発力ジャンプ力は俺の方が上だった)の今の姿...
彼の私生活がどうだったかは殆ど知らないが、年に一度くらいあって酒飲むだけで、あいつは俺の事を「お前は俺の一番のツレだ」といつも言っていた。


何度かゴルフを一緒にやろうと誘ったけれど、ついに始めないままで今になってしまった。
...フェアウェイを笑いながら一緒に歩くことは、もう絶対に無理になってしまったんだろうなあ...

今は、ただ、ただ、残念だ。