ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

2017年02月

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その茨城県のゴルフ場のオープンコンペでは、40代の夫婦と30代の若い男の4人で一組となった。

その夫婦は、なかなか魅力的な奥さんが100前後、スポーツをやっていそうな身体の旦那さんが90を切るくらいの腕前だった。
もう一人同伴の若い男は、30になったばかりで独身、ゴルフを初めて3年目ということでゴルフ熱中時代...80台の前半で回りたいと言っていた。

スタートして順調にホールをこなしていくと、それぞれのゴルフが見えて来る。
若い男は、飛ばすが力が入ると左へのミスが多くなる。
夫婦のうち夫の方は、回数はかなりやっているらしく回り慣れている印象だけど、身体の割に飛ばない...スライスのミスが多い。
妻の方は、ゴルフスクールにでも通っているようで、いいスイングなんだけど傾斜や景色でミスが多くなる。
そんな妻のゴルフを夫の方は常に気にしていて、前の組との空き具合や後ろの組が来ているか、同伴の我々二人に迷惑をかけていないか、に注意を払ってともかくプレーを急がせる(特に遅い訳じゃないんだが)。

事件は7番ホールで起こった。
妻の方が左へのミスが重なって、残り100ヤードくらいがまるまる池越えになってしまった。
この奥さんはこうした「池越え」という状況が苦手らしく、打つ前から「どうしよう」「池なんか越えそうにないわ」と不安そうな声を漏らす。
その苦手意識が彼女のスイングを萎縮させて、無理矢理すくいあげようとしてダフりトップのミスの連続となる。
一球目を池にいれ、ポケットからボールを取り出してドロップ、それもダフってまた池に...
夫が後ろを気にして「おい! 遅れてるぞ!」
妻は慌てて、もう一球ポケットから取り出してドロップ。
それも池に入れてしまった。

「すみません!ボールがないんでとってきます」と妻がクラブを置いてカートの方に駆け出す。
「おい! みんなを待たせて何やってんだ! ボールは予備を持ってろっていつも言っているだろ!」
「ボール持ってたんだけど,みんななくなっちゃったの!」
「お前みたいな遅いプレーがみんなに迷惑をかけるんだ!」
「あたしだって一生懸命は速くやろうとしてるわよ!」

...夫婦喧嘩が始まってしまった。
夫は我々や後ろの組を気にして謝りながら、妻を怒る。
妻は涙を流しながら、自分だって速くプレーしようと思っているんだ、と言い返す。
勿論口だけの喧嘩だけれど、本気の夫婦喧嘩は迫力も半端じゃない...


「あの、夫婦って大変なんですねえ...」
「僕も結婚するの考えちゃいます...二人すごく仲のいい夫婦に見えたのに..」
若い男が本気で怯えた声で話しかける。
「ああ、でも大丈夫だよ。 夫婦でゴルフってのもいいもんですよ」
「でも、あの二人あんなに派手な喧嘩しちゃって..なんだか怖いです...」

その後はカートに乗っても冷たい空気が漂ったまま、ハーフ終了。
4人の会話がなくなってしまった。

...昼はバイキング形式だった。
俺とその若者はさっさと、焼きそばやカレーにソーセージやら卵焼きやらを持ってきて、食べ始めた。
遅れてそれぞれに皿を両手に持って夫婦がテーブルにやってきた。
同じテーブルに並んで座り、皿を置く。
少しして、目の前に置いた皿を夫がそっと妻の方に押した。
「...これ、お前の好きなサラダとフルーツ..」
妻が目を合わせないまま、皿の一つを夫の方に押した。
「...これ、あなたのハムとソーセージ...」
「...」



若い男が下を向いたまま、となりの席の俺に呟いた。
「...なんだぁ...」

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その男は、スコアカードを2枚用意していた。
ラウンド中にみんなのスコアを聞いて普通に書いた後に、もう一枚に綺麗に書き写していた。
「コンペの提出用のカードは、ラウンド終了後に改めて貰えますよ」
「あ、いいんです。 これは私の記録用なので。」

ちょっと覗いてみると、本当に几帳面に綺麗な字で4人のスコアが書いてあった。

歳は50前後か...90ちょっとくらいで回る腕で、特に高い道具を使っているわけでもなく、特にゴルフスタイルにこだわっているわけでもないようだった。
ただ、本当にゴルフは楽しそうにプレーしていて、大叩きしても特に落ち込む風でもなく、他の人に気を遣い、他の人があちこちに打ち込んだボールを一緒になって熱心に探してくれる。

「私はゴルフを始めたのは30才からなんですけど、スコアカードは全部取ってあるんですよ。」
「スクラップブックに、全部で500枚くらいかなあ,,,整理してあります。」
「ええ、それを見るとどんなラウンドだったか、みんな思い出せるんですよ。」

