ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

2017年03月

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Aさんがそのコースに来たのは15年ぶりだった。

プレーするチャンスはその間に何回もあったのだけれど、あえてそのコースに行くことは避けていた。
そのコースはT県の奥にある、チャンピオンコース。
コースは良いのだけれど、都内からは遠いのでそれほど知られたコースという訳ではない。

15年より前、Aさんは此処のメンバーだった。
丁度バブルの始まる前で、ゴルフに熱中しだしたAさんは競技ゴルフをしたくてこのコースを手に入れた。
インターからも遠くて、都内からは行きにくかったこのコースはコース自体の評価の割にはまだ値段は安かった。
でも、地形に恵まれてトリッキーなホールは少なく、コースレートは73に近いこのコースは「知る人ぞ知る」の名コースだとAさんは思っていた。
そしてそれから10年以上競技ゴルフに熱中したAさんは、ハンデは5に近いシングルになり、クラブ競技で名の知れたゴルファーになった。

そのAさんには、このコースに通う楽しみがもう一つあった。
それは帰り道をいろいろと変えて楽しんでいるうちに見つけた、地元のおばあさんのやっているお土産屋。
「土産」といっても、それは自分でとってきた山菜や、茸、自分で作っている「米」や「野菜」「果物」、それに自家製の「みそ」や「漬け物」みたいなものだったけど、どれもが安くて驚く程旨かった。
春は野生のタラの芽や、ワラビ、ゼンマイ...
夏から秋は珍しくて旨いいろいろな名も知らないキノコ...これは旨い食べ方迄教えてもらって、酒の摘みにはどれも絶品だった。
そして新米や、果物類も...
毎週のようにコースの帰りに立ち寄っていたAさんは、すっかりそのおばあさんと仲良くなり、おばあさんはいつも売り物じゃあないおまけをいっぱいつけてくれるようになった。
自分達が食べている浅漬けのお新香とか、数の多く取れない豆類や芋など...


それが15年前、Aさんは仕事を変わったために収入が減り、どうしても必要があってこのコースを手放した。
何年かはゴルフどころじゃない生活が続き、またゴルフが出来るようになったのは7年ほど前から。
今は自分のコースを持たずに、あちこちの安いところを探してプレーしているが、そのコースだけにはどうしても行く気になれなかった。
かってメンバーとして充実したゴルフライフを送っていた思い出がある分だけ、近づけなかった。

15年ぶりにプレーしたかってのホームコースは、木々が大きくなり、記憶にある風景とは少し変わっていた。
メンバーも殆ど入れ替わったらしく、知った顔には一人も会うことはなかった。
(このコースも、この近辺のコースと同じように預託金の返還が出来ずに倒産し、経営が変わった事はニュースで知っていた。)



プレーが終わると、このコースに再び来ることでずっと気になっていたもう一つの気掛かり...帰り道の、あのお土産屋に立ち寄った。


...そこには雑草に囲まれて、半分朽ちている店の残骸があるだけだった。
考えてみれば、あの頃から15年...もうおばあさんが店にいるはずもなかった。
別れも言わずに、ある日立ち寄らなくなった自分のことを、おばあさんは気にしていただろうか?
いつも自分用に用意してくれていたおまけを、おばあさんはいつ迄用意してくれていたんだろうか?


心残りが、自分を責める...


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Tさん夫婦は、車を捨てた。

夫の定年に伴って、夫とこれからの生活を話し合った中で結論が一致したから。
少ない退職金は家のローンを完済したら、たいして残らなかった。
年金をもらえる年齢迄の生活は、私がパートを続けることと夫もとりあえずの年間契約の仕事を続けることで何とかなりそうだ。

でも、収入は半分くらいになる。
そこで何が切り詰められるかを話し合った。
一致したのが車...小さな大衆車なんだけど、軽じゃあないんで車検や税金、駐車場代金などが重過ぎた。
おまけに、車を使うことはゴルフへ行くことが中心で、買い物やちょっとした旅行なんかでは殆ど使ってなかった。
車は売るとして...じゃあ、ゴルフもやめる?

