ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

2017年01月

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かっての高校野球のヒーロー。
地元では、今でも名前が覚えられているという男。

山あり谷ありの人生に、どんな環境の激変があっても野球に関わり続けて来た男。
草野球でもシニアの野球でも、少年野球でも高校野球の先輩としても野球から離れなかった男。
野球を諦めたらゴルフを始めると言っていて、道具まで揃えてやったのに「一歩」を踏み出さなかった男。
それでも、いくつになって始めても上達出来て楽しめるのがゴルフなんだから、と待っていてやったのに...

去年軽い脳梗塞をやった。
その脳梗塞の薬「ワーファリン」(血液を固まりにくくする薬)を飲んでいたために、春先に再びやってしまった脳出血の症状が悪くなってしまったという...言葉が話しにくくなり、半身に麻痺が残った、と言う。
それでも、明瞭ではない話し方ながら携帯で「もう野球は無理やから、諦めてゴルフを始めるわ」「おう、始める決心がついたんなら、俺が手伝ってやるから。」
「まず、リハビリして身体を戻したら、早速始めようぜ。」


...それからしばらくして携帯が通じなくなった。
2ヶ月ほど連絡がつかない状態が続いたので心配していたら、ある日家の電話が鳴った。
「おお...元気か...」
「今、どこにいるんだ? 携帯がつながらないんだけど。」
「ああ、おれ...精神病院にいるんだ,..。」
で、切れた。
心配になり、状況がわかりそうな人に片っ端から電話をかけて、やっと彼のお姉さんに連絡がついてわかったところは...
脳出血の影響か、幻覚が出て病院を勝手に出て行ったり、夜中に徘徊したり、他人の病室に入って行ったりするようになったんだと言う。
その為、危険な患者と言う事で普通の病院では扱い切れず、フロアごと鍵がかかる精神病院に緊急に入院しているという事が判った。
そして携帯の契約も切れているので、10円硬貨の公衆電話から電話してくるためにすぐに電話が切れてしまう...

何度目かの彼からの電話でやっとわかった彼の気持ちは、「フッとすると高校生になった自分がいるんだ」「あるときは中学生だったり」「自分の教室に帰ったつもりが、違う病室だったんだ」。
...このような状況が改善されないと、退院出来ないらしい。
ヤツとしては、今は独りで生活出来ないという事で介護施設に入居したいのだが、徘徊があると受け入れてもらえないんだとか...

遠い九州の外れにいる彼に、なにも出来はしないのだけど...「あの男が、どうして...」と落ち込んでいる自分がいる。
運動能力ではライバルと認めた男(脚は彼の方がぶっちぎりに速かったけれど、肩の力やバッティングと瞬発力ジャンプ力は俺の方が上だった)の今の姿...
彼の私生活がどうだったかは殆ど知らないが、年に一度くらいあって酒飲むだけで、あいつは俺の事を「お前は俺の一番のツレだ」といつも言っていた。


何度かゴルフを一緒にやろうと誘ったけれど、ついに始めないままで今になってしまった。
...フェアウェイを笑いながら一緒に歩くことは、もう絶対に無理になってしまったんだろうなあ...

今は、ただ、ただ、残念だ。

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九州に住む、一番古い親友。
高校時代に地元の高校野球のヒーローとなり、プロからもスカウトを受けた男。
100メートルを11秒台で走り、どんな体育祭でもヒーローだった男。

プロ野球の夢は腎臓を壊した事から断念し、デザイナーとしての道を歩み、俺と知り合った。
しかし野球の夢は決して捨てずに、草野球でもマスターズ野球でもずっと野球を続けて来た。

俺がゴルフを始めてから、何度誘ってもゴルフはやらなかった。
その後山あり谷あり波瀾万丈の人生が過ぎて、故郷の九州に戻った時に「俺もそろそろゴルフを始めるかな」なんて電話があった。
「それで、お前の持っている道具で、使ってない奴くれないか」
すぐに、ピンアイ2プラスの1番からロブウェッジまでの全番手と、ピンのオールドタイプのパター、ファウンダースのメタルウッド1番と3番、それを新しいキャディーバッグに入れて送った。
ヤツの運動能力ならば、2〜3年でシングルクラスになるのも夢ではないと思っていた。
しかし、地元の野球のヒーローとして肩で風切って歩いていたヤツには、格好が悪いゴルフビギナーの時間を我慢する事が出来なかった。
「レギュラーにもならんかった奴が、ゴルフじゃ大きな態度してるねん」
「やっぱ、オレは野球をやるわ」


