ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

2016年11月

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近所にある打ちっ放しの練習場。
平日一時間1300円、2時間1800円なんて値段で、何時も半分以上の席が埋まっている。
普通は時々1時間の打ちっ放しに行くくらいだが、そこで珍しく2時間打ちっ放しをやっていた時の出来事。

1階の打席で30分ほど打っていた時に、二つ前の打席に4人連れの親子がやってきた。
小学校高学年くらいの男の子と、中学生くらいの女の子と40年配の夫婦。
最初は「最近多い、ゴルフの英才教育の親子か...」なんて思って、あまり注目していなかった。

それから30分くらい、男の子と女の子が交互にドライバーを打ったり、アイアンを打ったり楽しそうに練習をしている...父親は打席後ろのイスに座ったまま、時々右手で指さして何か注意しているようだ。
母親は後ろで立ったまま、黙ってそれを見ている。

...そのうちに、「あれ?」と気がついた。
父親がイスから立って打席の所に歩いていくときに、左足を引きずっている...よく見ると左手は全く動かずに、右手だけで色々教えている。

「そうか...まだ若いのに」

...それから更に30分くらい経って、子供達も一通りの練習が終わったという頃、急に父親が娘からアイアンを一本受け取った。
娘を後ろに下がらせて、自分が打席に入る。
やはり左手と左足が効かないらしく、右足に体重を乗せて立ち、右手一本でクラブを短く持っている。
振り上げて...見事に空振りした。
力の入らない左足に体重が乗りかけて前に倒れそうになったのを、右手に持ったクラブで支えてどうにかこらえた。

打席の後ろでは、奥さんが手で顔を覆っている。
子供が「お父さん、がんばれ!」と声を掛ける。
もう一度ボールを置いて、構える...今度はダフった。
それでもかろうじてボールの頭をかすめたようで、ボールは打席をころころと転がって下に落ちた。
彼は真剣な顔でまたボールをセットする。
女の子も男の子も、声を掛けて応援している。
今度は、ヘッドの先に触れてシャンクしたように右に転がっていった。

その頃になると俺以外にも、前の人や向こう側の人、通路を歩く人も彼のことに気がついていて、自分の練習をしているようなフリをしたまま彼の動きを気にするようになっていた。
彼が打つ瞬間には、周りで誰もボールを打たなくなった。
4球、5球と彼は下を向いたまま、必死の顔で右手一本でボールを打とうとする。
ろくにヘッドに当たらないショットが続いても、彼は諦めない。
子供達も諦めない。

そして、7球目だったか8球目だったか...
やっとフェースにきちんと当たったボールは、30ヤードほどの距離をまっすぐ飛んで転がっていった。
...彼ははじめて顔を上げて子供達の方を見た。
奥さんは顔を手で覆ったまま、後ろを向いた。
俺は思わず「よし!」と、声が出てしまった。
前の打席の若い男は、こちらを向いて小さくガッツポーズをした。
ちらちらとこちらを振り向いて気にしていた、向こう側の打席の男はホッとした顔をして、タバコに火をつけた。
通り過ぎようとして、つい立ち止まって見ていた人達も、ふっと笑顔を作りながら、まるで止まっていた時間がやっと動き出したようにまた歩き出した。

周囲のボールを打つ音が戻って来て、子供達もまたクラブを持って打ち出した。

...彼は足を引きずりながら、後ろを向いたままの奥さんの所に行って、右手で肩を抱いた。

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オープンコンペで会った、70年配のTさん。

プレー振りはいかにもベテランゴルファーらしく、ボールのところに行くと一回素振り、方向を定めて淡々と打っていく。
ナイスショットでも、ミスしても、その態度もリズムも変わらずに淡々とラウンドしていく様は、「俺もやがてはあんな風なゴルファーになりたい」と思わせる格好の良いものだった。

しかし、ラウンドをこなしていくうちに、Tさんがキャディーバッグにクラブを取りに行くときに、いつも何か呟いているのに気がついた。
アイアンなりフェアウェイウッドを選ぶときに、「...」聞こえないくらいの小さな声で、何かを必ず呟く。
なんホール目かのグリーン側のアプローチの時に、たまたま一緒にクラブを取りに行ったとき、やっと何を言っているのか判った。