これは難しかった...月に1回くらいしかゴルフには行ってないけど、今では夫よりもスコアはいいし、近所の練習場も安いので週に一度くらい友達と練習するのもいい気分転換になる。
勿論練習そのものより、気の置けない仲間達とのおしゃべりの方が中心なんだけど。
...夫も、ずっと上手くならないけれどゴルフは好きらしい。
「残りの人生にだって、月に一度の楽しみは必要だ」、そんな風に意見が一致した。

で、結論は「車を売って、電車でゴルフは続けよう。」
(でも、車は古過ぎて売る事が出来ず、廃車にするしかなかった。)

仲間とのコンペなんかでは相乗りさせてもらうけれど、夫とゴルフに行くときは電車を利用して行くことにした。
当然、駅迄送迎バスで迎えに来てくれるコースや、バスの便があるコースばかりにしか行けないけれど...これが結構楽しい。
クラブは宅急便で送ってしまうから荷物も少なくて、朝なんかはまるで遠足気分。
通勤の人達と同じ方向には私達が行ける様なゴルフ場は無いから、朝乗る電車は殆ど座れるし。
郊外に出てから電車の中で朝食をとるのだが、おにぎりを食べながらお茶を飲み、窓を流れ行く景色を見ていると、季節の移ろいも実に良く感じることが出来る。
車を使っていた時には感じられなかった贅沢感だ。
帰りも、夫は車の運転を考えなくて済むので、実に寛いで缶ビールを飲むことが出来ると喜んでいる。

車がある間は全くする事のなかった「のんびりとした鉄道の旅」...これ、本当は自分が凄くしたかったことなのかもしれない。今は、月に一度「遠足気分で鉄道で旅に出る」のが楽しくてしょうがない。


...そしてその上ゴルフ迄できるんだから、なんにも文句はない。

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Kさんは東京の下町で,家族でやっている小さなプラスチック工場の経営者だった。
バブルの始まりの景気の良い頃に、ゴルフにはまったKさんはこのコースの会員権を手に入れた。

簡単に買える金額ではなかったけれど,その頃はずっと会員権の値段は右肩上がりで上がっていて「好きなゴルフをいつでもやれる」ってことと、「確実な投資」も兼ねているから、と購入に踏み切った。
工場の経営も、同じように右肩上がりで伸びていたから、ローンで買っても不安は何も感じなかった。

当然熱中していたゴルフもますます熱が上がり、時間が空くと徹夜明けでもコースに直行した。
毎月の月例、理事長杯、クラチャン、開場記念杯、新年杯、盛夏杯、忘年杯、全て参加した。
ハンデは16から始まって、7まで行った。

Kさんはゴルフのプレーだけにはまっていた訳ではなく、ゴルフの歴史も勉強した。
シングルになってからは、特にマナーに気をつけた。
その中で、彼が気になったのはグリーン上のピンの扱い。
グリーンに乗ってピンを抜いたあとの、その取り扱い...抜いたあとのピンをグリーン上に放り投げようものなら、大きな声で注意した。
彼はピンをグリーン上ではなく、グリーン周りのラフまで持って行って静かに置いた。
抜くときも彼は慎重にカップ周りを傷つけないように抜き、挿すときも慎重にカップ周りに触らないように丁寧に挿し、後続組に一礼してからグリーンを降りた。
先にパットを終えたときには、必ず自分でピンを持って待機していた。
そうしていつか、他の人が持っていても丁寧に奪い取るようにして、自分でピンを持つようになった。

いつしか月例に参加するメンバー達の間にそれが知れ渡り、彼の組は彼がいつもピンの係のようになるのが自然になった。

...バブルがはじけて,一時期2000万を越える値段がついたこのコースの会員権もみるみるうちに下がってきて、200万円を切る程の価格となった。
同時に不況がやってきて、下町の中小工場には厳しい逆風が吹くようになった。
それでも彼の工場は、彼の信用と家族経営で人件費がなんとかできるということで「大丈夫です。うちは信用がありますし、技術に自信もありますから」なんて言っていた。

でも,そのあとに続く不況は長く、時代の変わり目の激動は収まらなかった。
ある月例で久し振りに彼に会ったとき、「うちも厳しくなりました。私もこの月例が最後なんですよ、」「仕事の質が変わってしまって厳しいです。此処の会員権を売れるときに売ってしまって、損金を出さないと...」

このコースも「倒産」の噂がちらほらと出始めて、「売るなら今のうちだ」ということだった。
倒産したら紙くずになってしまう会員権...今ならまだ損金として計上して、少しでも苦しい家計にプラスになる(今は法律が変わって損金計上は出来なくなったが、当時はまだ出来た)。

...でも、自分のゴルフの歴史と、プレーの思い出のぎっしり詰まった会員権...売ることには本当に迷ったそうだ。
でも、もう業者に手続きをしてしまったので、その日の月例が最後のメンバーとしてのプレーになると...