「ええ? そんなラウンド全部覚えて入るんですか?」
「他じゃァ、そんなに記憶が良い訳じゃないんですけど、何故かゴルフに関することはスコアカードを見ると思い出すんですよ。」

不思議なことだと思うけど、ゴルフに熱中している人の中には、信じられない記憶力を持つ人が少なからずいる。
一度回ったコースを、何番ホールがどうだったか全部覚えてしまう人や、自分のショットを場所から何打目だったかまで全部覚えている人、そのコースのレストランの食事の旨さ不味さまで覚えている人、コースまでの道順を(抜け道まで)全て覚えている人...
ひょっとすると、ゴルフってこんな能力を引き出すような「何か」があるのかも知れない、なんて事さえ思う。

ラウンド中は彼の人の良さをみんなが感じるような雰囲気で、スコアはともかく楽しいゴルフの一日となった。

...ラウンドが終わって、パーティーの時の話。
「私は、スコアカードを見ると全部思い出せるんですけど、スコアカードを見なくてはダメなんですよ。」
「?? どういうことですか?」
「子供のこととか、女房のこととか、家族でやったこととか...」
「それだけではあまり覚えていない...というか、曖昧なんですよ、記憶が」
「だけど、何月何日のラウンドの次の日、だとかOXでラウンドした二日前に、というとすぐに思い出せるんです。」
「ゴルフを基準にしないと、家族のこともちゃんと覚えていない..ってことですよね。」

確かに、その時「食べたもの」を基準に、「あー、あれを食べた日にあれがあったんだ。」「あのことがあったのはXXを食べた次の日だった」なんて風に記憶をしている人もいるんだから、記憶がスコアカードを中心に残っていても不思議じゃあない、とは思う。

「ちょっとそんなことで色々ありまして、今は一人なんです。」
「あ、別居してるだけですが...」
「...自分でも、なんでスコアカード中心の記憶になってしまうんだか、よく分からないんです。」
「ゴルフをしているときが一番楽しいからでしょうかねえ...」


誰に聞かせると言う訳でもなく、彼はため息と共に呟いた。
「ゴルフって、何なんでしょうねえ...」


家に帰ったら彼はまた一枚、今日のプレーの記憶と共に一枚のスコアカードをスクラップブックに足していくんだろう。
家族がその時一緒にいなかった記憶も、同じスコアカードに重ねて乗せて 。

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「あ,違う!」
思わず声に出てしまった。

「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです。」

来月早々にあるサークルのコンペの前に「月に一度くらいラウンドしなくては」と来た9ホールのコースでのこと。
友達と二人で手引きカートでスタートした。
ティ−ショットはまあまあで、セカンド地点でアイアンを持った時、今までと違うグリップの感触に驚いて出た声だった。

夫に買ってもらったこのアイアンも,もう2年以上使っている。
以前は夫と二人で週に一回くらいのペースでラウンドしていた。
その頃は夫の収入も良く、はやりのアイアンに買い替えたりも頻繁にしていて、このアイアンも結構評判が良かった製品を買ってもらったものだ。

でも、一年半ほど前に夫の会社が倒産して、生活が変わった。
50歳近い夫には、再就職の口がなかなか見つからない。
失業保険が切れた後は、やむを得ずタクシーの乗務員募集に応募して、今はまだ慣れない仕事に頑張っている。
生活も不規則になり、収入は以前の半分以下となった。
あたしも近所のストアでパートを続けている。

サラリーマンだった頃の夫は,ゴルフに熱中していた。
凝り性だったために、何セットもクラブを買い込み、物置にクラブを調整する器具や測定器などまで据え付けて、夜中までクラブを楽しそうにいじくり回していた。
しかし、会社が倒産してからなかなか仕事が見つからないために、そうした高価だった器具類や殆どのクラブはオークションで打ってしまったらしい。
ゴルフも「もう少し稼ぎが良くなるまでは」と、もう一年以上行っていない。

当然あたしも入っていたゴルフのサークルを辞めようとしたけれど、夫が「楽しみに月に一度くらいのゴルフをやらなくては...あんまり可哀相だから」と、続けさせてくれた。
(まあ、その金はあたしのパートの収入から出しているんだけれど。)

そういえば、一週間くらい前にあたしがアイアンを手に取っていたときに、夫が「なんだ、グリップが光っているじゃないか」なんて言っていたっけ...
2年くらい変えていないあたしのアイアンのグリップは、ゴルフ教室の練習で週に一回と、月に一回のラウンドで使っているだけだけど、よく使うウェッジやショートアイアンがカチカチのつるつるにはなっていた。
でも、グリップを買うんだって高いものだし、よく拭いて使えばそう滑る事もないのであまり気にしていなかった。
それが今日、握ってみるとアイアンは全部、明らかに新しいグリップに替わっていた。

