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Hさんのバッグには1本の古いクラブが、使わないのに入っている。
古いと言っても、パーシモンなんかではなく一頃流行ったメタルのフェアウェイウッドなんだけど。

それをバッグに入れた理由は一人のイギリスのプロのため。
とは言っても、Hさんはそのプロのファンなんかでは無く、むしろそのプロが大嫌いだった。

プロの名はニック・ファルド...キャディーバッグに入っているのはアダムスのタイト・ライズ。
ニック・ファルドが強かった頃使っていて、宣伝にも出たりして世界的にヒットしたクラブだった。

...Hさんは、元々人付き合いが苦手なタイプで、ゴルフに熱中していても特に仲のいいゴルフ友達がいる訳でもなかった。
それに、他人に誘われる事も少なかったので、近くの安いクラブのメンバーとしてゴルフを続けていた。
そのクラブでも、他人のなあなあのゴルフが嫌いで、つい曖昧なプレーには文句を言ってしまうので煙たがられる存在なのは判っていた。
本心ではもっとみんなと仲良くやりたいんだけれど、どうしてもそれができない。
やっぱり気持ちとは裏腹な行動をしてしまって、また嫌われてしまう。

そこにニック・ファルド。
強かった...本当に見せ場の無いつまんないゴルフなのに強かった...相手がいくつバーディーをとろうと、派手なプレーをしようと、淡々とスコアカード通りのプレーをして勝ってしまう。
そして、ファルドに負けるのは派手なプレーで人気のあるゴルファーが多かったために、いつもファルドは「敵役」の立場の嫌われ者だった(ように感じていた)。
Hさん自身も、最初はファルドっていうプロはどうにも好きななれない存在だった...が、それでも勝ち続けるファルドの強さに、いつしか「尊敬」の念を持つようになった。
嫌われ者だって(本当はどうか知らないが、Hさんはそう感じていた)あんな風に強くなれるんだ...
...自分もファルドのようになりたい。
人に嫌われようと、何時もいいゴルフができるようになりたい。

それで、ファルドの宣伝していたタイト・ライズを手に入れた。
使ってみるとフェースが薄いためにテンプラが多発して、自分にはあまり武器にはならなかったけど。
でも、これがキャディーバッグの中にあると、「ファルドのように嫌われ者でも強く!」という気持ちが湧き上がるのでずっと入れている。

それなのに。
最近あいつはどうしたんだ。
もう何年もあいつの噂も聞こえやしない。
あんたは嫌われ者でも強いんだろ?
シニアに行ったって、あんたのゴルフは絶対通用するはずだよ。
なんで、テレビに映って来ないんだよ。

憎まれっ子世にはばかる、だよ...俺はあんたが強くなければ困るんだよ。

最近のHさんは、元気が無い日が続いている。