...「不甲斐ない」。
そう言っている。


何とも不思議に思った俺は、昼食の時にこっそり聞いてみた。
「あの、クラブを手にするときに必ず不甲斐ない、って言っていますよね?」
「あ、聞こえちゃいましたか...お恥ずかしい」
「...いや、クラブがねえ...不細工なクラブを使っているもので...」

Tさんは50年以上のゴルフ歴で、昔はかなりのハードヒッターとして鳴らしたんだそうだ。
それがこの10年くらい前から、昔から使っていたアイアンではどうしても満足なショットが打てなくなってしまったらしい。
それで悩んだ末、周囲の勧めもあって今流行のポケットキャビティー・カーボンシャフトのアイアンに替えたんだけど、それがどうしても自分で気に入らないんだ、と。

「マッスルバックにスチールシャフトでやってこそが伝統的なゴルフというもので、流行のポケットキャビティーのアイアンなんて、不細工で情けないし美しくないとしか思えないんです」
それでつい、
「こんな道具でゴルフやるなんて、俺はなんて不甲斐ない男なんだ」
と思って、それが口に出てしまうんだとか。

だから、今でもウェッジだけは昔のを使っているんだという。
...午後のラウンド時に見せてもらうと、ピッチングとサンドはすっかり溝のすり減ったマグレガーの「VIP」だった。

Tさん、貴男の今のアイアンだって、決して「易しい」アイアンじゃないですよ。
でも、きっと後ろが凹んでるアイアンは、Tさんにとって「不甲斐ない」アイアンなんでしょうねえ。

...「不甲斐ない」と呟く声は、結局最終ホール迄、俺の耳に小さく聞こえ続けていた。


そのラウンド、Tさんちゃんと41・40で回っていた。

...俺、「不甲斐ない」アイアンに負けた。


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彼とは、彼がゴルフを始めた頃に知り合った。
少し年上で背が高くハンサムで、かつ仕事も好調とのことで結構高い道具を揃え、ゴルフの上達に燃え始めている男だった。

少し先に始めてオフィシャルでシングルハンデになっていた俺が、ちょっとしたことをラウンド中に教えると、本当に真剣にそれを覚えようとし、上手くいくと子供のように喜んだ。

少し時間が経って、彼も仲間内でのハンデがシングルになる頃には、ゴルフの話題となると終わることがない熱さで語る男になっていた。
その代わり、プレーにも熱くなりすぎて、大きな声を出したりクラブを放り投げたりして、周りの顰蹙を買う事も多くなった。
彼を嫌う人も居るには居たが、彼のゴルフに対する姿勢を知っている人達は、それも苦笑いと共に「困ったね」という程度で、仲間達のゴルフコンペには欠かせないメンバーの一人だった。

俺も彼のゴルフに纏わる色々な話は、涙あり笑いありの悪戦苦闘話として非常に楽しくて、毎回のコンペで彼に会ってゴルフ談義をするのを非常に楽しみにしていた。
それはもう二十年以上続いていた。

しかし、昨年の今頃会ったのが最後で、彼はその後のコンペには参加しなくなった。
一回二回の欠場は病気や仕事でよくあることだけど、一年も出てこないのが気になって主催者に彼の不参加の原因を尋ねてみた。
参加メンバーの事情を良く知る主催者が、ちょっと言い難そうに語った彼の事情は、体調不良が表向きの理由だけれど...実際は仕事が不調になってゴルフをする金がないから、ということらしかった。

バブルの頃に比べると、ゴルフのプレー費自体は安くなっているが、こうしたコンペではそれに参加費・パーティー代や馬券代やら、古い仲間内のニギリやらで結構かかり、それに交通費等を加えると一回で3万円以上にはなる。
...その費用の捻出が苦しいと。
俺だってそんなコンペが3ヶ月に1回だから参加出来るが、毎月だったら厳しい。

彼の仕事も俺と同じに出版関係...今、この業界は本が売れなくて(新聞もだけど)どこも厳しい状態で、我々の仕事も少なくなるばかり。
定期刊行物は休刊廃刊が相次ぎ、かろうじて続いているものも原稿料の値下げ要請が来る様な事がしばしば。
仕事があって忙しくても収入が減ると言う状態で、連載をしていた雑誌が廃刊になってしまうと替わりの連載等は見つからず、収入が激減する事も普通にある事。
ベテランだった彼の仕事は、まさにそうした事情で収入が激減してしまったのだと言う。

