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近所にある打ちっ放しの練習場。
平日一時間1300円、2時間1800円なんて値段で、何時も半分以上の席が埋まっている。
普通は時々1時間の打ちっ放しに行くくらいだが、そこで珍しく2時間打ちっ放しをやっていた時の出来事。

1階の打席で30分ほど打っていた時に、二つ前の打席に4人連れの親子がやってきた。
小学校高学年くらいの男の子と、中学生くらいの女の子と40年配の夫婦。
最初は「最近多い、ゴルフの英才教育の親子か...」なんて思って、あまり注目していなかった。

それから30分くらい、男の子と女の子が交互にドライバーを打ったり、アイアンを打ったり楽しそうに練習をしている...父親は打席後ろのイスに座ったまま、時々右手で指さして何か注意しているようだ。
母親は後ろで立ったまま、黙ってそれを見ている。

...そのうちに、「あれ?」と気がついた。
父親がイスから立って打席の所に歩いていくときに、左足を引きずっている...よく見ると左手は全く動かずに、右手だけで色々教えている。

「そうか...まだ若いのに」

...それから更に30分くらい経って、子供達も一通りの練習が終わったという頃、急に父親が娘からアイアンを一本受け取った。
娘を後ろに下がらせて、自分が打席に入る。
やはり左手と左足が効かないらしく、右足に体重を乗せて立ち、右手一本でクラブを短く持っている。
振り上げて...見事に空振りした。
力の入らない左足に体重が乗りかけて前に倒れそうになったのを、右手に持ったクラブで支えてどうにかこらえた。

打席の後ろでは、奥さんが手で顔を覆っている。
子供が「お父さん、がんばれ!」と声を掛ける。
もう一度ボールを置いて、構える...今度はダフった。
それでもかろうじてボールの頭をかすめたようで、ボールは打席をころころと転がって下に落ちた。
彼は真剣な顔でまたボールをセットする。
女の子も男の子も、声を掛けて応援している。
今度は、ヘッドの先に触れてシャンクしたように右に転がっていった。

その頃になると俺以外にも、前の人や向こう側の人、通路を歩く人も彼のことに気がついていて、自分の練習をしているようなフリをしたまま彼の動きを気にするようになっていた。
彼が打つ瞬間には、周りで誰もボールを打たなくなった。
4球、5球と彼は下を向いたまま、必死の顔で右手一本でボールを打とうとする。
ろくにヘッドに当たらないショットが続いても、彼は諦めない。
子供達も諦めない。

そして、7球目だったか8球目だったか...
やっとフェースにきちんと当たったボールは、30ヤードほどの距離をまっすぐ飛んで転がっていった。
...彼ははじめて顔を上げて子供達の方を見た。
奥さんは顔を手で覆ったまま、後ろを向いた。
俺は思わず「よし!」と、声が出てしまった。
前の打席の若い男は、こちらを向いて小さくガッツポーズをした。
ちらちらとこちらを振り向いて気にしていた、向こう側の打席の男はホッとした顔をして、タバコに火をつけた。
通り過ぎようとして、つい立ち止まって見ていた人達も、ふっと笑顔を作りながら、まるで止まっていた時間がやっと動き出したようにまた歩き出した。

周囲のボールを打つ音が戻って来て、子供達もまたクラブを持って打ち出した。

...彼は足を引きずりながら、後ろを向いたままの奥さんの所に行って、右手で肩を抱いた。