リハビリをしていると言う電話があってから、しばらくすると電話が通じなくなった。
様子を見に行くのには九州鹿児島はちょっと遠過ぎて、心配ながらも時間が過ぎて行くだけだった。


ずいぶん時間が経ってから、また電話があった。
「すまん、今度は脳出血やて」
「脳梗塞の薬で、出血しやすくなっていたとかなんだ」
「今度はまだ立てん...本気でリハビリやらなあかんわ」

前の時より話すのが大変なのが判る...電話では聞き取れない言葉が多い。
ひと月前に脳出血を起こし、やっと話が出来るようになったんだと。


鹿児島に一人戻ってから...朝から芋焼酎をぐいぐい飲み、煙草をやめない男だった。
波瀾万丈の人生に、飲まなくちゃいられない様な状況もあった。
最初の脳梗塞の回復が良かったんで、また無茶をしていたらしかった。

こんどは時間がかかりそうだけど、ヤツは今度も頑張ってリハビリをして、きっと立ち直ってくれるだろう。
根性はあるから、ゴルフを始められるくらいに回復して来ると信じている。

もうあのピンアイ2は使えないかもしれないが、シニア用のクラブならオレが必ず用意して始めさせてやる。
なあ、お前。
お前と鹿児島のコースのフェアウェイを、悪口言いあいながらラウンドするのをオレはずっと楽しみにしているんだぞ。
 

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電話があった。
「今、電話いいか?」
「おう! これ、携帯からしてるのか?」
「病院で携帯使って良いのか? ...大丈夫なのか? 退院したのか?」

「いや、リハビリで散歩している外からだ」
速く話そうとすると舌がもつれるらしく、とゆっくりと言葉を出している。
「もう、外が歩けるほど良くなっているのか? リハビリは進んでいるのか?」
「ああ、リハビリはちゃんとやっている」
「最初はリハビリのボール投げでな、キャッチャーだったワシがな、ボールに触ることも出来へんかった」
「もう2週間だからな、ボールはちゃんと右手の平でとれるんやが、指で掴むことができんのや」
「歩くのに、足は引きずってるのか?」
「ああ、すこしいうこときかんけど、そんなに引きずらずに歩いとるわ」
「でも...もう、野球はでけへんなあ..」
「バカやろう、その年までやっている奴の方が世界でもめずらしいわ」

「もう諦めてゴルフでも始めるんだな」
「ゴルフ...ボールが動かんのに、難しいわなあ」
「だから面白いんだろが。そんなにすぐに上手くいくモンなら、だれもあんなに一生懸命練習なんかするもんか」
「そうじゃなあ、あと30年も人生残っとるから、ぼちぼち始めるかな..」
「なんだと! お前あと30年も生きるつもりか..」
「...俺なんざ、あと10年も無いかもしれんと思っているのに...お前んちは長寿の家系だからなあ...」
「当たり前よ、少なくても20年はあるンだから、人生これからさ」

「俺はこれ治したら、バイクも止めんし、また日本一周したろ思っとる」
「ゴルフは何時から始める?」
「リハビリで身体がもう少しちゃんと動くようになったら考えるわ」
「...あれは、まっすぐ飛ばねえからなあ...」

ううむ。
やっぱりあの野郎、ゴルフじゃカッコつけられないので、ちょっと逃げ腰だな。
でも、やる気になっても、10年以上前に渡したあのフルセットじゃあ、もう使えないだろうなあ。
ウッドはスチールヘッドだし、シャフトもスチールだし、ピンアイ2プラスも基本Xシャフトだからこの年じゃあちょっとハード過ぎるスペックだし...
奴がやる気になったら、チタンヘッドの易しいドライバーと、ポケットキャビティーにカーボンシャフトのアイアンを探さなくちゃなあいけないか...
オークションで安くていい奴の目星をつけておくか。