(勿論同業者(といっても漫画家達)の人達のなかには、今も景気が良くてベンツや国産高級車に乗って、クラブも新製品を次々買い替えて遊んでいるものも多い。
もし当たれば彼等には印税と言う名のまとまった収入があるので、俺の様なイラストレーターには羨ましい世界だ。)

いくら良い仕事をしていても、仕事をする場が減るとゴルフをする機会は少なくするしかない。
フリーである以上、俺も何時そうなってもおかしくない。

ゴルフを嫌いになった訳では決して無い。
ただ、そんな事情であの熱い男は、静かにドライバーを置いてゴルフから離れていった。

...ぐっど・ばい。
俺の古いゴルフ友達。



俺は俺の、あとしばらくのゴルフライフを楽しもう。


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野球少年...ある程度以上の年代の男達は、一度は野球少年だった時代があるものだ。
今と違って「プロスポーツ」の選択肢が野球しかなかった時代、甲子園、そしてプロ野球はスポーツ好きの少年達の憧れだった。

年に一度か二度ゴルフを一緒に楽しむ仲間に、甲子園を目指し、プロを目指したHという「元」野球少年がいる。
幼い頃から野球に関わった彼の人生は、プロ野球選手の夢は諦めても、野球に関わる仕事を今でも続けている。

彼は一言で言えば「まっすぐ」な男...気性も「まっすぐ」、生き方も「まっすぐ」。
(彼は、多分ストレートボールにめっぽう強いバッターだったんだろう)
当然仕事も「まっすぐ」、付き合いも酒も「まっすぐ」、恋愛も「まっすぐ」...男らしい性格の為か、女性、特に色々と苦労をした女性達にめっぽうモテる。

...なのに悲しいかな、ゴルフだけは「まっすぐ」行かない。

それが彼の心を捉えたんだろう...それに、もう野球を現役でプレーする年齢を過ぎたためか、ゴルフが大好き。
そのプレーは楽しいの一言。

俺が一年でプレーするゴルフの中で、彼とのプレーほど腹を抱えて笑える楽しいゴルフはない。
良いときには30台、悪いと50も打つ彼のゴルフは、仕事の関係でやむを得ないところがある。
今や新聞社のプロ野球担当のデスクとなっている彼は、プロ野球のシーズン中は忙しくて滅多にゴルフが出来ない。
やっとゴルフを楽しめるのは、プロ野球のシーズンが終わった後の冬の時期...それも大きなトレードとかが起きると休めない。
だから、彼のゴルフはプロ野球の選手達と同様、殆どは「枯れ芝」の季節にしかできない。
そうして、やっと出来るゴルフを、彼は「まっすぐ」思いきり楽しむ。
ゴルフ場ではいつでも彼は目の輝く少年に戻る...その姿はやっぱりずっと変わらぬ「ベースボールボーイ」。

人生でこれだけは「まっすぐ」行かないゴルフボールに、彼は悲しそうに声をあげる「がっでむ!」。
ミスしたときの彼の口癖のこの言葉は、普通褒められた言葉じゃないんだけど、彼が発するとその音は男の哀愁と悲しみと絶望と復活を併せ持った「彼」だけの言葉になる。

「がっでむ!」

それがなんともおかしくて、俺は腹を抱えて枯れ芝の上を笑い転げる。

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それなりに魅力的な女性が、一人参加でオープンコンペの同じ組になった。
朝、駐車場で私の車の隣に止まったピンクのオープンカーに乗っていた女性だ。
他の男性3人も、それぞれ一人参加の4人。
場所は茨城県のSカントリークラブのオープンコンペ。

結構ハードなコースで、スコアがまとまりにくい。
俺もどうもかみ合わせが悪くて、バーディー獲ると次のホールでダボを叩いたり、オナーになったホールで真っ先にOB打ったりで調子が良くない。
他の人もスコアは似たり寄ったりで、何となくのボギーペースの人ばっかり。

その女性は、自己流でスイングを作ったようで、ちょっと癖があるけどボールを打つのは凄く上手い。
かなりのラウンド数をこなしているように見える。
話を聞くと、会社の仕事絡みでゴルフを覚えた後ハマってしまい、独学で週刊誌やDVDで色々と勉強して、実戦経験を積む為にオープンコンペに参加しているんだそうだ。
いつもは男性と一緒に白ティーでやるんだけれど、このコースは距離があるのでレディースティーからやります、と言っていた。