ラウンドしながらグリップの話をすると、友達は「そのグリップ、今流行のやつで結構高いわよ。」
何でも、滑りにくいのと衝撃吸収の効果もあるらしい。

そんなグリップに8本全部交換するのには、結構お金がかかったろうに(自分の小遣いも無いような稼ぎなのに)。
...自分のゴルフには行かないで、夜中にあたしのアイアンのグリップを交換してくれている夫の姿を想像して、ちょっと涙が出た。

新しいグリップは、実に手に優しい感触だった。

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こんな事、実際に出会わなければ他人に聞いた事だったら、自分じゃ絶対に信用しない笑い話。

T県のKカントリークラブでのオープンコンペで一緒になったのは、30代で元気いっぱい、身体中から「ゴルフが大好き」という雰囲気を発しているSさん。

Sさんは、ゴルフを始めて3年目とかいうことで、「今は何を置いてもゴルフに熱中してます」「有給が取れれば、こうやって一人ででもコンペにも参加してるんです」。
仲間内で一番飛ばす、とかで「飛ばしじゃあ、普通の人には負けませんよ」「飛ばしっこしましょうか」と、何とも明るく屈託がない。
そしてスタート前に顔を赤くして語っていたが「奥さんに頼み込んで、ボーナスを使わせてもらって作ったんです!」というピカピカ新品のドライバー。
週刊誌や何かで良く紹介されている「カスタムフィッティングをしてもらいました!」、「自分専用の自分に一番あっているドライバーなんですよ!」と、嬉しそうに撫でたりさすったり...何とも微笑ましい。

ラウンドをスタートすると、結構体も大きなSさんは確かに良く飛ばす。
しかし、今日が筆おろしだというドライバーは、時折信じられないくらいとんでもない方向に曲がる。
「本当に合ってるの? それ。」なんて感じる程。
それでもSさんは、「まだドライバーになれてないからですよ」とドライバーを疑うことは全くない。
フェアウェイを捉えるのは3回に一回くらいで、右に左にと忙しく駆け回るSさんだが、めげずに陽気なゴルフを続ける。

午前中のハーフが終わって食事をしているときには、Sさんは「自分のスイングのヘッドスピードを測って、スイングのタイプをビデオで分析し、色々なヘッドとシャフトを組み合わせて、凄く時間をかけて自分のスイングにピッタリ合うドライバーを作ってもらった」事を熱く熱く語り続けた。
「だから、曲がったり結果が出ないのは自分が悪いんです」と。
作ってもらった費用も普通の新品のドライバーよりずっと高かったけれど、奥さんも「あなたがそれだけ熱中しているんだから」と許してくれたんだそうだ。

...午後のハーフが始まり、Sさんは相変わらずボールが散らかる...「スイングはそんなに悪くないのになあ」、なんて見ていた俺は「あれ?」と気がついた。
なんだか切り返しの時にシャフト、というよりグリップが曲がっている気がする。
「ねえ、ちょっとドライバー見せてくれる?」「あ、いいですよ」

「なんだ! これ!!」

「え? なにかおかしいですか?」

「あのねえ、これ、グリップが半分しか入ってないよ」
「気がつかなかった?」
「ええ、わかってますよ。」
「でも、僕専用に全部作ってもらったんだから、それも僕に合わせてるんですよ」
「そんなこと絶対にない! これは向こうのミスなんだから、こんなグリップで使っちゃダメだよ」

...信じない。
それが自分専用だと思っている。
「俺の言うこと信じないんなら、他の人にも聞いてみればいいよ」
...丁度詰まっていたホールで、前の組の60年配のスイングの綺麗な上級のベテランゴルファーに見える男に声をかける。
「ちょっとすみません、このドライバーグリップして貰えますか?」
「あ、はい、いいですよ....え?」
「なんじゃ! これは!」
「おかしいですか? 僕用に作ってもらったドライバーなんですが...」
「こんな仕事するなんてふざけてる! どこの店なんだ! すぐに怒鳴り込みなさい!」
...本気になって怒り出した...そこでやっとSさんも、そのグリップが普通じゃないことを信じた。
そのグリップは丁度半分くらいしか入っていなくて、左手はグニャグニャの部分を掴むしかなく、かろうじて右手がシャフトの部分を掴める感じだったけど、Sさんは「自分は腕の力が強いので、わざとそうやってあるものだ」と信じていたんだそうだ。

...後日彼から連絡があり、そのコースの帰りにショップに行って訳を話すと、店長以下全員が平謝りで着け直してくれた、という。
...もし、俺が言わなかったら、彼はあれが「自分用のカスタムフィッティング」と信じて、ずっとあの状態で使い続けたんだろうか。

ダメだよ、このクラブをフィッティングしたゴルフショップの人達。
善良な熱中ゴルファー達は、あなた方を信じてなけなしの大金を払っているんだから。
彼等を失望させる様な仕事をしてたら、あなた方に未来は無くなるよ。 

