ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

2017年08月

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Bさんは、1週間に4日は近所の練習場に行く。
昼間の11時から4時近くまでをその練習場で過ごす。

打つのはせいぜい100球。
座ってタバコを吸ったり、顔見知りの人と雑談をする時間の方がずっと多い。
昼にはコンビニで買ったおにぎりを食べ、たまに練習場の喫茶店でコーヒーを飲む。

15年ほど前まで、Bさんは六本木にデザイン事務所を持っていた。
30年ほど前には、六本木を自分の庭のように洒落た自転車で走り回り、酒を呑み、女性と遊び、デザイン談義に盛り上がり、時代の先端を行く格好良い粋な暮らしをしていた。
ベレー帽を冠り、アーティスト風のファッションに身を包み、明るく陽気な人気者だった。

彼のデザイン事務所では手作業で様々なデザインをしていて、特に「カンプ製作」という代理店からの急な仕事のパステルスケッチを大量にこなして、日に数万から数十万を稼ぐと自慢していた。
その世界では名の通った売れっ子だったので、文字通り腕一本で最先端の街六本木で颯爽と暮らしていた男だった。

流れが変ったのは、パソコンの普及からだった。
色々な代理店や広告事務所が、マックを使ってデザインソフトで仕事をするようになって、彼の仕事が激減した。
どんな急な仕事でも手作業で徹夜でこなす、なんていうのは必要がなくなった。
特に彼の仕事の中心であった、「カンプ」を手作業で短い時間で創る、なんていう仕事は完全にパソコンにとって替わられてしまった。


しばらくはそれでも六本木の事務所で頑張っていたけれど、事務所の経費が払えなくなって事務所をたたんだ。
そして自宅のある郊外の団地に戻った。
しかし、都心の事務所をたたんだ事によって、少なかった仕事がますますなくなり、今ではすっかり業界から離れてしまったという。
「今だって、センスには自信があるんだけどねえ...」
「なんか仕事は無いかなあ..」
「まだまだ良い仕事が出来るんだけどねえ...」

生活は、奥さんがずっと働いているので心配は無いらしい。
ただ、毎日の時間がつぶせなくて、練習場で過ごす日々が続いている。
ゴルフはこんなにブームになる前に、代理店の人達との付き合いで始めた...ゴルフ関係の仕事も多かった...試合のポスターやパンフも作ったとか。
ハンデは10くらいまで行って、当時として非常に高い道具を揃えて、多い時には週一で行っていた時もあったという。

「新しいクラブを買えないから、ウッドはカバーをかけたままで、打たないんだよ。」

「もう7年くらいコースに行ってないなあ...」

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オープンコンペに一人で参加していると、色々なカップルと一緒になる事がある。
勿論一番多いのが夫婦。
若い夫婦というのは滅多にいないが、中年から老年にさしかかった「山坂乗り越えて来た」夫婦には、それぞれの長い付き合いの味が色々と滲み出て来て、とても面白い。
..結構な割合で途中喧嘩を始める夫婦もいるけれど、それもしょうがない(身に覚えがある事だし)。

そして結構多いのが、仲が良さそうな雰囲気なのに「名前」が違う二人。
その中で多数を占めるのは、やっぱり女性の方が「水商売」独特の華やかさを持っているケース。
夫婦の場合の妻の女性と違って、服装も道具も流行の高級そうなものを使っているし、男性が妙に優しく接している。
女性にも男性にどこか甘えている雰囲気がある(演技にしても)。
それ以外では、同級生だとか会社の上司と部下だとか、仕事先の担当者同士だとか言う場合があった。

明らかに夫婦じゃない二人と一緒になった場合、残った我々(たいていの場合、男一人で参加したものどうしが組み合わされる)は、なるべくプライベートな事には踏み込まないようにして、ラウンドし会話する。
それでも大体二人がどういう関係かはわかってくるもので、すぐにそんな事は忘れてプレーを楽しむようになる。