彼女はティーも違うし飛距離も違うので、必然的に一人で黙々とプレーすることになる。
それにけっこう真面目に...というよりこの組の誰よりもスコアにこだわってプレーしていた。
ハーフが終わると、スコアは男3人は皆似たり寄ったりの45前後。
彼女は、頑張ってた割にはつまらないミスが多く、50を超えていた。

憮然とした顔でテーブルに着いた彼女は、いきなり「生ビール!大ジョッキで!」。

男3人は、
「飲んじゃいけないと医者に言われているから」
「私は酒が飲めません」
「私は午後ちゃんとやりたいので」
で皆コーヒー。

一応、乾杯。

グイッと大ジョッキをつかんだ彼女は、グビッ、グビッとビールをあおる。
そして、口に泡を付けてジョッキをいったん置いた。

「ゲフッ!」

中年男3人、顔を見合わせる。

もう三口...

「ゲフッ!」

目の回りを赤くした彼女は、「彼女以外ここには誰もいない」、といった風情で大ジョッキを飲み干した。
後半のハーフ、顔を真っ赤にした彼女は、コースをたった一人でプレーしているような雰囲気で、真面目に懸命にプレーを続ける。
気合いも情熱も十分感じるプレーだったけど、このコースは今の彼女の腕には難し過ぎた。
男3人は皆90前後、彼女は100を軽く越えてスコアを提出。

パーティーでは、結局誰もなんにも絡まずに、4人とも黙ってウーロン茶を飲むだけだった。

彼女は自分が何も絡まない事が判ると、さっさと席を立ってピンクのオープンカーをブイっとスタートさせ、枯れ葉を宙に舞わせながら颯爽とコースを後にして行った。


中年男3人、
「なんだか...今日は疲れましたね」。 

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その近辺に行った時には、必ず立ち寄る喫茶店がある。
そこにいる50年配の独身のマスターはゴルフ好きでギャンブル好き...結構ハンサムだし、ゴルフも上手い。
もう20年以上前からのゴルフ仲間で、昔は一緒にオープンコンペに出て楽しんだりもした。
共に「昭和的」なゴルフの技にこだわり、オープンコンペで出会った「偉そうで 嫌な上級者」を、一緒に「グーの音も出ない程凹ます」のを無情の楽しみにしていた時期があった。

彼の喫茶店は、周りにある会社勤めのサラリーマンが主な客のために、平日に休むことが出来ずに土、日が休み。
...安くなったとはいえ、やはり土日のプレーフィーは平日の倍ほどかかる。
おまけに巡り合わせで土日に天気の悪い日が続いたりすると、彼のゴルフは二ヶ月に一回とか三ヶ月に一回とかになることがしばしば。
彼とは年一回ペースでゴルフをやっているけれど、時にフックボールでミスをしながらも80台前半では回ってくる。
飛ばしにこだわりがあって、ティーショットはフルスイングしなければ気が済まないと言う頑固さも持っている。

そんな彼はここ数年、以前から痛めていた肘の調子が思わしくなく、その箇所が喫茶店の仕事にも影響が出る程悪くなっている為に、ラウンド数が極端に減っている。
そんな、満足にスイング出来ない様な身体になっていてもゴルフ雑誌は毎週買っていて、ゴルフ界の最先端の情報をよく知っている。
新しいギアのことにも非常に詳しい。

彼のもう一つの趣味が競馬。
結構当てるのが上手いらしく、穴狙いでそこそこ当てていると言う噂を聞く。
そして、その当たった金はゴルフのギアにつぎ込む。
最新情報に詳しいから、シャフトやヘッドも俺の全く知らないような評判の良い新製品を選んで、アイアンもウッドも買い変えてしまう。

コーヒーを飲みに行くと、彼とはゴルフの話ばかり。
(実際のラウンドには行けてないのに)新しく買ったドライバーがどのくらい良いか、ユーティリティークラブがどうだとか、パターが以前のとどう違うか、から始まって。
「ロングアイアンが使えなくちゃゴルファーじゃない」し、「ボールをバシッと叩き切らなきゃゴルフはつまらない」とか、「アプローチはカップ際でギュンと止めなきゃ美しくない」とか。
...そんな話を1時間も2時間も。