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その男の父親は、一般の人ではまだプレーする人の少なかった1960年代から、ゴルフに夢中になっていたんだという。
仕事が順調で結構裕福であったらしく、名門とはいかないまでも、それなりのコースに入会して週一はゴルフをやっていたんだという。
ただ、息子であるその男は、いわゆる全共闘世代で、当然その頃の(俺も同じイメージを持っていた)ブルジョア階級のチャラチャラと女を侍らして、ポコンポコンと棒きれでボールを転がしつつ歯の浮くようなお世辞を言い合う、そんな風にしか見えなかった「ゴルフと言う遊び」が大嫌いだったそうだ。

熱心な割には、それほど上手くはなかったというその父親は、それでもその頃の一流の道具や服装には敏感で、結構な金をゴルフにつぎ込んでいたらしい。

...時が流れて、その父親が亡くなってから、彼自身がふとしたきっかけからゴルフをプレーすることになった。
そして、ゴルフによくある話のように、「始めてみたら、こんなに面白い物はなかった」という出会いとなり、親父に比べて多くない稼ぎの半分以上をゴルフにつぎ込む「熱いゴルファー」の誕生となった。
当然、最新の「飛ぶ」とか「正確な」とか言う売り文句の道具についても、金を工面しながら熱心に買い換えるようになり、やっと亡くなった父親の気持ちが分かるようになったという。

彼自身安いコースのメンバーとなり、競技もするようになって、やっと「ああ、父親とこんな話をしたかったなあ」と思うようになった。
そしてあまり帰ることのなかった故郷に、そんなことを父の墓の前で話したくて帰った時の出来事。

母親に、「父親の使っていたゴルフの道具がまだ物置にそのまましまってある」と聞いて物置の中を調べた。
そこには使い込んだ皮製のキャディーバッグがあり、中にはマグレガーのパーシモンウッドとスポルディングの赤トップのセットがあり、赤トップはうっすらと銅下メッキが透けて見えるほど使い込んであった。
ゴルフの知識を持つようになった今では、それがどんな名器だったかが判ることもあり、改めてオヤジの熱中ぶりが実感として感じられた。
そしてその時、そのキャディーバッグの奥にもう一つキャディーバッグがあるのを見つけた。
使われた事の無い様な奇麗な状態で、引っ張り出して中を見ると、そこには全く使っていない新品の状態のフルセットのクラブが入っていた。
ウッドはやはりマグレガーのパーシモンの1番3番4番、そしてアイアンは...黒トップの2番からサンドまで...パターはピン。

「なんで使ってない物が?」と不思議に思って、キャディーバッグのポケットを調べてみると、上側の小さなポケットから小さな紙切れが出てきた。
「ドライバーは初心者でも使えるロフトの大きな物、アイアンは低重心でRシャフト、パターは易しいピン...OO(彼の名前)用」
母親に聞いてみると、父親が「あいつはきっとゴルフを始めることになるから、いいモノを今のうちに揃えておいて、あいつが始めたらプレゼントするんだ。」と言っていたとか。
「俺が手ほどきして、親子でラウンドするなんてのがこれからの楽しみだよ」
母の前ではそれが口癖だったらしい...俺に言った事なんか無かったのに。

黒トップは、確かに彼の父親の赤トップよりは低重心に見えるデザインだが、ネックが長いために見かけほど低重心じゃないし、スチールのRシャフトだって今のシャフトに比べれば重いし硬いし、ましてパーシモンウッドにスチールシャフトなんて今じゃ過去の遺物で使えやしない。

...でも...



オヤジが生きているうちに始めていれば良かった。


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朝晩、老犬と散歩する。
もう何時死んでもおかしくない歳になった老犬だから、歩くのもゆっくりだし、長い距離も歩けない。
でも、朝晩の散歩に家を出るときは、嬉しそうに尻尾を勢いよく振る。
散歩に尻尾を振って喜んでいる間は、ずっと付き合って上げようと決めている。

夫とは、子育てが一段落したときに離婚を話し合った事があったけど、そのために費やすエネルギーや子供関係なんかの細かい事柄が面倒になってしまって、そのままずっと来ている。
恋愛結婚だったけど、夫が今誰と会ってるかなんかは知る気にもならない。
最低限の生活費は入れてくれるけど、それだけでは生活に余裕がない。
それで、子供の手が離れたときから介護士の仕事を始めて、へそくりを貯めてきた。
そのへそくりで5年ほど前からゴルフを始めて、今はそれが生活の中で一番楽しい時間になっている。
一昨年は40ラウンド、昨年は36ラウンドもした。
もっとも殆どは、近いところにある手引きカートの9ホールのコースだけれど。
介護士の仕事のへそくりは70万以上あったから、遣り繰りして仕事も休まなければ月に一ー二回は高いコースに行っても十分だった。