かなり前の話だけれど、一組だけどうしても二人の関係がわからなくて、プレーの間中もう一人の男性と首をひねって二人の関係をひそひそと話し合っていた事があった。
男は50代の小太りでエネルギッシュな感じ...女性は30代の何とも清楚な感じの大人しそうな美しい女性。
この女性が全く水商売という感じのない美人だったので、男二人は考えてしまったのだ。
男が気を使って話しかけているのはわかる..でも明らかに夫婦や愛人と言うほど近くはない感じ。
女は口数も少なく淡々とゴルフを楽しみ、我々にも普通に敬語を使って話をする。
「親子ではないし、上司と部下にも見えないし、どういう関係なんでしょうねえ?」
「夫婦でも愛人でも構わないんですけど、よくわからない二人って気になりますねえ..」
「ゴルフだけ付き合ってくれる女性なんてのもいますけど、それほど愛想が良い訳でもないし..客商売には見えないし...」
「きれいな女性だけに、ねえ..」

ゴルフは、男性が自己流のオーバースイングのカット打ちで100前後だったの対し、女性はルーティーンの決まった癖のないフォームで90前後で回っていた。
明らかに練習場か何処かでプロに教わっているのがわかるスイング...基本に忠実で余計な事はしない、つまりアプローチは転がしだけ、バンカーはグリーンセンターに出すだけ、池は避けフェアウェイキープ第一...入れればパー、外せばダボくらいのスコア。
男はそれに対して何も言わないし、女性も男性のスイングに何も言わない。

我々一人参加の男達はと言えば、そんな二人...と言うよりその美しい女性が気になって、二人とも90オーバーしてしまった。
自分のボールそっちのけで、ついつい彼女の様子をうかがい、彼女のゴルフを見てしまうのだ。

「奇麗な人でしたからねえ」「どんな関係なのか気になっちゃって...」
「そんな余計な事考えてゴルフしちゃダメですね」「ゴルフに集中しないで、よけいな雑念ばっかりじゃねえ..」
「我々、鼻の下伸ばしちゃったんですかねえ」「これもスケベ心なんですか...困ったもんです」
なんて、二人で表彰式(二人とも外れ)の後、顔を見合わせて苦笑い。


...ホントに男って馬鹿だねえ(笑)。


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自分が惚れて来たゴルフというものは、死ぬまで楽しめるゲームだと思っていた。
でも、Mさんはそのゴルフが終わりに近づいて来たのを感じている。

まだ、それほどゴルフが一般的でない時に、仕事の関係上付き合いで始めたゴルフ。
道具もプレーフィーも馬鹿高かったけど、仕事を続けて行くためにはやらなければならなかった。
...もちろん嫌々始めたゴルフでも、始めてみれば野球で鍛えた運動神経のもと、すぐに熱中して上達して行った。
その後でジャンボや青木の登場でゴルフブームが起き、一歩先に進んでいたMさんは人の何倍もゴルフを楽しむ事が出来た。
大した実績は作れなかったけれど、競技に熱中して色々な試合の予選を通った事も多かった。
そうして何より、ゴルフで得た友人やライバルがゴルフを一層面白くさせてくれた。

だけど、そろそろ...
スクラッチのライバルはもう既に、この世を去った。
友人達も多くはクラブを置いた...経済的な理由や健康面の理由で。

ゴルフの内容もすっかり変わってしまった。
飛ばなくなった...ちょっと前までは一緒に回った人に負ける事はまずなかったのに。
アイアンがダメだ...もうプロモデルはろくに当たらない。
アプローチが寄らない...あれほど手に覚え込ませたタッチがわからなくなった。
パットが入らない...老眼が進んで、グリーンの傾斜が判らないし、速さの変化に対応出来ない。
...もう、スコアもつける事が面倒になるほどになった。

そして何より、2年前に奥さんを亡くした。

ゴルフを始めた頃から、ゴルフから帰って来たら(スコアが良かったときだけは)奥さんにそのラウンドの出来事を話すのが楽しみだった...そうしてもう一回その日のゴルフを楽しんだ。
顔を見て結果が分かるらしく、スコアが悪かったときは何も言わずに笑ってビールを出してくれた。
子供の手が離れてしばらく時間が経って...やがて奥さんもゴルフを始めて、時々一緒に行くようになり、定年になってからは奥さんと一緒に回る事のほうが多くなった。
コースでよく喧嘩もしたし、言い合いもしたけれど...楽しかった。
一生懸命スコアだけを追っていた競技ゴルフ熱中時代より、ずっとゴルフを楽しんでいた。
...でも、そんな事に改めて気がついたのは奥さんがいなくなった後だった。
今でもティーグランドに立つ時には、旅立ちのときの興奮が僅かに胸の内に湧き起こるんだけれど、すぐに帰った時の誰もいない淋しさに耐えられない自分の気持ちに思いが移る。
ゴルフっていうのは本来誰にも頼らずに、独りで立ち向かって行くゲームのはずなのに、なんでこんな思いになるんだろう。
Mさんはキャディーバッグからクラブを取り出して、ため息をつく。