そんなマスターが去年実際にラウンドしたのは4回程。
今年は、まだ2回しかしていない。
その最近の2ラウンドは、いずれも途中でのラウンド中止だった。
なんとか痛みをこらえてスタートしても、ハーフくらいで肘の痛みがどうしようもなく強くなり、プレー続行不可能となってしまうのだ。
 
「もっと軽く振れば良いじゃない」とか、「もっと柔らかいシャフトで肘の負担を減らせば?」とかのアドバイスは全く聞かない...「それじゃあ、ゴルフじゃない!」って。

肘は手術をしなければ治らないと医者に言われているそうだ。
「なんで手術して完全に治さないの?」
「この店一人でやっているから、手術すると一ヶ月は手が使えなくなるので無理。」
「いつかは良くなると思ってる。」
仕事中でも時々「イテッ!」と言う表情を見せながら、彼はまた来る素晴らしいゴルフシーズンに、昔の様なボールを打つ事を夢見て、新しいゴルフ情報を真面目に仕入れている。





「今度、馬が当たったら...」



 

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そんなに良い評判のコースではなかった。
東京からの距離は近いのに、アップダウンが激しく、距離も短く、非常にトリッキーという事で有名だった。
ホールは狭く短く、ちょっとでも曲るとボールは崖や池や藪の中に消えて行き、探して回収するなんて事は不可能で、ニューボールなんて勿体なくてとても使えないコースだった。

その代わりに値段は非常に安く、小さな山の連なりの上に作ってあるために、景色も中々綺麗だった。

ゴルフを始めて1年ほどのA子さんは、値段の安さと距離の近さに惹かれてこのコースにやってきた。
しかし、2〜3ホールもプレーするとボールをなくすだけではなく、そのアップダウンの多さに疲れ果て、クラブを杖代わりにやっとプレーを続けるという有様(当時は乗用カートではなく歩きのラウンドだった)。

腰を曲げて、老婆のようにヨタヨタと歩いていってやっとボールのところまで来ても、まだ下手なうえに疲れのためにチョロを繰り返し、前に進まず殆ど真横に飛び出すボールも多くなって来た。
「もう、ゴルフなんて疲れるだけでちっとも楽しくない。」
「もう二度とやるもんか!」
なんて、涙まで出てきた。

お昼でやめたかったのに、「せっかく来たんだから、今日は最後迄、ね?」と慰められ元気づけられて嫌々後半もプレーを続ける事になった。
疲れ果てながら、リフトやら階段やらを使ってやっとたどり着いた後半のあるホール。

ふと、頬に当たってきた枯れ葉に気がついて上を見上げたときに、「うわあ...!!」と声が出た。
今までずっと下を向いてプレーしていたので、全く気がつかなかった...紅葉の季節だった。

そこはコースの一番高いところにあるロングホール。
ホールの左右は絶壁で、気がつくと自分は関東低山の紅葉の真ん中にいた。
そして、さほど派手な色ではないけれど色とりどりの枯れ葉を、秋の風が自分のいる場所より高く吹き上げて、空を舞わせていた。
晴れていて気持ちの良い秋風の中、明るい日射しの中に輝きながら舞い踊る、色とりどりの紅葉はまさに忘れる事が出来ない幻想的な光景だった。

「こんなに綺麗な紅葉は生まれて初めて見た...」

日光や、他の有名な観光地の紅葉と違い、色数が少なく「錦織なす」とはいかないけれど、陽の光の中を舞い踊る落ち葉の風景は息を呑むほど複雑で美しい。
今までのゴルフの「苦しみ」なんて、どこかに飛んでいってしまった。

...それから十年近くの日々が過ぎて、色々なコースに行くようになったけど、あれほどの綺麗な紅葉は見ることが出来ない。
なので、去年の秋に同じような時期を選んで、無理に頼んであのコースに連れて行ってもらった。
天気も良かったし、きっとあのときと同じ紅葉を見ることが出来る...そう信じて。



「...え?ここだっけ?」
「こんな風な紅葉だったっけ?」

あの頃よりはだいぶ上手くなったうちの奥さんは、そのホールのその場所で..途方に暮れる。

「あのときの紅葉は、その後何度も夢に見たほど綺麗だったのに...あの時も、こうだったのかしら..」
彼女の周りには、谷から吹き上がる風に舞う、色とりどりの枯葉が流れて行く。