...でも、昨年の秋、犬が病気になった。
年が年だけに、病院に連れて行くと「難しい手術をするか安楽死をさせるか」という選択を迫られた。
...手術には多額のお金がかかる。
子供の頃から犬を飼っていて、犬と暮らすことが自然な自分と違って、夫は犬嫌いではないが好きでもないというスタンスだった。
当然、犬の手術に必要なお金は出してはくれず、自分のへそくりをはたいて手術することにした。
自分にとっては、この老犬は「家族の一員」という感覚なんだから、「安楽死」なんて考えもしなかった。

...手術は成功したけれど、手術代は47万円ちょっと。
それだけじゃなくて、通院や治療代が10万以上かかって、へそくりはほとんど無くなった。

ゴルフは去年の秋から、行っていない。
今年、まだ一度もゴルフに行けない。
毎日クラブには触っているんだけれど、何時また犬の治療でお金がかかるか判らないので、へそくりをゴルフに使えない。
...近所のゴルフに行っていたときの知り合いと、ちょっとお茶を飲みながらゴルフの話をするのがささやかな楽しみ。

ゴルフに行っていたときの仲間のサークルには「休会届け」を出している...みんなは、また参加することが出来る日を待っていてくれている。
夕方の散歩で、夕日の良く見える川の土手に来ると、何時も思い切りドライバーを振り回したときの感覚が蘇ってくる。
大丈夫、仕事でお金を貯めて、犬も元気になって、青空の下でボールを思い切り打つことが出来る日がきっと来る。

そう思って犬を見たら、笑って尻尾を振っているように見えた。


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Tさんは、ゴルフが好きだ。
30年くらい前にゴルフに出会ってから、その飛んで行くボールの浮遊感に感動してから、ずっと熱は冷めていない。
身体はそんなに大きくないが、若い頃運動をやっていた関係で、自分より大きな男に飛距離で勝つのが無上の快感となってしまったからだ。

だからゴルフの「飛ばし」に関する情報には、いつも注目している。
ゴルフ雑誌を毎週買って、新しい「飛ぶドライバー」の情報を見逃さないように気をつけている。

思えば最初はスチールシャフトのパーシモンのドライバーだった。
それが、友人の薦めで200年物のパーシモンを使っているという、「高級」なドライバーに替えたら、飛距離が伸びた。
これに味を占めて、少し経ってから貯めた金でクラシックの名器「トミーアーマー945」を買った。
凄く高かったけれど、やっぱりクラシックの名器、弾道も飛距離も期待通りだった。
...そのうちに、メタルヘッドのドライバーが発売されて、「飛ぶ」というのでプロが使い始めた。
半信半疑で手に入れてみて、使ってみたら...本当にパーシモンより飛んだ!
そこでパーシモンからメタルヘッドに替えて飛ばしているうちに、値段は高いがチタンヘッドの方が飛ぶと言う噂が聞こえてきた。
...そこで、巷で評判になっていた230チタンを手に入れて使ってみると...これは飛ぶ!
これこそ最高、と思っていたら、今度はヘッド体積300ccのミズノ300Sと言うのがプロが使って飛ぶ、と評判になった。
...それで300Sを手に入れてみると、本当に飛ぶ!
「これこそ最高!」と気に入って使っていると、間もなく「高反発フェース」とかが評判になり、フェースも大きくなってきた。
... 半信半疑でそれを使ってみると、やっぱり飛ぶ!
...ところが、間もなく高反発フェースとやらがルール違反だというので、使えなくなった。
でも、今度は「高反発より飛ぶ」と言われるドライバーの広告が沢山出て来たので、試しにそっちにしてみると...やっぱり飛ぶ!
...そうしたら、週刊誌なんかのギア情報では「リシャフト」するともっと飛ぶ、というのでやってみた。
...シャフトだけでも結構高かったけれど、確かに元のシャフトの時よりも飛ぶようになった。

...でも最新の情報では、自分のスイングを診断してもらって、自分にあったクラブを組み上げるともっと飛ぶ、と言うので早速ショップに行って測ってもらって、作ってもらった。

...やはり作って良かった。
飛ぶし、曲がらない!

しかし、Tさんは最近一杯飲みながら月を見上げて思うことがある。
クラブを替えるたびに、確かに前より飛ぶようになった...それは実感しているし事実だ。
でも、何時も前に使っていたクラブより飛ぶようになったんだから、単純に前のクラブより飛ぶようになった分を足していけば、今頃は400ヤードぐらい飛んでるはずなんだよな。
...それなのに、パーシモンの頃に回っていたときと、そんなに第2打地点は変わらないんだよな。
不思議だなあ...どうしちゃったんだろう、飛ぶようになった分は。


俺、ゴルフ場にいる狐か狸に化かされているんだろか。それとも、ゴルフの女神さんに からかわれているのかなあ。


あ、そういえばさっき見た本に「最新科学の飛ぶドライバー」とかが...

 

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彼の世話を唯一している彼の姉から「もう判らなくなっているみたいです」と聞いていた。
「何を話してもあまり反応が無く、惚けてしまって自分が何をしているのか判らなくなっている」、と。
おむつをして、食事も介護の人任せだと...