...そろそろ潮時なのかな。

19番ホールに妻がいないと空しくてたまらない、なんて。

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Kさんは、子供が学校に行くようになってから、夫の勧めもあってゴルフを始めた。
練習場のスクールに入ってから、月一でゴルフに行くようになってもう8年になる。
今では子供と夫の世話以外の生活は、月一回のゴルフに向けて集中して行く生活...練習場はスクールが週一回、夫が買ってくるゴルフ雑誌のレッスンを読み、テレビの試合を見て、週3回のパートの収入を積み立てる。
クラブや道具類は年に1〜2度、夫のボーナスからのプレゼントや、パートの収入を貯めて...勿論中古ゴルフショップで買う。
自分で始めてみるまでは、こんなにゴルフにはまるとは思わなかったし、こんなにゴルフが面白いとは思わなかった。

そんな日々を過ごす時に、折に触れて生きている時には1度しか会えなかった人の事を考える。
祖母の妹だった、数十年前に亡くなった女性。
一枚だけ残された彼女の若い頃の写真には、クラブを持って颯爽としたスタイルの彼女が映っている。
若くして亡くなったと聞いているが、生きていればもう90歳を楽に超えているはずの女性。
母が祖母から聞いた話では、ともかく新しい事や流行のものに目がなく、行動的でなんでもやってみた人だったと言う。
この時代ゴルフをやる人なんて極少なく、特に女性でゴルフをする人なんて大金持ちの婦人くらいで、普通の女性のゴルファーなんてまず見かけなかったという。
それが若く美しかったその人が、ゴルフバッグを担いでまだ少なかった練習場に出入りする姿は、近所でも評判となり色々と噂話が大変だったとか...
一族でも「変わり者」扱いだった彼女は、2度結婚をして離婚し、幼い頃の自分が会った時にはいかにも洋風の暮らしの似合う若々しいモダンな雰囲気の女性、と言う印象だった。

その後どんな風に人生を送ったのかは知らないけれど、彼女の残されたゴルフの写真と数々の華やかなエピソードを聞くたびに、一度ゆっくりと話をする機会が欲しかったと思う。
自分がゴルフを始めた事を話したら、どんなことを言ってくれるだろう。
あるいは一緒にラウンドする事が出来たら、どんな会話が出来ただろう。
彼女のゴルフは一体どんなゴルフだったんだろう。
彼女と一緒にフェアウェイを歩いた人は、どんなゴルファーだったんだろう。
現在だって親戚中でもゴルフをやる女性は少ないのに、あの時代に一人アゲンストウィンドに向かって立つ女性の姿が眩しい。
自分の一族、血筋の中で、一風変わった光を放つあの「伝説の女性」と一緒にゴルフがしたかった...自分がだんだんゴルフを深く知るようになって来て、改めてそんな思いにとらわれている。

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ある競技で一緒になったYさんは、一打一打を真剣にプレーする真面目なゴルファーだった。
礼儀正しく、ルールもマナーも良く知っていて、会話も楽しかった。

...ただ、スイングはぎこちなく、身体の硬さを思わせる小さなスイングアークとあまりリズム感のないスイングが、丁度映画の「ロボコップ」の動きを思い出させて、同伴競技者同士が思わず顔を見合わせて笑ってしまうほどだった。
でもYさんは、気にする事もなく淡々と真面目なプレーを続ける。
スコア的には、その組の誰もが「もうひとつ」という結果で、それほど差のつかない平凡な成績で終わってしまったが、記憶に残るような出来事はプレー後の風呂の脱衣所で起きた...

夏の終わりの頃で、皆が半袖でプレーしているのにYさんだけは長袖を着ていた。
そのYさんが、長袖のシャツを脱いだところで、隣にいた自分や周りの人が「えっ?」と驚く。
シャツの下には、流行の機能下着...それはわかる。
が、その上に右肩から肩用のサポーター、両肘に柔らかい肘用サポーター、さらに右腕に柔らかいゴムのサポーター、左手のグローブの下に親指を保護するサポーター、さらに右腕と左腕に何やら身体の機能とかバランスを高めるという宣伝をしている腕輪がひとずつ...

