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その男の父親は、一般の人ではまだプレーする人の少なかった1960年代から、ゴルフに夢中になっていたんだという。
仕事が順調で結構裕福であったらしく、名門とはいかないまでも、それなりのコースに入会して週一はゴルフをやっていたんだという。
ただ、息子であるその男は、いわゆる全共闘世代で、当然その頃の(俺も同じイメージを持っていた)ブルジョア階級のチャラチャラと女を侍らして、ポコンポコンと棒きれでボールを転がしつつ歯の浮くようなお世辞を言い合う、そんな風にしか見えなかった「ゴルフと言う遊び」が大嫌いだったそうだ。

熱心な割には、それほど上手くはなかったというその父親は、それでもその頃の一流の道具や服装には敏感で、結構な金をゴルフにつぎ込んでいたらしい。

...時が流れて、その父親が亡くなってから、彼自身がふとしたきっかけからゴルフをプレーすることになった。
そして、ゴルフによくある話のように、「始めてみたら、こんなに面白い物はなかった」という出会いとなり、親父に比べて多くない稼ぎの半分以上をゴルフにつぎ込む「熱いゴルファー」の誕生となった。
当然、最新の「飛ぶ」とか「正確な」とか言う売り文句の道具についても、金を工面しながら熱心に買い換えるようになり、やっと亡くなった父親の気持ちが分かるようになったという。

彼自身安いコースのメンバーとなり、競技もするようになって、やっと「ああ、父親とこんな話をしたかったなあ」と思うようになった。
そしてあまり帰ることのなかった故郷に、そんなことを父の墓の前で話したくて帰った時の出来事。

母親に、「父親の使っていたゴルフの道具がまだ物置にそのまましまってある」と聞いて物置の中を調べた。
そこには使い込んだ皮製のキャディーバッグがあり、中にはマグレガーのパーシモンウッドとスポルディングの赤トップのセットがあり、赤トップはうっすらと銅下メッキが透けて見えるほど使い込んであった。
ゴルフの知識を持つようになった今では、それがどんな名器だったかが判ることもあり、改めてオヤジの熱中ぶりが実感として感じられた。
そしてその時、そのキャディーバッグの奥にもう一つキャディーバッグがあるのを見つけた。
使われた事の無い様な奇麗な状態で、引っ張り出して中を見ると、そこには全く使っていない新品の状態のフルセットのクラブが入っていた。
ウッドはやはりマグレガーのパーシモンの1番3番4番、そしてアイアンは...黒トップの2番からサンドまで...パターはピン。

「なんで使ってない物が?」と不思議に思って、キャディーバッグのポケットを調べてみると、上側の小さなポケットから小さな紙切れが出てきた。
「ドライバーは初心者でも使えるロフトの大きな物、アイアンは低重心でRシャフト、パターは易しいピン...OO(彼の名前)用」
母親に聞いてみると、父親が「あいつはきっとゴルフを始めることになるから、いいモノを今のうちに揃えておいて、あいつが始めたらプレゼントするんだ。」と言っていたとか。
「俺が手ほどきして、親子でラウンドするなんてのがこれからの楽しみだよ」
母の前ではそれが口癖だったらしい...俺に言った事なんか無かったのに。

黒トップは、確かに彼の父親の赤トップよりは低重心に見えるデザインだが、ネックが長いために見かけほど低重心じゃないし、スチールのRシャフトだって今のシャフトに比べれば重いし硬いし、ましてパーシモンウッドにスチールシャフトなんて今じゃ過去の遺物で使えやしない。

...でも...



オヤジが生きているうちに始めていれば良かった。