その日の朝、彼のお姉さんを途中で乗せて、借りていたレンタカーで病院に向かった。
どんな状態の彼と会えるのかは、想像するだけで気が重く暗い気持ちになっていた。
かって、颯爽と100メートルを11秒で走り、高校野球のスターであり、ハンサムでデザイン学校の教師や会社を経営していた男...それが何も判らなくなった惚け老人となっている姿は、正直見たくはなかった。
もし会っても判らなくなっていれば、会いに来るのはこれが最後と決めていた。

面会室に入ると、看護士に支えられて...痩せて小さく乾涸びたような姿になって、彼が椅子に座っていた。
姉さんが彼の横に座り、私達夫婦は正面に座った。
顔を変に歪ませてあらぬ方向を見ていた彼に「お友達がまた面会に来てくれたわよ」と姉さんが言う。
「T!  オレが判るか?」
こちらを向いた...途端に顔をくしゃくしゃに歪ませて、声を上げずに泣き出した。
「わかるのか?」
ただ何度も何度も頷く...
何故だか声は一言も出さずに、ただ表情が笑い顔だか泣き顔だか判らない形に変わる...あげくの果てに引きつった様な形で片目だけ開けて止まってしまった。
「Tさん、その顔じゃおかしいよ」とうちの奥さんが言う。
慌てて普通の顔に戻そうとするが、すぐにシワだらけの顔でくしゃくしゃになってしまう。

彼の方から会話を切り出す事は無かった。
しかし、こちらの言う事は全て判っているようだった。
うちの奥さんが昔の笑い話のような出来事を話しだすと、ヤツも思い出して声もたてずに涙を流して笑っていた。

「3年前に来た時、帰り際にお前は「リハビリして今度はオレが東京に行く」と言ってたのを覚えているか?」
そう聞くとはっきりと頷いた。
「ちゃんとリハビリしているのか?」
そう問いかけた時に、やっと小さくゆっくりだが言葉を話した。
「指、全部、動かせるように、なった...」
(今回彼が声を出して話したのはこれだけだった。)

椅子に座っている事がかなり体力を消耗するらしく、長い時間の面会は出来なかったが...思ったよりは遥かに状態はマシだった。
惚けてはいない...ただ介護施設ではなくて病院に入院と言う形なので、なるべく危険や面倒から遠ざける事が第一になってしまい、日々の刺激が少なくなり過ぎた結果、反応が少なくなっていたんだと思う。
近いうちに介護施設への入所が決まったと言う事で、これからはもう少し色々な事が出来る様になるんじゃないか、と言う話を聞いた。
30分程で「疲れ切ってしまった」、と言う状態になったので彼は看護士に抱えられて、部屋を出て行った。
...最後に少し振り向いて、表情を歪ませた。


ゴルフをする様になる事は、正直絶対無理だろう。
「あなたに送ってもらった道具は、まだ奇麗なまま押し入れに置いてあるのに」と姉さんが言う。
そして、彼の子どもや知人が見舞いに来ないのは、彼の金銭問題にあると言う事を初めて聞いた。
大阪で会社をやって潰した時に、莫大な金額の連帯保証人になっていたとか。
私に金を貸してくれと言った事は無かったが(うちに金が無い事を知っていたからかも)、色々な知り合いから金を借りていた、と言う事も初めて聞いた。


....お前は本当に問題のある男だったんだなあ。
オレにお前を助ける事は出来ないが、いつか一緒にフェアウェイを悪態をつきながら、笑いながらラウンドする事は「やがてジジーになった人生」の楽しみだったんだぞ。

奇跡は、お前が起こせ...オレはそれを待っている。

少しでも状態が良くなれば、必ず俺はまた行くから。 

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鹿児島出身のこの男とは、19歳であるデザイン学校で出会った。
まともに絵を描いた事もないし、石膏デッサンすらやった事のない自分が、まさにこれからの人生を絵に賭けると決心した時に同じ場所に居た。
180センチ近い長身と、100メートルを11秒前後で走る俊速と、ハンサムで明るい男は確かに女性にモテていた。
気が合ったヤツと俺は野球チームを作り、私が投げてヤツが捕ると言う形で、軟式野球の東京都ベスト3とか言うチームに勝ったりしたこともあった。
ヤツはやがて大阪でデザイン学校の教師の職につき、可愛い小さな千葉の娘と遠距離恋愛のあと、20代前半で結婚した。

やがて長女、次女、長男と3人の子供を持ち、社員を何人も使う写植会社を興し、ダイエーの仕事を多く引き受ける様になって羽振りも良くなり、会社も大きくなった。
この頃のヤツは、仕事も家庭も本当に順風満帆に見えた。

が、その頃からパソコンが普及し始め、その性能が飛躍的に良くなるにつれ「写植」という「仕事」が消滅して行った。
ヤツは懸命に頑張ったが、この時代の流れを変える事は全く出来なかった。

東京と大阪と言う事であまり頻繁に会う事も無く、俺にどうこう出来る問題ではなかったのでその辺の事情は当時は全く判らなかったが...ぽつんぽつんと聞こえて来る噂で、会社が傾き、経営を追われ...やがて離婚、長女は彼に、あとの二人は奥さん側に着いて家族離散とか...