さらに腹には薄い大きな腹巻きと、その上にギュッと締め付けている磁石付きの大きな腰痛ベルト!

そして、ズボンを脱ぐと下にはやはり膝関節まで締め付けて機能するという機能下着に、両膝に膝痛用の締め付けサポーター、ふくらはぎにゴムのサポーター、さらに左足首に関節用のサポーター...

...そりゃあ、これだけ着けていれば動きだって「ロボコップ」になるでしょうよ。
唖然としている我々をよそに、Yさんは平然とした顔でそれらの装具を外して裸になる。
脱衣カゴはそれらの外した装具で山盛りになっている...

湯船で話をして聞いたところでは、Yさんはゴルフにともかく熱中していて、時間が許す限りほぼ毎日練習していて、練習に行くといつまでも球を打ち続ける...球数にして少なくても一日300球は打つのだと...
スコアとしては成果が出ているとは言えないけれど、ともかく毎日球を打つのが楽しくてしょうがないのだそうだ。
でも、その結果として(練習のやり過ぎで)腰痛と、右肩痛と、両肘の痛みと右肘の腱鞘炎と、両膝の痛みと、ふくらはぎの痛みと、左足首がいつも捻挫しているような状態なのと...本当は首も軽いむち打ち状態になっているのだと。
医者に行っても、医者は「ゴルフの練習をしばらく休むしかない」としか言わないので、最近は行ってないんだとか。

「やっぱりゴルフが好きなんで、練習もラウンドも休むなんてもったいなくて...」
その痛みを軽くするために色々試しているうちに、こんな状態になってしまったんだとか。
「首の痛みを固定するサポーターを使うと、スイング出来なくなるんで首にははめてませんけどね」
「少し休んで治してから、ゆっくりゴルフ再開するようにした方がいいんじゃないですか?」
「とんでもない! 半年とか一年とか、ゴルフをやれないんなら死んだ方がましです。」
...この日のラウンドの後も、練習場に寄ってから帰るんだそうだ。

自分もゴルフを始めた頃にはそんな気持ちもあったけど、今はとてもそんな「燃える情熱」なんてありゃしない。
あちこち痛める度に練習場から遠ざかってるし。
最近じゃ、「ラウンドしたいから練習しない」なんて状態だ。

でもなあ...
こういう「ロボコップ」みたいな人って、結構多いのかもしれない。
だって...暑い日も寒い日も、雨の日も風の日も、台風の大嵐の時だって、クローズしてなきゃ練習場には打っている人が絶対にいるものねえ。


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ゴルフというのは、時間がかかるスポーツだとSさんは思っている。
普通のスポーツは、長いと思われるサッカーや野球だって3時間もかからないだろう。
それなのにゴルフときたら、一日がかりとか半日かけてとかいう単位が普通なんだからともかく長い。

Sさんが最初にラウンドした時には、朝6時に朝食をとってから9時スタート、11時半過ぎにハーフが終わる前にお腹がすいて貧血で倒れてしまった。

だから、Sさんは食べる。
スタート前にコンビニですぐに食べる朝食用の弁当のほかに、おにぎり、饅頭、ビスケット、餅、飴、チョコレート、バナナなどを買い込んでおく。
そして、それらを1ホール終わるごとに食べる。
まずは飴やチョコレート、つぎにビスケットや饅頭、そしてバナナ...

勿論、昼食はちゃんとしたご飯ものを食べる。
そして午後のハーフ。
お菓子類を食べた後、残った饅頭やお餅を食べる...16番からの3ホールには、取って置いた長持ちする赤飯や梅干しのおにぎりでお腹をしっかりと落ち着かせてから、気合いを入れてプレーする。
おかげで18ホール、気力が途切れる事もなく少しずつ結果が出て来ている。

が、小さな事だけど問題も出て来てしまった。
他のみんなはラウンド後に風呂場で体重計に乗って、「今日は2キロも減ってる!」とか「汗かいたから3キロも減ってる」とか言っているのに...自分はいつも1〜2キロ増えているのだ。
その体重は、次のゴルフまで日にちがあいていれば元に戻るんだけど、毎週のようにラウンドしたりすると確実に増えて行く。

