img_0-34

鹿児島出身のこの男とは、19歳であるデザイン学校で出会った。
まともに絵を描いた事もないし、石膏デッサンすらやった事のない自分が、まさにこれからの人生を絵に賭けると決心した時に同じ場所に居た。
180センチ近い長身と、100メートルを11秒前後で走る俊速と、ハンサムで明るい男は確かに女性にモテていた。
気が合ったヤツと俺は野球チームを作り、私が投げてヤツが捕ると言う形で、軟式野球の東京都ベスト3とか言うチームに勝ったりしたこともあった。
ヤツはやがて大阪でデザイン学校の教師の職につき、可愛い小さな千葉の娘と遠距離恋愛のあと、20代前半で結婚した。

やがて長女、次女、長男と3人の子供を持ち、社員を何人も使う写植会社を興し、ダイエーの仕事を多く引き受ける様になって羽振りも良くなり、会社も大きくなった。
この頃のヤツは、仕事も家庭も本当に順風満帆に見えた。

が、その頃からパソコンが普及し始め、その性能が飛躍的に良くなるにつれ「写植」という「仕事」が消滅して行った。
ヤツは懸命に頑張ったが、この時代の流れを変える事は全く出来なかった。

東京と大阪と言う事であまり頻繁に会う事も無く、俺にどうこう出来る問題ではなかったのでその辺の事情は当時は全く判らなかったが...ぽつんぽつんと聞こえて来る噂で、会社が傾き、経営を追われ...やがて離婚、長女は彼に、あとの二人は奥さん側に着いて家族離散とか...

そして、長女は結婚し、彼一人母親の介護もあって鹿児島に帰った。
やがて時が流れて、母親は亡くなり...ヤツ一人が鹿児島の生家に住んでいる事は、その頃から頻繁に来るようになったケータイの会話で聞いていた。
ヤツは、そこでバイト生活をしながら、マスターズの野球をやったりして悠々自適の生活をしていると言っていたが...
ある日、「みんながゴルフをやっていて、今度コンペをやるって言うのでオレもゴルフを始めようと思うんだ」
「それでオレにはよくわからないから、お前の持っているクラブで使ってないものをくれないか?」
「やっとゴルフをやる気になったか」
と言う事で、当時一番ヤツに合うと思ったクラブと、キャディーバッグにボールや小物一通りを入れて、まとめて送った。

「ただな、ゴルフはそんなに甘くはないから、最初は絶対に近くの練習場に行ってレッスンプロに基本を教えてもらえよ。」
「運動神経を過信して自己流でやると、野球をやっていたヤツは悪いクセがついて、必ずしんどい目に遭うからな」
そう念を押した。

が、ヤツは一回だけそのコンペに出たあと、二度とゴルフをやるとは言わなくなった。
電話では何回も勧めたし、「いつかお前と一緒に九州のコースを回りたいんだから、時間をかけてゆっくりゴルフに馴染むようにしろよ」とも言った。

が...ヤツが倒れる前に一度鹿児島に行った時にも、「一緒に練習に行ってやるから、今から行こうぜ」って言ったのに腰を上げなかった...クラブは奇麗なまま押し入れに入ってはいたけど。

そして、ヤツは朝から晩迄焼酎を飲んで酔っぱらう生活を続けるようになって...6年前に倒れた。
5年前に見舞いに行った時には、長い移動は車椅子だったけど、短い距離ならゆっくり歩けた。
3年前に行った時には、車椅子から離れて歩く事は出来なかった...が、帰り際によく回らない舌でも「今度はオレがリハビリしてお前の所に行く」と言って泣いていた。
「そうだ、リハビリ頑張って今度はお前が東京に来いよ」と言って別れた。


昨年二度目の見舞いに行くつもりだったけど、私の怪我や奥さんの白内障の手術などで行けなかった。
今年、なんとしてもヤツの見舞いに3月に鹿児島を訪ねるつもりだが...

ヤツの面倒を見ているヤツの姉さんによると...
「3年前に別れる時に、ヤツは今度はオレが治してお前の所に行く、と言ってましたけど、ヤツの具合はどうなんでしょう?」
「今は、介護されている状態で、認知症が入って来ています」


「多分、会っても判らないと思います」


ああ。
それでも、3月に会いに行く。
自分も行くのはこれが最後になるかもしれないから。

なあ、オレはお前と指宿ゴルフクラブででも一緒に回るのが夢だったんだぞ。
お前はきっと初めて参加したコンペで、あまりにゴルフが上手く行かなかったんで嫌気がさしたんだよな..あれほど言ったのに。
きっと野球では誰よりもうまかった自分が、野球でレギュラーにもなれなかったヤツに、ゴルフでは全く歯が立たなかったのが我慢出来なかったんだよな...
お前は意外とカッコマンだから、下手で無様な自分の姿を見られるのが許せなかったんだよな。

オレが近くに居れば、首根っこ引っ掴んでも練習場に連れて行って、ゴルフを楽しむ基本を叩き込んだのになあ。
ゴルフを始めていれば、朝から晩迄焼酎を飲み続けるなんて事はなかったかもしれないのになあ。
残念だなあ...口惜しいなあ。



...「お前はオレのツレだ」って言うのが、酔ったお前の口癖だったよなあ...