そして、長女は結婚し、彼一人母親の介護もあって鹿児島に帰った。
やがて時が流れて、母親は亡くなり...ヤツ一人が鹿児島の生家に住んでいる事は、その頃から頻繁に来るようになったケータイの会話で聞いていた。
ヤツは、そこでバイト生活をしながら、マスターズの野球をやったりして悠々自適の生活をしていると言っていたが...
ある日、「みんながゴルフをやっていて、今度コンペをやるって言うのでオレもゴルフを始めようと思うんだ」
「それでオレにはよくわからないから、お前の持っているクラブで使ってないものをくれないか?」
「やっとゴルフをやる気になったか」
と言う事で、当時一番ヤツに合うと思ったクラブと、キャディーバッグにボールや小物一通りを入れて、まとめて送った。

「ただな、ゴルフはそんなに甘くはないから、最初は絶対に近くの練習場に行ってレッスンプロに基本を教えてもらえよ。」
「運動神経を過信して自己流でやると、野球をやっていたヤツは悪いクセがついて、必ずしんどい目に遭うからな」
そう念を押した。

が、ヤツは一回だけそのコンペに出たあと、二度とゴルフをやるとは言わなくなった。
電話では何回も勧めたし、「いつかお前と一緒に九州のコースを回りたいんだから、時間をかけてゆっくりゴルフに馴染むようにしろよ」とも言った。

が...ヤツが倒れる前に一度鹿児島に行った時にも、「一緒に練習に行ってやるから、今から行こうぜ」って言ったのに腰を上げなかった...クラブは奇麗なまま押し入れに入ってはいたけど。

そして、ヤツは朝から晩迄焼酎を飲んで酔っぱらう生活を続けるようになって...6年前に倒れた。
5年前に見舞いに行った時には、長い移動は車椅子だったけど、短い距離ならゆっくり歩けた。
3年前に行った時には、車椅子から離れて歩く事は出来なかった...が、帰り際によく回らない舌でも「今度はオレがリハビリしてお前の所に行く」と言って泣いていた。
「そうだ、リハビリ頑張って今度はお前が東京に来いよ」と言って別れた。


昨年二度目の見舞いに行くつもりだったけど、私の怪我や奥さんの白内障の手術などで行けなかった。
今年、なんとしてもヤツの見舞いに3月に鹿児島を訪ねるつもりだが...

ヤツの面倒を見ているヤツの姉さんによると...
「3年前に別れる時に、ヤツは今度はオレが治してお前の所に行く、と言ってましたけど、ヤツの具合はどうなんでしょう?」
「今は、介護されている状態で、認知症が入って来ています」


「多分、会っても判らないと思います」


ああ。
それでも、3月に会いに行く。
自分も行くのはこれが最後になるかもしれないから。

なあ、オレはお前と指宿ゴルフクラブででも一緒に回るのが夢だったんだぞ。
お前はきっと初めて参加したコンペで、あまりにゴルフが上手く行かなかったんで嫌気がさしたんだよな..あれほど言ったのに。
きっと野球では誰よりもうまかった自分が、野球でレギュラーにもなれなかったヤツに、ゴルフでは全く歯が立たなかったのが我慢出来なかったんだよな...
お前は意外とカッコマンだから、下手で無様な自分の姿を見られるのが許せなかったんだよな。

オレが近くに居れば、首根っこ引っ掴んでも練習場に連れて行って、ゴルフを楽しむ基本を叩き込んだのになあ。
ゴルフを始めていれば、朝から晩迄焼酎を飲み続けるなんて事はなかったかもしれないのになあ。
残念だなあ...口惜しいなあ。



...「お前はオレのツレだ」って言うのが、酔ったお前の口癖だったよなあ...

 

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「まるで巡礼の旅ね」
ヤツの世話を唯一している、ヤツの姉さんにそういわれた。
2年ぶりに鹿児島のヤツを見まい、10年ぶりに長崎の「田舎暮らし協奏曲」の金子さんに線香を上げるつもりの旅の事だ。

29日の朝9時少し前に、ヤツの入院している病院の受付に着いた。
少し待って大きな歩行器を押してゆっくり歩いて来たヤツは、2年前より痩せてすっかり年をとってしまったように見えた。
ヤツに向かって手を挙げると、一瞬笑って危なっかしい格好で右手を少し上げた。

こまごまとした外出の際の注意を聞いた後、まずどこに行きたいか聞いた。
...何か言葉を発するのだが、どうしても意味が聞き取れない...理解出来ない。
こっちは焦り、ヤツも困った顔をするのだが、意味が判らない。
そこで、「まず自分の家に行こう」と言うと、コクンとうなずく。
ヤツの家の近くに住むお姉さんに連絡し、家を開けておいてもらう。

その家に向かう途中、2年前ははっきりと家までの道を指で示せたヤツが、途中で道が判らなくなり途方に暮れる。
そこでカーナビに住所を入れてなんとかたどり着く...