現実にゴルフを始めてから5年で8キロ増えている。
でも、ゴルフをプレーしているときは何かを食べながらでなくては、貧血を起こしそうで不安で楽しめない。
Sさんは、悩んでいる...「食べなくてはゴルフ出来ないし...」
「ゴルフすると太るっていうのは自分だけかしら」


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Iさんは、私よりずっと年上の、いわば人生の成功者と言えるような人だった。
特に親しい訳ではなく、仕事の関係で数回お会いし、話をお聞きした程度の付き合いだった。

ゴルフが大好きで、その頃はもう現役の仕事はリタイアしてゴルフ三昧の日々を送っていた。
仕事は後の者に譲り、自分は日本に限らずアメリカやイギリスの著名なコースの制覇を残りの人生の目標にしていて、何とも羨ましい生活だった。

話をすれば彼のゴルフ話は多岐に渡っておもしろおかしく、ゴルフに対する蘊蓄も半端なものではなく、雄弁に語るその語り口も楽しいものだった...しかし、彼のゴルフ話の最後に必ず言うのが...
「私はね、コースで死にたいんですよ。」
「畳の上やベッドの上で死ぬなんて絶対にいやです」
「私は、ゴルフをやりながら、とあるグリーン上でバッタッリ倒れてさようなら...それがいいんです」
「だから、その確率を少しでも高めようと、出来る限りコースにいるようにしているんです」

一番いい時にはシングルハンデで、それなりにいい成績も残したようだったけれど、その頃はスコアもつけずに毎日の散歩のようにラウンドしているんだとか。
楽しそうなゴルフ話で、恵まれた生活で、ずっと持ち続けているゴルフに対する情熱も冷めないで...でも、最後の話を聞くと自分の死に場所をゴルフ場に決めている...「最後の望みはコースで死ぬこと」

そんな彼が亡くなったとの知らせを聞いた時に、まず思ったのが「望み通りになったんだろうか?」

それほど親しい付き合いではなかった私が、その辺の状況を聞くことが出来たのは、それから半年経ってからのこと。
「最後はどんな風に?」
「家族みんなに看取られて、穏やかに逝かれたそうです」
「病院でですか?」
「ええ、朝に家で倒れて、入院していたとか...」
「その日、ゴルフ場に行くつもりだったみたいですよ」

Iさんの最後の望みは叶わなかったか...

...残念だったですね、Iさん。
でも家族に囲まれての最後だったら、悪く無いんじゃない?


...きっとそのとき、貴方は家族の顔よりもコースの風景を見ていたんでしょうけれど...

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気温はいったい何度くらいなんだろう。

下界では36度くらいと言っていたけれど、この低い山の中のゴルフ場はいったい何度になるんだろう。
しくじった。
日傘を忘れてしまった。

朝から2度も日焼け止めを塗り、UVカットの下着やシャツを着て、両手にグローブをつけて、つばの広い帽子をかぶり、サングラスをして...完璧だと思ったのに...日傘を忘れた。
せっかくネットで見つけて取り寄せた、軽くてUVカット、紫外線遮断率99パーセントなんてやつだったのに。

ゴルフをするたびに目に見えてシミが増えるのに気がついて、もう若くはない自分を認めざるを得なくなった。
つい最近まで自分の味方だと思っていた夏の太陽が、自分を老化させようとしている敵だって事にやっと気がついた。
つい最近まで、夏に半袖にならないオバサン達を笑っていた。
つい最近まで、夏にスカートをはかないオバサン達を馬鹿にしていた。

悪かったと思っている...若さは馬鹿さだったって。
紫外線の恐怖を自分の肌で知ってから、自分はオバサンだと開き直って、真夏でも長袖、パンツのオバサンルックを徹底しようと決めた。
馬鹿にされても、真っ白になるくらい日焼け止めを塗って、暑くったって肌は見せない。

本当は夏のゴルフなんてやらなければいいのに、生き甲斐がゴルフなんだからそれは論外。
で、こうして炎天下でもゴルフをしに来てる訳。
...ああ、日傘を忘れてしまった。

カートは遠い。

日向にあるボールは、眩しく白く光っていて、目に痛い。
たどり着いた木陰は砂漠のオアシス。
この木蔭から出てボールを打つことは、一大決心がいる大冒険。

打ったらすぐに逃げなくちゃ。
あの日の光の下から逃げなくちゃ。

カートが迎えに来てくれたら、急いで走ってすぐに逃げ込まなくちゃ...