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ゴルフに熱中している人の中には、時折「え?」って言うような「類い希」な能力を持っている人がいる。
仕事関係で知り合って、年に一度くらい一緒にラウンドする機会のある編集者のY氏。
一度回ったコースのホールや自分のショット・スコアのみならず、一緒に回った人のプレー迄を殆ど全部覚えている。

コーヒーを飲みながらのゴルフ談義で、「一昨年回ったXXコースの5番ホールでさあ、君は2打目で..」なんて言われて、まず俺はそのコースを思い出すのに大変な苦労をする(正直、完全に忘れちまっている事の方が遥かに多い)。
やっとそのコースの事を思い出しても、5番ホールがどんなだったかなんて、全く覚えていない。
まして、その2打目がどうだったかなんて、思い出すのは不可能だ。
勿論俺だってラウンドしたことのあるコースでの、強い印象を残したショットを打ったホールなら(なんとか)覚えている。
連続OBを打ったとか、池に3発連続で入れたとか、イーグル獲ったとか、転んで足を捻挫したとか、二桁叩いたとか、狸が出てきたとか、なんてホールなら覚えている。

でも、自分のホームコースでさえ「OOの4番で...」なんて言われたら、「えーーと、まずロング、でミドルで、長いショートの後だから右ドッグレッグのホールだったな...」なんて順番に辿って行かなければ思い出せない。
でも、Y氏はそんなに苦労もせずに、普通に回ったコースの各ホールを全て覚えている。
それも何年も(多分十年以上も)前のも全て、だ。
ラウンド数だって年に30ラウンド以上してるのに。
本人はそれが当たり前と思っているようだけど、他にそんなことまで覚えている人間なんて俺は知らない。
(同じような話では、以前元横綱の北の湖が、相撲界に入ってからの全取り組みを覚えている、ってことを聞いたことがある)

一度疑問に思って、「他のこと(ゴルフ以外のこと)も、そんなに良く覚えているの?」と聞いたことがある。
「いや...言われてみれば確かに覚えているけど、別にそんなに気にした事無いなあ」

...これもきっと、素晴らしい「ゴルフ」の才能なんだろう、と思う。
が、彼のハンデはずっとアベレージのまま。

Y氏は、以前そこでラウンドした事のあるコースに行くと、その時のプレーの内容を全部思い出すと言う。
で、以前のラウンドで失敗したホールでは、「今度こそ」とのプレッシャーが...以前上手く行ったホールでは、それで「また」との力みが...。
結局、あまり良い結果にはならないのだと。

なんだか、「なんてもったいない!」と思うよなあ。
編集者としての仕事の面ではその才能は役立っているようだけど(過去の試合の経過や優勝者等のデータは殆どパソコンいらず...もちろん確認作業はしているとの事)、ゴルフの上達の役には立ってないらしい。
使いようではもっと楽にゴルフも上達し、お金も稼げそうな気がするんだけど...
 

まあ、それに比べると俺は「同じコースに何度行っても、いつも初めてのコースみたい!」...だもの(笑)。
思い出すのは同じ失敗をした後で、「ああ、そういえば前もこれで失敗したんだっけ」なんだから、記憶力なんて「無い」に等しい。


...大叩きがなくならないのはその所為だな。

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昨年T県のオープンコンペであったNさん。

じつに幸せそうにゴルフをする。
会話に色々なゴルフの話が出てくる...ゴルフ史の様々なエピソード、プロゴルファーの名前、レッスンの道具、色々なメーカーの新製品、等々...その知識量はもの凄い。
仕事はリタイアしたばっかりで、「これからは時間が一杯かけられるから」もっとゴルフに関することに熱中したいんだという。

昼食時に詳しく話を聞くと、自分の家の庭にゴルフ専用の小屋を建てているんだそうだ。
その中には、集めたゴルフ関係の書物、雑誌、漫画、それにクラシッククラブに名器、珍品、骨董などが山のようにあるんだと。
それだけでなく、クラブを調整する色々な道具だとか、旋盤、グラインダー、溶接機、録音設備の整ったカラオケやスタジオ....
「え? スタジオ? カラオケ?」と、思わず聞き直す。

「いやァ、自分でゴルフの歌を作って歌うんだよ。」
「勿論作詞、作曲もみーんな自分でやってさあ、CD作ったり..。」
「演奏も自分で?」
「それが、ギターしかできないからあ、お金出して演奏してもらったのを録音してさ..」
....(絶句)
「できのいいのは、プロの歌手に歌ってもらって、CDにするんだわ」
「それ、売れてるんですか?」
「いやあ、あんまり。だから知り合いに配ったりしてな、はっはっは」