これが、ヤツの2セット目のフル・セットってわけだな。

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(何年かおきに書いて来た、古い親友との話を続けた形で発表します)


高校時代に甲子園を目指す高校野球で、俊足・強肩のキャッチャーとしてならして地元の新聞には何時も名前が載った、言わば地元のヒーローだった男であった。甲子園には届かなかったが、プロでも通用する実力と見られていた...地元出身のプロ野球の有名選手からスカウトされたなんて話も聞いた。
が、高校3年の時に身体を壊してプロへの道を諦めた。

しかし野球への情熱は消えることはなく、仕事をやりながらも高校野球の監督になりたい、なんてことが生き甲斐だと熱く語る男だった。
「結婚したら、男の子を9人作って野球のチームを作る!」なんて事を真顔で語るような奴だった。
...そんなこと、嫁さんに拒否されてかなうはずのないことだったけど...おまけに最初の二人の子供は娘だったし。

一時期には事業に成功して華々しい時代もあったが、やがて世の中の流れの変化に乗り損ねて、仕事も家庭も失う事になった。
そんな山あり谷ありの人生が過ぎて、一人地元に帰った彼はそこでまた草野球チームに入り野球を続けていた。
何度か「そろそろゴルフでも始めてみろよ」なんて言ってみたけれど、「野球が出来なくなったらな」なんて返事ばっかりだった。

...それが10年ちょっと前、「今度同窓会のコンペがあるんで、ゴルフ始めたいから、お前の使ってないクラブくれないか?」なんて電話があった。
「やっと始める気になったか」と、その当時手元にあったクラブの中から「易しいけれど上手くなっても使える」クラブを選んで送ることにした。
賞品でもらったキャディーバッグに、ドライバーはファウンダースのメタルヘッド「ザ・ジャッジ」の1・3番ーSシャフト、アイアンは「ピンアイ2プラス」の2−Sまで(青ドット)、パターはピン「アンサー」。
ついでに、ボールやティーやマーカーまで入れたフル・セットだ。
あとはシューズだけ買えばいい。
元々身体もあり、運動能力も高いから、この辺で練習すれば間違いなく短期間に上手くなる...と思っていたのだが...

「クラブ、サンキューな。あれ見た奴が売ってくれってうるさくてなあ。あれそんなにいいモノなんか?」なんて、電話は来たが
「それで、ゴルフはどうだった?」
「ああ、俺が打つと飛ぶんだけどよう曲がるわ」
「動いてない球なのに、上手く打てないモンだわなあ」
「俺、やっぱ野球の方がむいとるわ」

どうやら、何回かはコースに出たようだったけど、そのまま野球の熱は冷めずに、ゴルフには踏み切らなかった。
多分、野球でならして地元で有名だった男にとって、ゴルフの上手くない初心者としての格好悪さは、どうにも我慢できなかったらしい。

同い年の一番古い親友との「そのうちに一緒にゴルフに行こう」という約束は、「野球が出来なくなったら、ゴルフに打ち込むから」なんて言葉で、結局フルセットのクラブを送ってから10年以上そのままになっていた。



...一昨日、彼が脳梗塞で入院した、という連絡があった
 。

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一人参加の人ばかり4人の組だった。
いずれも(多分)天気予報を見てから参加したと言う、早朝のスタートの組だった。

その女(ひと)は、明るく楽しいゴルフをする。
でも、ゴルフに対する姿勢は、真剣そのもののゴルファーだった。

朝、挨拶したときに「ああ、この人はゴルフが好きなんだなあ」と感じさせる笑顔の返事が返ってきた。
年の頃は50代か...でも、生活に疲れた感じとか、老けているという感じを全く感じさせない、清々しさがあった。

ゴルフ自体はちょっとクセがある自己流スイングで、あまり飛ばず、ミスも多いんだけど、決して腐ったりせずに一打一打を真剣に楽しんでいることがこちらにも伝わってくる。
セルフプレーに慣れているようで、することに無駄が無く、自分専用の小さなボール拭きまで用意している。
一緒に回っていて、「女性だから」と言うことで男性プレーヤーに気を遣わせるような事も一切無い。
ただ、ティーグランドが違うだけで、「この人なら誰と一緒でも迷惑かけずに普通にプレーできるだろうな」と思わせる。