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「なんでこんなにゴルフで辛い思いをしなければならないんだ。」
Yさんは、ここの所ずっと楽しくゴルフをすることが出来ない。

YさんとWさんは、20年ほど前にほぼ同時にゴルフを始めた。
仕事は違うけれど年は一つWさんが上で、住んでいる地域の草野球のチームで知り合った。
チームの中で若く運動神経も良かった二人は、Yさんがピッチャー、Wさんがキャッチャーでコンビを組み、チームを地区の4部から1部まで引き上げた。
そんな草野球もだんだん参加者が減ってきて活動が出来なくなり、その頃一般的になって来たゴルフに転向する人が多くなった。
YさんとWさんも、そんな人に誘われて同時にゴルフを始めた。

始めるとすぐに二人とも熱中し、運動神経の良さもあって同じように上達していった。
そして二人で平均して100を切るかというくらいになった時に「永久スクラッチ」でニギることを約束した。
「半年に一回勝負して、負ければプレーフィの全額と1万円払う」という条件。
勿論永久スクラッチでニギるくらいだから、勝負は拮抗していつも1打か2打差で決着し、勝敗も勝ったり負けたりのほぼ互角の勝負だった。
その半年に一度の勝負のために、練習し、クラブを換え、健康に気をつけ...それぞれが入会したクラブの競技より真剣になったほどだった...そして、帰ってからの居酒屋での一杯は(飲み代は勝った方が、せしめた1万円で払う)「本当にゴルフを始めて良かった」と思わせてくれるものだった。

...それが数年前から、変わってしまった。
大手の会社に勤めていたWさんが、リストラされたらしいと風の噂に聞いた。
(草野球をやっていた頃の近所付き合いの出来た借家から、それぞれ家を買って離れた場所に引っ越してしまった二人は、半年に一度会う以外の付き合いはなくなっていた。 なので、Wさんの個人的な事情は全く判らなかった...会った時はゴルフの話ばかりだったし。)
...そして別の噂では、離婚したとも、再就職に苦労しているとも...

ゴルフが勝負にならなくなった...
今は8のハンデを持つYさんに対し、以前はいい勝負をしていたWさんは100以上を叩いてしまう。
クラブもずっと変わらないし、練習もラウンドもしていないのが判るような初歩的なミスを繰り返す...
スクラッチで勝負していると、3ホールで差がついて最終的には15打以上の差が当たり前になる。

「ハンデやろうか?」
「いや、一度永久スクラッチと言ったんだから、永久にスクラッチだ。」
「でも、勝つに決まった勝負なんかつまらねえよ」
「ハンデ改正は、負けたもんが言い出したら考えろよ。負けてる俺がスクラッチだと言ってるんだからスクラッチだ。」

そういう男だった。
しかし、半年に一回といっても年に2回、負ければプレーフィで二人分の4万に宴会代の1万を百パーセント勝てる相手に払わせ続けるのは苦痛でしょうがなかった。
苦労しているであろうWさんにとってこの対戦が唯一の楽しみであるにしたって、せめて勝ち負けが判らない程度のハンデをつければYさんだってこんなに苦しい思いをせずに楽しめるのに...
もうYさんには、Wさんとの半年に一度の勝負がちっとも楽しくはなく、苦痛だった。
4年間、8回続けて楽勝してしまったYさんは、Wさんに
「今日の差の8割をハンデにしなければ、Yさんとのこの勝負はやめる」
と宣言した。

「お前は男が一度約束した事を、一方的に破るのか!」
「俺はお前と5分の勝負がしたいんだ、勝つと判った勝負はちっとも楽しくない!」
 「お前は俺を馬鹿にするのか!」

喧嘩になってしまった。
今年の勝負の約束は流れた。
Yさんは自分が男の約束を裏切ったことを自覚している。

でも、他にどうしろと言うんだ...
こんな辛いゴルフを、まだずっと続けろというのか?

以前のように、「全力を出して一打を競い合うゴルフを、Wさんとしたい」と、本当に願っているのに。

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