彼は、今までと変わらず淡々とプレーした。
丁寧にピンを抜き、丁寧にピンを置き、自分でピンを持ち、丁寧にピンを挿し、一礼してグリーンを降りる。

「もう、このコースにこうしてプレーに来ることはないんしょうねえ...」
彼は18番でピンを挿したときに、名残惜しそうにピンに向かって語りかけた。



「ありがとう。」


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いつもの居酒屋に入ったとたん、失敗したと思った。
カウンターしかない席はほぼ満員で、一番奥の一つ前の席しか空いていない。
しかもその一番奥の席には、60を越えた年配の既に出来上がった雰囲気の男が「いい相手がきた」とばかりに待ち構えている。

うっかりこの手合いに話しかけられて応えてしまうと、ずっとあと迄話を聞かされることになるので「俺に話しかけるな」光線を目一杯出しながら、視線を絶対に合わせないで席に着く。
居酒屋の親父とほんの少しだけ話しながら、目を背けて自分の「酒を飲む」世界に閉じこもろうとした...その時、よせばいいのに親父が「最近ゴルフ行ってる?」なんて話をふりやがった...「ゴルフ、やるんですか?」...ああ、食いつかれた。

話しかけられて無視する訳にもいかず、彼の世界に引きずり込まれる...

「私も,退職する迄は週一回はゴルフ行ってたんですよ」
「殆ど全部仕事がらみでしたけどね」
「腕は90を切るくらいでしたけど、仕事で気を使うゴルフはあんまり楽しくなかったですねえ...」
「でも、ゴルフ自体は大好きだったんで、いつか仕事を離れたら思う存分やりたいって思ってました」
「おかげで日曜日は女房はいつも留守番で..」
「ええ、女房も自分の友達と月一くらいでゴルフに行っていたようです」
「3年前に定年になったので、苦労かけた女房とこれから二人で日本中のゴルフコースを旅行がてら回りたい、なんて思ってたんですよ」

「奥さんとゴルフになんて行かれるんですか?」
私ですか?...ええ、稼ぎが少ないんで一ヶ月か二ヶ月に一回くらいですけど、二人であちこち回りますが...
「いいですなあ...わたしもそうしたかったんですけどねえ..」

「いやあ,私が退職して3ヶ月くらいしたら、女房が身体を壊しちゃったんですよ」
「なんだか立ちくらみがするとか、動悸が激しくなるとか、夜眠れないとか...」
「いろんな医者に行っても治らなくって、症状は重くなるし、大変だったんです。」

「それがねえ、やっと原因が分かったんですよ...心療内科とか言うんでしたっけ...そこでね、その病気の原因が...」
「...ええ、原因は私なんだそうで..」
「ずっと家にいなかった私が、退職して一日中家にずっといる事が女房にひどいストレスになっていたんだそうです。」

「信じられませんでしたよ、そんなこと...私がいったい何したっていうんです?」
「...それで以前から考えていたように、女房に二人で日本中のあちこちにゴルフ行かないか、なんて聞いたんですよ、そうしたら...とんでもない、あなたはご自分の仲間と行ってください,私は友達と行きますから、って...」
「...だから、定年になって3年になるんだけど、ゴルフは殆ど行ってません」
「...ただ家にいるだけでも女房のストレスになる、って言うんでこんな風に昼から酒飲んでます...ははは...」
「それでもまだいい方らしいですよ、知り合いで退職と一緒に離婚したのが何人もいますから...」

「あなたはいいですなあ...奥さんと仲良くやっているんだ」
「...私も私なりに女房を大事にして来たつもりだったんだけどなあ...」

「ああ...つまんない話ばっかりしてごめんなさいね...酔っぱらっちゃってるから...」



「...でもね、本当にね、私ね、定年になったらね...ゆっくりと女房とゴルフするつもりだったんですよ...」

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ゴルフの上手い男だった。
パーシモンの時代、右に出して真ん中に戻してくる正式のドローボールを打つ男だった。