数ホール回ったところで、「これ、いかがですか」と彼女が小さなビニール袋をくれた。
見ると小さなビニールの袋に、3−4種類の色々な飴が入っている。
「これ、自分で作ったんですか?」
「ええ、ゴルフに行く前の晩に作るんです」
「一緒に回る方に喜んで貰えれば、って」

「ゴルフには結構早くから接していたけれど、その当時は年に数回のラウンドだった。」「でも、色々な問題があって、続ける事が難しくなった」
「結局20年以上ゴルフをする事が出来なかった」
「それがやっと片付いたのが、2000年頃」
「それから、ゴルフに熱中することになった」
「自分のコースは無いので、ずっと独りで出られるオープンコンペだけでラウンドしている。」
「ほぼ週一で、毎週どこかのコンペに出ています」

そんなことをラウンド中、昼食時、パーティーの時などに聞いた。
「何時も独りでゴルフに行くので、オープンコンペが一番いいんです」
「天気予報見て、晴れそうなときだけ申し込むんです」
「もちろん来週のも決まっています」

想像や憶測で彼女のことを書くことは陳腐な話になってしまうし、立ち入った事柄まで聞くのは失礼だから、知った事実で書けるのはこんなことだけ。
ただ空気のように生きてきた人なんて誰もいない、みんなそれぞれの人生を背負って、自分なりのゴルフを楽しんでいる。
ゴルフ場で知り合うのは、その人の人生のほんの一瞬で、ほんの一部。
その上、自分のゴルフに興奮しスコアだけに夢中になってしまう人が大半で、一日一緒に遊ぶ「初めて会った」人達までには殆ど気が回らないのが普通だろう。

でも、明るく、独りで、飴を入れた小さなビニール袋を用意して、オープンコンペだけに参加し続ける、そんな女性ゴルファーもいることを知って欲しい。
多分...それは、(もちろん勝手な想像だけど)大きな「一期一会」を味わった人の、「人生」が作り上げたゴルフスタイルなんだろう。


...嬉しいことに、たった半年あまりの連載だった、週刊P誌の「オープンコンペ挑戦記」まで覚えてくれていて、「参考にしてました」と言ってくれた。

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もうずいぶん前の話になる。
ヒッコリーシャフトの「オーティークリスマン」という名の変なパターを使っていた。
クラシックの名器とも言われる使い込まれた年代物で、気まぐれで使ってみたら意外に入るのに驚いたパターだった。
そのパターヘッドは非常に柔らかく傷つきやすいので、丁度大きさがピッタリだった、下の娘が1歳くらいの時に履いていた赤い小さな靴下をヘッドカバー代わりにしていた。
見た目が何ともかわいらしく、おまけになんだかそれを見ていると気持ちが落ち着いて、長いパットが結構入ったものだった。

その頃に出た試合で、一緒になった同じ年くらいの男がその靴下に目を留めて、「お嬢さんの靴下ですか?」と聞いてきた。
「ええ、小さい頃の靴下が大きさがピッタリだったもので」
「可愛い盛りの時のものですね」
「お子さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ、男の子と女の子ですが...」
「うちは娘二人です」

そんな会話をしながらのラウンドになった。
面白い物で、競技に出るようになるほどゴルフに熱中しているゴルファーは、何かしら「ラッキーアイテム」だとか「幸運の00」なんて代物や、「御守り」の類をキャディーバッグや身につけている人が多い。
どんなに良いショットをしても、運悪く酷いライに行ってしまったり、とんでもないミスショットが運良く助かったり、なんて「ゴルフにつきものの運・不運」を色々と経験してくると、何となく「人の力を越えたもの」に頼りたくなる気持ちはよく判る。

プロでさえ(プロだからか?)、変な首輪をしたり、腕輪をしたりしているのをよく見かける。

自分にとってもこの娘の小さな赤い靴下は、緊張した場面でパットを打つときに心沈める効果が確かにあった。
そして、話しかけてきた男は、それがマーカーだった。
ちょっと大きめな厚みのあるコイン状の物は、中に写真が貼れるペンダントみたいな物だった。
ふたを開けて見せてくれたその中には、3才くらいの男の子の笑顔の写真が貼ってあった。
「これを使うと、なんだかどんなラインでも入るような気がするし、外れても良いパットが出来るんですよ」
確かに男はショットは「普通」と言うレベルだったけど、パットが安定して上手い男で、3パットをしそうな雰囲気は全くなかった。

