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その男は、スコアカードを2枚用意していた。
ラウンド中にみんなのスコアを聞いて普通に書いた後に、もう一枚に綺麗に書き写していた。
「コンペの提出用のカードは、ラウンド終了後に改めて貰えますよ」
「あ、いいんです。 これは私の記録用なので。」

ちょっと覗いてみると、本当に几帳面に綺麗な字で4人のスコアが書いてあった。

歳は50前後か...90ちょっとくらいで回る腕で、特に高い道具を使っているわけでもなく、特にゴルフスタイルにこだわっているわけでもないようだった。
ただ、本当にゴルフは楽しそうにプレーしていて、大叩きしても特に落ち込む風でもなく、他の人に気を遣い、他の人があちこちに打ち込んだボールを一緒になって熱心に探してくれる。

「私はゴルフを始めたのは30才からなんですけど、スコアカードは全部取ってあるんですよ。」
「スクラップブックに、全部で500枚くらいかなあ,,,整理してあります。」
「ええ、それを見るとどんなラウンドだったか、みんな思い出せるんですよ。」

「ええ? そんなラウンド全部覚えて入るんですか?」
「他じゃァ、そんなに記憶が良い訳じゃないんですけど、何故かゴルフに関することはスコアカードを見ると思い出すんですよ。」

不思議なことだと思うけど、ゴルフに熱中している人の中には、信じられない記憶力を持つ人が少なからずいる。
一度回ったコースを、何番ホールがどうだったか全部覚えてしまう人や、自分のショットを場所から何打目だったかまで全部覚えている人、そのコースのレストランの食事の旨さ不味さまで覚えている人、コースまでの道順を(抜け道まで)全て覚えている人...
ひょっとすると、ゴルフってこんな能力を引き出すような「何か」があるのかも知れない、なんて事さえ思う。

ラウンド中は彼の人の良さをみんなが感じるような雰囲気で、スコアはともかく楽しいゴルフの一日となった。

...ラウンドが終わって、パーティーの時の話。
「私は、スコアカードを見ると全部思い出せるんですけど、スコアカードを見なくてはダメなんですよ。」
「?? どういうことですか?」
「子供のこととか、女房のこととか、家族でやったこととか...」
「それだけではあまり覚えていない...というか、曖昧なんですよ、記憶が」
「だけど、何月何日のラウンドの次の日、だとかOXでラウンドした二日前に、というとすぐに思い出せるんです。」
「ゴルフを基準にしないと、家族のこともちゃんと覚えていない..ってことですよね。」

確かに、その時「食べたもの」を基準に、「あー、あれを食べた日にあれがあったんだ。」「あのことがあったのはXXを食べた次の日だった」なんて風に記憶をしている人もいるんだから、記憶がスコアカードを中心に残っていても不思議じゃあない、とは思う。

「ちょっとそんなことで色々ありまして、今は一人なんです。」
「あ、別居してるだけですが...」
「...自分でも、なんでスコアカード中心の記憶になってしまうんだか、よく分からないんです。」
「ゴルフをしているときが一番楽しいからでしょうかねえ...」


誰に聞かせると言う訳でもなく、彼はため息と共に呟いた。
「ゴルフって、何なんでしょうねえ...」


家に帰ったら彼はまた一枚、今日のプレーの記憶と共に一枚のスコアカードをスクラップブックに足していくんだろう。
家族がその時一緒にいなかった記憶も、同じスコアカードに重ねて乗せて 。