ゴルフに対する見識も深く、また男っ気もあり、ゴルフ仲間として一緒にゴルフをするのが楽しい「数少ないゴルファー」だった。
クラブも、アイアンにクラシッククラブの「ウィルソンスタッフの69年ダイナパワー」を使ったり、2アイアンを使ったりで、ラウンドの片方は必ず30台で回り、80を切るのは当たり前という顔をしていた。

そんな男が時と共に(出世と共に)デスクワークが多くなり、だんだんゴルフをやる回数が減っていった。
同時に仕事・プライベート両方で酒を飲む機会が増え、殆ど毎日酒を切らしたことがないような生活が続いていった。
それでも時折ゴルフをやる機会があったのだが、だんだん、というより急速に飛距離が落ちていった。
あれほど綺麗だったドローボールは影を潜め、殆どが当たりそこねのチーピンになった。
アイアンはボールに当たる前に土をかみ、飛距離は2番手も落ちた。
「こんなはずでは」と思って、少し練習して久しぶりの競技なんかに出てみても、もう昔の自分とは比べものにならないゴルフしかできないことを確認しただけだった。
そして、「なんとか昔のように」と言う焦りは左手親指の「バネ指」を発症してしまい、それでも無理して「昔のドローボール」を打とうとした為に酷く悪化させてしまった。
アドレスしてトップ迄来ると、極端に痛みが走ってグリップを続けられなくなり、無理にスイングを続けても「ションベンの様なボールしか打てねえ」と嘆くようになった。
しばらく安静にしていて、半年振り・1年振りに参加した大きなコンペでもラウンドを終える事が出来ず、棄権してはクラブハウスで昼からやけ酒を飲む事を繰り返した。
そして「ゴルフをやろう」とは言わなくなった。

プライドの高い彼は、すっかりゴルフに対してグレてしまってゴルフの話をする事も無くなった。


「腹筋が、大福餅みたいにぷよぷよなんだよ」
「腕立て伏せが3回も出来ないんだ...」
最近、そんな事を言っているのを聞いた。

一見、もうゴルフへの情熱は消えてしまったように見える...しかし、時折出る言葉にはゴルフ自体への興味は失っていない感触がある。
今強いプロのスイングや、調子の良い選手の情報なんかについては非常によく知っている。
かっては簡単に出来たことが出来なくなっている自分への、怒りと、諦めと、わずかに残る期待とがごっちゃに彼の中にあるように見える。

...もう十年以上、彼とはゴルフをしていない。

ただ彼に親しい男から、最近彼が午前中に密かにジムに通って身体を作り直している、というニュースを聞いた。
そうだろう、あれだけの腕の男がこのままグレたまんまで終わるわけにはいかないだろう。

きっとまた、俺とゴルフを楽しむ時が来る。
皮肉屋のあの男の事だから、そんなことおおっぴらに期待して言うとへそを曲げるから、俺は知らんぷりでいよう。

そうだ、奴が復活したその時は、昔のあの時代のようにパーシモンに糸巻きボールでやってみようか。
そんな道具を用意して待ってれば、奴もきっとあのドローボールを.... 打てればいいなあ。

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世間では「アラフォー」なんて呼ばれている。
立派な業績を上げている訳ではないけど、不況でもなんとかつぶれないでいる会社に勤めて20年。

上司の勧めでゴルフを始めたのが15年程前。
まあ、上手くもなく下手でもなく、90前後で回れるようになってはいる。

今は会社関係のゴルフは、年に1−2回だけ...仕事でも顔を合わせている人とのゴルフは、いろいろと付き合いが面倒になるのであまりやらない。
5年くらい前に、安いコースのメンバーになって、時々月例にも出るようになった。
もちろんCクラスだけれど、そこで同じ女性のメンバーと回るのは楽しい。
他に、平日に休めるときはオープンコンペにも出て、違うコースを楽しんでいる。
独りで生きるのに慣れているし、独りでコースに行くのも慣れている。

最近やっと、アイアンの番手別の飛距離が安定してきて、おまけにアプローチに開眼した。
ドライバーは、それほど飛ばないけれど方向はいい。
だから、もうすぐBクラスに上がれるかもしれない、と気合いが入っているんだけれど...