この試合では、私はOBがたたって予選落ち。
男は、しぶとく粘って予選を通った。



「娘さん、もう大きいんですか?」
「ええ、もう高校生と大学生です」
「おたくは?」
「子供二人はもう大学生です」
「女の子の小さいときの写真は使ってあげないんですか?」


「いえ、二人の写真は使ってないんです。」
「...この子はずっと3才のままなので...」


 

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まさか、キャディーをするようなことになるとは思わなかった。
夫は野心的に事業を拡大しているのは知っていたけど、自分は都心のマンションで息子と二人、他人から見れば贅沢な暮らしをしていることに満足していた。
少しは華やかな世界にいたこともあったけど、今まではそんな環境に満足していた。

それが、夫が事業をゴルフ場経営にまで広げたいというので、都心から遠い田舎でキャディーの仕事をするようになってしまった。
夫は、ゴルフ場の現場の様々なことを、キャディーを体験しながら覚えて欲しい、と言う。
ゴルフ場にする土地は確保してあり、完成したらそこの支配人をやって欲しいから、と。

キャディーの仕事は、はじめは運動不足の身体には堪えたけれど、慣れれば結構面白いものだった。
やったことのなかったゴルフも、キャディーの福利厚生の一環とやらで始めて見ると、これも面白いと嵌ってしまったし。
ただ、キャディーとしてついたゴルファーに、口説かれるのだけは面倒だった。
「こんなところにいるような人じゃないよね?」とか「何故こんなところに貴女みたいな人がいるの?」とか「ここじゃなくて、他でお会いしません?」とか...
プロの試合があった時にも、なんだか有名な選手らしい人に試合中ずっと口説かれていて、しつこいったらなかった。
自分のゴルフに集中していてくれればいいのに。

でも、結局ゴルフ場は出来なかった。
バブルがはじけて、本業の方が大変なことになってしまい、ゴルフ場用に買収が終わっていた土地も手放して、私もキャディーを続ける必要が無くなって、都内に戻ることになった。
...結構キャディーの仕事にも慣れて来ると、この辺の暮らしも良いなあ、なんて思うようになっていたのに。
夫とは別に会わなくてもいいし、大学生になった息子もあまり手がかかるようなことはない...むしろ私を避けているみたいだし。

そりゃあ都内の暮らしの方が、慣れているし楽なんだけど。
ゴルフがようやく面白くなってきたところだし、仲の良くなったコースのメンバーも何人か出来たし...都心に帰る事があんなに寂しい気持ちになるとは、来た時には想像もできなかったな。
...上手くはないけど、ゴルフをプレーしている時が一番充実した時間に感じられていたっけ...
結構強気な気性がゴルフに向いていると言われたし、見かけのわりにボールは結構飛ぶ。
ただ、覚えたときからのクセの、フライングエルボーだけが治らない。
レッスンプロに腕を縛られて打たされたりしたこともあったけど、腕が自由になると肘が暴れてしまう。
そのためか、飛ぶんだけれどよく曲がる。


都会に戻って、ゴルフをする回数はずいぶん減ったけど、ずっと続けてはいる。
あれから少しは上手くなったけど、私のフライングエルボーはまだ直っていない。

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T県のPカントリークラブのオープンコンペで会ったKさんは、スタートの時に既に赤い顔をしていた。
一人鼻歌を歌い、これからスタートするのが楽しくてしょうがない、といった様子。
飛距離は出ない代わりに、曲がらないボールでスタート3ホールを、ボギー、パー、ボギーと手堅くまとめてきた。
ところが、4番ホールでドライバーが曲がる、セカンドがダフる、ダフる、ダフる..??
上がってダブルパー。
5番、同じくトリ...出だしの3ホールとは別人のようなゴルフになり、「どうしたんですか?」なんて聞いてみると「いやあ、はっはっは....あの、キャディーさん、売店てどこかなあ?」
「売店は6番のグリーンの先です」
「そうか!良かった」

