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Tさんは一級建築士、建築設計のプロだ。

20年以上前、バブルの始まる頃に師匠である有名建築家のもとから独立して、自分の建築設計事務所を立ち上げた。
その頃はマンションの設計を受けると、設計料は数百万円の金が入った。
そういう仕事が途切れることなく入って来て、設計事務所は順風満帆、早くから(ウィンドウズになる前から)パソコンのソフトを使用した設計技術も信頼されていた。
ゴルフは師匠のところにいる頃から始めて、自分の設計事務所を持つ頃には二つのコースのメンバーだった。
ただし、その頃は会員権の値段も急騰して、買えたのは栃木や群馬のちょっと遠いコースだったけど。
時間が空いた時には、近くの空き地にボールを4−50個持って行ってアプローチ練習するなど、かなり熱中してゴルフをやっていた。

しかし、しばらくして流れが変わった。
バブルの崩壊とともに、大きな仕事が来なくなった。
仕事は小さな改装や立て直しなんてものの設計や修正が多くなり、入ってくる金額も一桁以上少なくなった。
その後も流れは変わらず、家のローンの支払いにも事欠くようになって、ゴルフの会員権は2枚とも手放した。
そして今では自分の設計事務所は畳んで、大きな設計事務所に契約社員で通っている。
奥さんもずっとパートで働いている。

...仕事では使わなくなった自宅の事務所の片隅に、今でもキャディーバッグが一つ置いてある。
最後に使ったのはもう15年以上前になるだろうか...大学の同窓会のコンペだった。

この何年かは、キャディーバッグに触れてもいないけれど、中に入っているクラブは、いつか再びゴルフを再開するときのためにと、最後にそろえたこだわりのクラブだ。
アイアンはダンロップのDP−201が2番から、パターはピンのスコッツデール、フェアウェイウッドはテーラーメイド...そしてドライバーはブリジストンの230チタン。
(230チタンは当時最新のドライバーで、これを初めて使った時にはその飛びに感動したものだった...)

これらのクラブは、シングルハンデを目指して熱中していた当時に、自分が考えた最強のクラブセットだった。
数年前に、カビの生えてしまったグローブや、黄色く変色したボールは捨てたけれど、このクラブセットは捨てるのに忍びなくて部屋の片隅に置いたまま...
時間の流れを感じるのは、当時最大容積のドライバーということで230を名に付けたドライバーが、今主流のドライバーの半分の容積しかない、という事実。

そんな、買ってから何ラウンドも使わなかった230チタンだが、自分がゴルフを再開するときが来たら、また自分の期待に応えてフェアウェイで吠えてくれるんだろうか。

...ずっとキャディーバッグの中で待っている230チタンは、どんな夢を見ているんだろうか...