親からは「結婚しないつもり?」と電話が来るし、会社でも上司が「いい男がいるからお見合い」しないかと言って来る。
なんだか「雰囲気」が独りでゴルフに行くのを、後ろめたいことをしているような気にさせる。
結婚しないと決めている訳ではないけれど、今はゴルフより興味が湧くような男が周りにいない...ゴルフに行くより楽しいデートだったら勿論そっちに行くんだけれど、そんなことが無いんだからしょうがない。

今の季節、コースに行って空を見上げるのが好きだ。
不思議なことに、都会じゃ一日に一回も空を見上げることが無い日なんて普通なのに、コースに出ると一球打つたびに空を見上げる。
空の色、雲の色、空の広さ、遠くの山々、今の季節なら群れ飛ぶ赤とんぼ、とにかく空を見上げるのが好きだ。

そしてその中でも一番好きなのが、「飛行機雲」を見ること。
青い空を切り裂くように線を引く飛行機雲を見つけると、おもわず歓声を上げてしまう。
くっきりと細い線のままだったり、あっという間に広がって大きくなったり、すぐにぼやけてしまったり、いつまでも同じ形で残っていたり、時にはいろいろな形で交差したり...
打つのを忘れて見入っていたりすることもある(他人には笑われるけど)。



...タイムリミットがあるんだよ...そういう風に言われる年になって、ゴルフに逃げているのかな。
飛行機雲の形が、何かの占いになるんだとしたら、私はその占いを信じてみる気があるんだけどなあ...

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オープンコンペに参加する楽しみは、コースとの出会いとか、豪華な賞品とか色々あるけれど、一番のものは「人との出会い」なんじゃないかと思う。
オープンコンペに一人で申し込むと、多くの場合は一人で申し込んだ人同士でパーティーになる。
たいていの場合一人で申し込む人は、なによりゴルフに熱中していて、自分のコースがなくても、時間が自由にならなくても、お金が沢山使えなくても、何とかゴルフをして上手くなりたい、楽しみたいという気持ちを持った人だ。
最近は女性でもそういう人が増えて、懸命にプレーしている姿が微笑ましい。

だが、ごく希に、とんでもない人と同じ組になることもある。
前に描いた「怒れる男」もそうだったけど、このT県のKカントリークラブのオープンコンペで一緒になった男もそんな一人。
年は60前後か...朝の挨拶をしたときに、ろくな返事をしなかった時に「あれ? この男...」と思った。
前の「怒れる男」もそう、こういう類の男は挨拶の返事がきちんとしていないか、生返事なことが多い...そして、自分の名前もはっきり言わない。

ティーショットを打った後、他の人はすぐにカートに乗って待っていたが、この男アイアンをつかんで「歩くから..」と言って、一人で歩き出す。
自分でクラブを持って歩き出すくらいだから、プレーに慣れている人とは思うが、以後会話は一切なし。
飛ばない、あまり上手くない(良くてハンデ10くらいか)...しかし、自分の飛距離を把握しているためか、一番飛んでない自分のボールの所に行くと、パー4でもすぐに打ってしまう。
グリーン側に打ち込むこともしばしば(もちろんオンはしないが)。

そこまではまあ良いのだが、自分のボールを打つとサッサとグリーンに向かって歩いていく。
グリーンが空いてこちらが打とうとしても、その男がフェアウェイの端を歩いているので、何度も「打ちますよーー!」と声を掛ける。
当然、腕に自信のない人はその男のいるところと反対側のラフに打ち込むことが多くなる。
俺が打つときには、グリーンのすぐ横で待っているので、ついその反対側に外すことが多くなる。

コンペなので、ショートホールなどで待ち時間が出来ると、その男はカートに載っている我々から離れて、やたらに携帯電話を掛ける。
ゴルフに来て、何でそんなに沢山ケータイで話すことがあるんだと思うくらいに、電話しっぱなし。
やっと側に来たかと思うと、「遅い!」「何でこんなに詰まって居るんだ!」と怒った後、またケータイ。
他の3人は黙って顔を見合わせるばかり。
とうとう彼とは会話らしいモノは全くなく、ハーフ終了...彼のスコアはボギーペースといったところ。
...ハウスにつくと、その男いきなり「プレーが遅いのでハーフでやめる。」

残った3人、食事をとりながら「何なんでしょうあの人」「初めてですね、ああいう人と一緒になったの」「こんないい天気なのに...それなら来なければ良かったのにね」

ハーフにかかった時間2時間20分...コンペならこんなものだと思うけど。

オープンコンペ...殆どの人はいい人だけど、運悪くこういう人と一緒になることもある...そんな時はナイスショットがディポット跡に入ったみたいなもんだと思って、諦めましょ。