6番ホールのグリーンが終わると、駆け足で売店に飛び込んだKさんは、ニコニコしながらワンカップ酒片手に出てきた。
そして、次の7番ホールに向かって楽しそうに乾杯した。
...この7番ホール、パー。

当然昼食の時にも、ビールではなく燗酒。
鼻の頭を赤くして、旨そうに酒を飲んでいる。

「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「いや、私仕事でストレスが溜まってまして」
「ゴルフしながら酒を飲むのが、一番の楽しみなんですよ」
「皆さんの足引っ張っちゃってるみたいで、済みませんね」

なんでも、Kさんはある業界紙の記者で、土日が一番忙しいんだそうだ。
それにストレスが強烈にかかるために、休みの平日の日にはこうしてオープンコンペに一人で参加して「ゴルフをしながら酒を飲むのが楽しみで..」
「あれ? 酒を飲みながらゴルフをするのが楽しみで??」
「あれ?どっちだったっけ?」
「わかんなくなっちゃいました。ははは...」

午後も赤い顔していた3ホールは1オーバー。
でも、酒が切れてきた途端に、トリ、ダボ、ダブルパー、12!
プレーは速く、ボールの所についたらすぐに打ってしまうから、迷惑にはならない。
酒の匂いや酔っぱらいが嫌いな人には、「困った人」なのかも知れないが...ともかく陽気なゴルフ。
それにこの人、6インチプレースしないし、ルールはしっかり判っているし、同伴競技者にも一応気を遣っている。

スコアは沢山叩いたときには明らかに多めに言ってるみたいだし(笑)、スコアではなく「その日にそのゴルフ場でプレーするのが楽しい...それに酒があるからもっと楽しい」なんだって。
確かに一見不真面目でいい加減なプレーに見えるし、「紳士たれ」とかいうマナーにうるさい人には眉をひそめるような所もあるかも知れないけど、俺は「あり」だと思う、こんなゴルフ。 
少なくとも、スコアに拘り過ぎて周りに余計な緊張感を強いたり、完璧を目指して上手く行かないとすぐにキレたりするゴルフの上手い人達より、たとえ大叩きしても陽気で力の抜けたこんな人と回る方が、ゴルフは楽しい。

Kさんは、表彰式のパーティーの時にも自腹で酒を頼んで、楽しそうに飲んでいた(パーティー代込みでも、出る飲み物はソフトドリンクのみなので)。


..もちろん、Kさんは宅急便利用の電車利用、だそうです。

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家族にも親戚にも、ゴルフをやっている人はいなかった。

東京に出てきて仕事に就いてから、ゴルフに興味を持った。
学生時代はテニスを少しやってたくらいだったが、運動が苦手ではなかった。
机に向かってパソコンをずっと打ち続けるのが仕事だから、余計にテレビで見る広い野原で思い切りボールを打つ姿に憧れたのかも知れない。

住んでいるアパート近くの練習場の、ゴルフ教室に通い始めたのが3年前。
ラウンドはその教室の主催する二ヶ月に一度のコンペが中心だ。
速く上手くなりたいけれど、忙しくて一週間に一回練習場に行くだけで精一杯だから、ゴルフの週刊誌や月刊誌は欠かさず買って独学で勉強している。
特にレッスンページは項目別にスクラップしていて、どんなときにどうするかはレッスンしているプロの名前と一緒に何ページ目にあったかも覚えているくらいだ。

始めて一年ちょっと経った頃には、会社の上司や仲間に誘われて何回かコースに行ったけど、ゴルフそのものよりその後の付き合いが面倒で、あまり楽しめなかった。
そこで一年くらい前からゴルフ週刊誌の情報を見て、練習場のコンペの無い月にオープンコンペに出るようになった。

オープンコンペは土日出勤の代休の平日に、一人で参加する。
女だからっていう面倒な付き合いの心配が無いし、一人参加はゴルフ好きの人ばかりと一緒になって気楽だし、「試合」のスリルも緊張感もあってすっかり気に入ってしまった。
特に、この日のオープンコンペは賞品が「肉」と言うことで、結構気合いが入っていた。
...この前のコンペではせっかく入賞したのに、もらったのはなんと「目土袋」だったし。

