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その人は紳士だった。
腰は低く、いつも微笑んでいてマナーも良く、ルールは決して破らず、アンフェアなことはしない人だった。

数年前のオープンコンペで会ったMさんは、年は60年配、誰もが好感を持てるようなゴルファーだった。
腕はアベレージくらいかなあ...ボギーペースでラウンドするくらいの腕かな、と感じた。
まあ、ボギーペースで回るって事は、一ホールで1−2回はミスをするって事なんだけど。

はじめに気が付いたのは、2番ホールのグリーンで。
1メートルほどのパーパットを外したときに、その人はボールを拾い上げた後、表情はにこやかなまま、無言で自分の靴のソールの横のところを「バンッ」と叩いた。
次のホールでも短いパットを外してダボにしたとき、やはり表情は変えずにさっきより強めに、自分の右足の靴をパターで叩いた。
気がついてしまったものだから、なんだか気になって、つい彼の打った後の仕草に目がいってしまう。
どうもミスショットをすると、自分に腹が立って靴の底の皮の部分をクラブで叩くのがクセらしい。
パットのミスならパター、アイアンのミスならアイアンで。

それで、つい興味が湧いて、ドラーバーでミスをしたらどうするのかこっそりと見ていた。
するとドライバーでミスをしたら、誰も見ていないのを確認して、クラブを逆さにしてグリップのところで、帽子を被った自分の頭をびしっと叩いていた。
自分でもやってみたけど、靴の横のソールのところとか、帽子を被った頭をグリップで叩くなんてのはそんなに痛くはなかった。

その日のラウンド...Mさんはかなり調子が悪かったらしい...ダボが続いて、相変わらず表情はにこやかだったけど、靴を叩く音は段々大きくなっていった...

最初の事件は、午後の14番ホールで起きた。
短いパットを「お先に」といって打ったが、それが外れた。
残ったボールをタップインしてカップから拾い上げた後、他の人のパットの邪魔にならないようにグリーンから出て、ポールを持ちにいくときに...こっそりと、しかしかなり強めに自分の靴を叩くのを見た...が、いつもの低い「バシッ」という音が聞こえなかった。
俺も自分のパットの順番の前だったので「?」と思ってそっと振り返った...そこに、全く動かずに固まってしまったMさんを見つけた...横顔だったけど、口を開いたまま目をつぶっている。

...次のホールに向かうとき、Mさんは一番後ろを微かに片足を引きずりながら歩いていた。

次のホールのティーショットの時には、Mさんはいつものにこやかな表情をしていたけど。

そして17番。
見た目ははじめと全く変わらない雰囲気のMさんだったけど、かなり頭には来ていたんだろうと思う。
ティーショットは大きくスライスして右の林。
2打目を打とうとして、クラブが木に引っかかって空振り。
3打目が出すだけ、4打目が大ダフリ...
そこで他の人が第2打目を打っているとき、Mさんが自分の頭をクラブでひっぱたくのを見てしまった。
「あっ、でも、それは!」
俺は自分のボールを打つのも忘れて、声を出してしまった。

5打目でグリーンに乗せて、パターを取りに来たMさんの帽子の下から、血が一筋流れていた。
「あの、血がでてますけど...」
「ああ、これ...さっき林の中で木の枝に引っかかってしまって..」
と穏やかに話すMさん。

でも、俺、見てしまった。
よっぽど腹が立ったのか、いつものようにクラブを持ち替えてグリップで頭を叩くんじゃなくて、そのままヘッドの方で頭を叩いたのを。

...痛いゴルフだった...見ていた俺も痛かった。