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プロになっても試合に出られない者や、プロを目指す者、腕試しをしたい者などが参加するミニツアーは、日本でもあちこちで開催されている。
基本はプロないしはプロ宣言した者は5万円前後の参加料を払って、アマの参加者は1−2万円を払って払って参加して、集まった金が賞金となりそれを「プロ参加者」が取り合うという仕組みだ。
大体優勝すれば100万円くらいが手に入る。
賞金を貰えるのは3位くらいまでで、本当に生活と夢を賭けた一日勝負だ。

かなり前にある新聞社の企画で、何回かこんな試合に体験参加したときの話。

ある試合で一緒になったのは、若い二人(二十代のプロもしくは研修生)と、30代の男性一人。
若い二人は、もしアマだったらスクラッチからプラスハンデになるくらいの腕前...しかし、プロとしてはレギュラーツアーに出場出来ないレベルというところ。
もう一人の30代の男性は、真剣さと気迫は十分に感じるのだけど腕は自分と同じくらいで、プロレベルとはまだとても言えない。
しかし、一打一打に対する真剣さは、常識外れとも言える程の迫力を感じた。

ミニツアーの試合は自分が出した金を取るか取られるかの緊張感があるために、やたらとプレーが遅い..,この日の試合は前半で3時間を軽く超えていた。
そのために待ち時間に色々と話す機会があり、彼の話を聞くことが出来た。

...それは、まるで安っぽい虚構の小説のような話だった。
彼は大学を出てから就職がなかなか上手くいかずに、結局就職できたのはある有名な消費者金融会社だったという...いわゆるサラ金だ。
とても好きな仕事ではなかったけれど、給料は良かったので真面目に働いていたという。
やがて仕事に慣れて来ると責任を持たされる仕事をやらされることになり、支払いの遅れている人の取り立てがメインとなった。
その受け持ち地区の中に、支払いが遅れがちな、彼の祖母くらいのおばあさんがいた。
でも、その支払いもいまのサラ金法ができる前の話で、たった10万借りたのに、もう20万以上返していたんだとか...しかし、一度に元金全部を支払えないので利息だけを支払っている結果となり、いつまで経っても10万の元金が残ったままだった。
彼はあまり暴力的な取り立ては出来なかったので上司には怒られていたけれど、おばあさんはお茶を出してくれたり、彼には親切にしてくれたそうだ。

...そしてある日、彼が取り立てに行ったときに、そのおばあさんは首を吊っていた...

彼はその日でその会社を辞めた...おばあさんの姿を忘れられなくて、しばらくは彼は何も出来ないでいた。
...やがて彼は、(経過は判らないが)自分が少し前に趣味で始めたゴルフでプロになろうと決心する...練習場で雑用のバイトをしながら、この日まで懸命にゴルフを続けてきたんだという。
「まだまだ上手くないのは判っている。自分に才能があるかどうかも判らない。でも、これに人生賭けるって決めたんです。」

彼はまだその時点では、70台が出れば上等なくらいの腕だった。
(この試合でも若い二人は70代前半で回っていたが、私と彼はいずれも80を越えてしまった。)

...あれからずいぶんの時が経ったけど、彼はプロになれたんだろうか。
まだゴルフツアーの世界で彼の名前を聞く事は無いけど、彼は自分の決めた道をひたすら歩き続けているんだろうか。


彼の、笑わない思い詰めたような顔が、後ろ姿が、今でも目に浮かぶのだけれど...

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夫が言いやがった。
あたしに惚れて結婚して、あたしに頭が上がらなかったあの夫が、思いっきり思い詰めた顔をしてあたしに言いやがった。

「もう...短いスカートやキュロットは穿かない方が...」

足には自信があったんだ。
スタイルだって日本人にしては足が長いし、バランスも良いって。
だから30過ぎて夫の誘いでゴルフを始めたときも、短いスカートやキュロットで足を見せるのは楽しみでもあったんだ。
夫だって一緒に回るときは、他の殿方達にすごく自慢げにしていたのに...