「パターだってあんまり入らないから、はあ自分で作っちまうんだよ。」
「へっ?」
「水準器つきのとか、レーザー照準器つきのも作ったんだけど,ルール違反だって言われてなあ..」
「やっぱ、ゴルフのルールんなかじゃあんまり変わったのは出来ないやね、わっはっはっは。」

惚れてしまったんだって...もう40年以上。

その間、ずっと変わらずに惚れ続けているのに、ゴルフの女神はずっと冷たいままなんだそうだ。
ハンデはとうとうシングルにはなれなかったって。

「でも、恋っちゅうのは追いかけているときが幸せなんだべ。」
「はあ、つかまえちまったらもう情熱は消えちまうべよ。」

.....惚れちまったんだなあ...ゴルフの女神への片思い。



女神さん、ストーカーとでも思ってるんかいな。
これだけ惚れてるゴルフ馬鹿...いつか抱きしめてやりゃあいいのに。

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もうどんなコースでも、スパイクのゴルフシューズは使用禁止になっている。
コースで出会う人達の履いているシューズは、殆ど全部最近作られたゴルフシューズばかりだ。
完全防水、軽量、スパイクレス、材質は皮や合成皮革その他いろいろ。

昨年のオープンコンペで、珍しく古いフットジョイの革靴を履いているゴルファーに出会った。
年は50代半ば、クラブはドライバーもアイアンもわりと最近のクラブなのに、靴だけは古い(よく言えば貫禄のある)シューズを履いているのが気になった。

昼の食事の時に話す機会があったので、それを尋ねてみると...

その男がゴルフを始めたのは29歳の時、仕事の都合で始めたんだけれど、始めたらやっぱり「ハマった」。
しかし、安月給のサラリーマンで、おまけに結婚したばかり、とてもしょっちゅうゴルフにいけるような身分じゃなかった。
クラブやキャディバッグやボールは、近所のディスカウントショップで揃えた。
靴もビニールを貼り合わせて作ったような、安物の靴を何千円かで買った。

...そうして月に一回行けるどうか、というゴルフを楽しみにして1−2年経った時に、その当時尊敬していたゴルフの上手い上司に言われたそうだ。
「君は上手くなりそうだから言っておくが、やがてはアイアンはベン・ホーガン、靴はフットジョイを履くようなゴルファーになりなさい。」
...その言葉が印象深くて、「その後ずっと頭から離れないんですよ」と言う。

やがて、ベン・ホーガンのアイアンはその頃できはじめた中古ショップで手に入れたり、新品も安くなってきたので買うこともできた。
...だが、フットジョイの革靴は高かった...クラブならローンで10万前後のものも買えたけれど、靴の3万から5万は出せなかった。

悩んでいたときに助けてくれたのが奥さん、楽な生活じゃなかったのに自分のへそくりからお金を出してくれて、その当時5万円くらいした皮のフットジョイを買うことが出来たんだそうだ。
「それから、底皮の張り替えもして、今でも時々履くんです。」
「ええ、女房が買ってくれたみたいなこのフットジョイ、私の大事な宝物です。」
「絶対に捨てたりなんかできませんよ。」
「勿論、スパイクはプラスチックに替えてあります」

...格好いい。

...実は、俺の家の下駄箱の奥深くにも、ビニールの袋に包まれて4足の革靴が置いてある。
フットジョイが3足、エトニックが一足。
「ちゃんとした本革製の高いシューズは、重さもゴルフにあってるし、底皮の張り替えをすれば殆ど一生ものだ、」と言われて増えてしまったものだ。
いろいろなことがあった人生で、何かが上手く行って「自分へのご褒美」と買ったものばかり。

憧れのフットジョイを、それこそ「清水の舞台から飛び降りる」覚悟で買って興奮したあの時代の思いが、履く機会がなくなってもこの靴を簡単に捨てさせない理由だと思う。

今履いているのは、安くて軽くて完全防水のデジソール。
どんな天気でも平気だし、アフターケアも必要ないし、セルフのカートゴルフでは不自由する事は何も無い。




...でも、オレもスパイクを替えて、またあの頃の気持ちでゴルフに向かい合ってみようかな。

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