ヤツの両親の代から住んでいた大きな家に入ると、本当にホッとした顔をする。
姉さんが「2年前にお二人が連れて来てくれて以来なのよ、家に入ったの」と。

「え?」
「ヤツの子供達は、見舞いに来ないんですか?」
「全然!」
「息子も、娘二人も?」
「全然...2年前から一度も!」

ヤツは、子供を大事にしていた...少なくとも俺よりずっと。
大恋愛で結婚し、長身でハンサムなヤツと小柄でかわいらしい奥さんは、当時人気があった「チッチとサリー」の漫画みたいだと奥さんが自慢していた。
子供をほしがり、「男の子を9人揃えて野球のチームを作る」とか、生まれた長女を見て「こんなかわいい子はいないから芸能界に入れる」とか鼻の下を伸ばしていた。
色々とあの時代に聞いた話では、うちの子供達への小遣いの十倍は子供達にあげていたようだし、よく子供達にお金を使っていた。

正直言ってヤツが大阪に行って以来の付き合いは、年に1〜2回ヤツが東京に来た時に酒を飲むくらいだった。
ヤツの結婚生活、夫婦生活がどうなっているか、家庭がどんな風かは全く知らない。
ただ子供達に車を買ってあげたとか、長女がCMに出ているとかは、ヤツ自身の口から聞いていた。
そして先生を辞めた後、写植の会社を興し、一時はダイエーの仕事を受けていて羽振りが良いとかも、噂で聞いた。
そして従業員が20人を超え、新しい高額な写植機を入れた後、時代がパソコンの時代に変わった事。
やがて、会社が傾き、会社を追われ、離婚し、子供は奥さん側に付き、ヤツ自身は母親の面倒を見るためもあって鹿児島に帰ったと...

そして、病に倒れ、ずっと入院しているのに、子供が誰も面会に来ない。
ヤツのお姉さんが子供達に連絡をしても、反応が無い...。

ヤツはそんなに酷い父親だったんだろうか。
そんなに面会にも行きたくないような、父親だったんだろうか?
子供達はそれぞれ結婚し、その結婚式にはヤツも参加したと聞いている。
その子供達は、裕福な家であったり、普通の家であったり、それぞれ生活をしているが、病院の様々な経費他はヤツの姉さんが年金から払っている。


...ヤツが最初に行きたいといった場所は、ヤツが倒れる直前までバイトしていた宅配便の仕事でいろいろと世話になったという、山奥のお店のオバさんの所だった。
そこに連れて行き、「次に行きたい所は?」と聞くと「トンカツが食べたい」と。
病院食ばかりで、味のはっきりしたものが食べたいのだと。
そこで、以前ヤツが気に入っていたという店に行き、そこでトンカツ定食を食べる。
スマートで格好良かった男が、不自由な手で食べるのに苦労しているのは見ているとつらいが、時間をかけて美味そうに完食してくれた...

しかし、まだ2時前だというのに
「もう、病院に帰りたい」
「疲れた...」
他に行きたい所は?
「病院でいい」
まだまだ行きたい所があれば、と思っていたんだけれど...身体に無理をさせる事は出来ないので、病院に送る。

車椅子に乗せて病室に送る時、こちらの顔を見ないヤツに「また来るからな、もう少しあちこち行けるように身体を鍛えとけよ」と言って、握手をした。

ドアを出る前に振り向くと、ヤツは一言も声をあげずに泣いていた。


「なんで誰も来ないのに、あなた達は来るの?」
ヤツの姉さんに訊かれた。
「ヤツと俺が逆の立場だったら、ヤツはそうすると信じているから」。
多分、ヤツは俺がもっと若くして死ぬような事になった時、「残される奥さんと娘達を頼む」と頼めば、ヤツはきっと誇りをかけて気にかけていてくれるだろうと信じているのだ...そういう男気があるヤツだと信じている。

...若い頃、軟式野球だったけどチームを作り、当時東京でかなり強豪というチームと試合をした。
3点負けていた最終回、4番のヤツは内角球をよけずに身体で受けて満塁にした。
その時俺の顔を見て「あとは任せた」と真剣な顔で言いおいて一塁に向かった。
高校野球で名を馳せプロからスカウトされたヤツが、野球は本業ではない俺を信じてボールを身体で受けた...「まかせろ」。
満塁ホームランでその強豪チームに逆転勝ちした、漫画のようなエピソードがあった。


あれ以来、ヤツは俺を「一番のツレ」と知り合いに紹介して来た。

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