確かにあれからずいぶん経った。
時間が流れた分だけ年もとった。

気にはしていたんだ。
あたしの自慢の足の曲線が微妙に変化してきたことを。
あれほど完璧に思えた曲線にわずかなブレがあちこち出ている。
部屋の中では分からないのに、太陽の下に出るとそれがよくわかってしまう。
..セルライトと言うらしい...よけいな乱れた線が浮かび上がる。
それに、白さが自慢だった足に、静脈も存在を主張して浮かび上がっている。

美というものは移ろうから美しい...そんなことは分かっている。
自分がそこから逃れられないのも分かっている。
でも、夫があんなに思い詰めた顔で言わなくたっていいじゃない!
...わかっているんだから。

美しかった自慢の女房が、色あせていくのが耐えられないんでしょう。
年を取ったのが分かるのがつらいんでしょ。
...あんたがあたしを今でも愛しているのも分かっているし。

ゴルフコースは晴れ舞台、スポットライトの下の主役の座から退場するときが来たのね。
いいわ、あなたと一緒に肌も露なドレスを来た役は降りてやる。
短いスカートも短いキュロットももう穿かないわ。
美しくなくなった足は見せられないから。

...でも、あたしは舞台からは降りないわ。
今は熟女のブームだって言うじゃない?
胸だって自慢だし、足だってぴったりした7分丈のパンツでもあたしの魅力は出せるわよ。
身体のラインは若い頃よりダイナミックでしょ?
セルライトになんか負けるもんですか!
静脈になんか負けるもんですか!

ゴルフの腕だって、今すごく上手くなってるのが自分でも分かるんだから。
もうすぐあなたを越えるんだから。


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何年か前の夏、T県のPカントリークラブのオープンコンペでで会った男。

普通の人間とはちょっと違う、いかにも遊び慣れた風な雰囲気を漂わせてパットの練習をしていた。
年の頃は60は過ぎているだろう顔つき、しかし長い真っ白な髪の毛を頭の後ろで一つに結び、なんだか飄々とした素浪人の風情さえある。

顔だけ見ていると明らかに老人に近い年齢だと感じるんだけれど、体つきが顔と合っていない。
一件細身だけど、半袖や短パンから見える手足は筋肉がくっきり分かれて見えて、何かの運動をずっと続けているだろう事が想像出来る。

...そして、その男がベルトをゆるめてシャツの乱れを直したとき、その男の腹が6つにキッチリと割れているのが見えてしまった。
「なんだ! あの腹筋は!」
思わず自分の腹の肉を掴んでみると...そこには、腹筋なんか見えやしない、電話帳の厚さの贅肉が(泣)。

偶然同じ組となったその男に、年を聞いてみると、なんと66才!
「な、何でその年でそんなに腹筋が...」と思わず聞いてしまう。

「いやあ、毎日泳いでいるんですよ」「マスターズ水泳に出ているもので」
...一日に何キロも泳いで、マスターズ水泳の競技で日本や世界の大会に出ている人だった...
なんでも、その世界では何時も上位入賞する有名な人らしい。
そのためか、後で風呂でも見たけど、全身余分な贅肉全く無し!
彼が風呂場で歩いていくと、若い人達も思わず全身見てから後ろに下がる。
...俺だって、30代までは裸になると腹筋さわりに来る奴がいたんだけどねえ...いまじゃ悲しいビール腹。
70近くまでその腹筋って、どうよ!
ひょっとして、ゴルフのためにもあの方が良いのか...?

「私は、まだまだゴルフを楽しむつもりですよ」「この前、全部測って、あと10年使えるクラブを注文したばかりですから」
「身体の若さには自信ありますから、もっと上手くなりますよ」
うん、気持ちも青年だ...身体も柔らかいみたいで、肩も身体も良く回る。
フィニッシュまできちんと回るし、遠くから見たら30-40代にしか見えないだろう。
...飛距離は、俺の方が50ヤード以上飛んだけど...どうするんだ? 俺。

腹筋復活しても、もてるようになるとも思えないし(いや、もててドーするんだ、今更)、腹筋維持するためにまた節制重ねて頑張る根性(旨い酒も飲まずにか?)あるわけないし...腹に触るとちょっと腹が立つけど、それが俺の人生ってことだ(あーー、でも、こんな結論でいーのか? 俺)。


ああ、頭の中で「俗物には俗物の楽しみがあるんだから...」なんて、言い訳してる声がでかくなる。

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