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今年76になるKさんは、まだゴルフ歴は10年。
始めたのは65歳、やらざるを得なくなって始めたものだった。

それを仕掛けたのは、幼なじみの古い親友だったTさん。
Kさんの趣味は釣りで、Tさんとは川でも海でも腕を競ったライバルだった。
年を取ってからは川や沼がメインだったが、腕も道具も釣果も自慢しながら酒を飲む付き合いだった。

そんなTさんは、10年前にガンで亡くなった。
落ち込んでいたKさんにTさんの奥さんから電話があり、TさんがKさんにと残したものがある、という。
それを聞いたKさんは、てっきりTさん自慢の名竿を親友の自分に残してくれたのか、と内心...

しかし、車で来たTさんの長男が持って来た物は、靴からクラブからボールまで全部揃ったゴルフ道具一式だった。
おまけに、何冊かの本まで一緒に持って来た。
「親父が入院している時に、『俺と靴のサイズもみんな一緒だから、全部あいつに譲ってやってくれ。それに教本やゴルフの勉強の本も一緒に用意するから』と言われてました。釣りの道具は僕が全部譲り受けました。」
...そういえば、生前何度もゴルフをやらないかと誘われていたけど、「俺はあんなものやらん、釣り一筋だ」と何時も言い返していたっけ...

「竿じゃなかったのか...」
どうにも納得出来ない気持ちで、持って来た本を手に取ると...「ダウン・ザ・フェアウェイ」?「非力のゴルフ」?「ゴルフ名言集」?「200ヤード飛べばシングルになれる」?...ルールブックとかまである。
その「ダウン・ザ・フェアウェイ」なんてのを手にとっても、何が書いてあるのかさっぱり判らない。
一ヶ月ほどTさんの残した道具を前にして悩んだ末に、近所の練習場に行ってプロに教わって始める事にした。
もちろん始めはろくに当たりもしなかったが、何回かちゃんと当たるとそれなりに面白いような気がして来た。

それから10年、ドライバーだけは新しく大きなヘッドのものに買い替えたが、他はそのまま使っている。
初めて持った時に、シャフトに書いてあるメーカーの名前が釣り竿メーカーと同じだったのに驚いた...なんとなくしなる感じも釣り竿に似ていなくもないな、なんて思いはした。
10年、今は釣りよりゴルフの方が行く回数ははるかに多いが、正直よくわからないと言う気持ちがまだ残っている。
本の内容も、まだ良く理解出来ないし。
他人から見たらベテランゴルファーに見えるようで、よく頼りにされるんだけど...「まだ初めて間もない新米なもので」と応えるのが癖になってしまった。
まあ、面白くないか?と聞かれれば、...勿論「面白い」とこたえるんだけど。

そういえば、あいつの残した道具や本の他に一通の手紙があったっけ。

「暇つぶしにやってみろ、後悔しないぞ。」
としか書いてなかったが。