午前中は、まあまあ自分なりに上手くやって行けた。
...でも、午後の12番ホールでトラブルになった。
あごの深いガードバンカーに入ったボールが...出ない。
2回までは冷静だったけど、3回、4回と出なかったときには、頭の中が真っ白になって、涙が出てきた。
グリーンの上では先に乗せたオヤジが2人、心配そうな顔で待っている。
後ろでは変な帽子を被ったオヤジが先にバンカーから出して、レーキを持って待っている。
5回目も出なかったときに、後ろにいた変な帽子を被ったオヤジが、そっぽを向いて独り言のように呟いた...「ハンドファーストに構えちゃダメなんだよなあ...」
「あ!」思い出した。
「一ヶ月くらい前の、週刊GのレッスンでTプロが書いていた!」
思い出した通りに、手よりヘッドを前にするくらいに構えて、コックを効かせて...「出たっ!」。

「あ、あとはやっとくから」と言ってレーキを持ってすれ違ったオヤジに、小さな声で「ありがとうございます」って言ったら、ニヤッと笑って知らん顔してた。
大叩きしたけど、また一つ覚えた。

ゴルフは面白い。
腕が上がっていくのが判るのが、たまらなく嬉しい。
この日の賞品は、飛び賞の「ハムの詰め合わせ」だった。

教えてくれたオヤジは優勝した。
もちろんそれだけの話で、後はなんにもない。

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その老紳士には、オープンコンペで2度会った。

茨城県のLというゴルフ倶楽部と、Oというゴルフ倶楽部のコンペ。
多分70近い年齢ながらかなりゴルフをやっているという感じで、あまり飛距離は出ないけど上級者用のクラブを使っていた。
特にドライバーは2度とも最新の評判の高いもので、実物見るのは始めてという同伴競技者もいて、クラブ談義に花が咲く。

痩せていて、スイングもクセのないものだったけど、球筋はストレートからややフェード、飛距離は200ヤード前後というところ。
スコアもパーやボギー、悪くてもダボはハーフに一つくらいでスコアは良かった。
不思議なのは初めて一緒にプレーしたときもそうだったけど、ドライバーは殆どフェアウェイをキープして、前半を40そこそこで上がってくるのに、後半になると急にドライバーが暴れ出すこと。
特にド引っ掛けやチーピン、プッシュアウトが多くなる。

本人は首をひねりながら、前半に比べれば力が入りすぎているように見えるスイングを続ける。
そのうちに、あれほど正確に当たっていたドライバーでダフったりトップしたりしてくる...当然スコアは前半よりずっと悪くなるけど、本人はそんなこと気にしていないようだ。

それが2度ともなるとさすがに不思議で、ラウンド後のパーティーの時に聞いてみる。
「いやあ、打てないんですよ」
「50代の時に大きな病気をする前は、凄く気持ちの良いドローボールが打ててたんです。」
「それが60過ぎて再開したら、全然前のようなドローボールが打てなくなっちゃいまして」
「どうやっても、ストレートからややフェードのボールしか打てないんです」
「それでスコアがまとまっても、昔のようなボールが打てないとちっとも楽しくないんですよ...」

それで、そんなに多くない稼ぎを遣り繰りして、「これを使えばドローが出る!」とか「このドライバーならドローが打てる!」なんていうドライバーを片っ端から使ってみているんだと言う。

「...でも、何を使っても以前のようなドローボールは打てないんですよ..」
「もちろん、スイングの問題かと思って、前傾を変えないようにとか、インから入れるとか、クローズドに構えるとか、色々やってみたんですが...酷いチーピンのボールとか、引っかけのフックは出るんですが、前のようなイメージのドローボールは1球も打てません」
この日の午後のハーフも、思いつく限りを試してみたけど、結局ダメたったんだそうだ。

今でもラウンド前やラウンド後に、「緑の中を一度右に出て行ってから、グッと勢いを増してフェアウェイの真ん中に帰ってくる白いボール」の夢をよく見るんだとか。

「あのボールが打てないと、私じゃないんです。」
「どうしても、もう一度あのボールを打ちたいんですよ。」


「どこへ行っちゃったんでしょうねえ...私のドローボール...」

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