ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

カテゴリ: ゴルフな人々

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Kさんは77歳。
数え年の喜寿祝いは、もう過ぎた。

40歳から始めたゴルフは、「堅物」と言われた自分に長い年月楽しめる殆ど唯一と思われる「娯楽」をもたらしてくれた。
見合いで結婚したとはいえ、「当たり」と思うしかない性格の良い女性と結婚出来て、殆ど女遊びをした事はなかった。
ギャンブルも好きになれなかったし仕事も真面目に勤めたので、ゴルフのわがままと毎日の晩酌はずっと大目に見てもらって来た。

...まだそれほどゴルフが普及してなかった時代、会社関係の付き合いで近場のコースの会員権を安く購入出来て、ゴルフに熱中出来る環境は運良く簡単に整った。
それからずっと週2回の練習と、週1回のラウンドは欠かした事がなく、打ち込んだ時間と費用の分、腕も上達した。
始めて4年でシングルハンデになり、50歳の頃には6まで行った。
しかし、5からのハンデは遠く高い壁となり、それ以上のハンデ削減はならなかった。
倶楽部の月例には、何度も優勝した。
クラチャンは、ちょっとレベルが違い過ぎて問題外だったが、理事長杯はアンダーハンデ競技なのでハンデ9の時に一度だけ優勝出来た。
シニアやグランドシニアでも優勝出来た。

そんなKさんは、自分のゴルフ歴がそろそろ終わりに近づいている事を感じている。
と同時に、自分のゴルフ人生の最後の目標、自分のゴルフのクライマックスのチャンスが近づいて来ているのも感じている。
そしてそれが達成出来れば、そこが自分のゴルフ人生の頂点、ゴルフライフの「フルコンプリート」だとも思っている。
それは、「エイジシュート」。

ホールインワンはラッキーにも2回経験出来た。
パープレーも何度か出来た。
自分がゴルフを始めた時に、達成したいと思った目標の最後の一つがエイジシュート。

なんと言っても、自分が年を取るのと、その年と同じか少ないスコアを出すのとは、微妙な年齢と時間との競争なのだ。
今のKさんにとって、最も可能性があるスコアは、80。
バーディーパットやロングパットが奇跡的に入ったとして、微かに可能性があるのは78。
...ただし条件は、「短い距離のコースで」だ。
自分のコースの「シニアティー」で、ラッキーが続いたときか、近隣のずっと短い距離のコースで「うまく行った時」なら可能性はあると思っている。

今が77歳。
80を過ぎて、自分が今より元気で腕が良くなる訳はないと思っている。
懸命に身体の状態を維持して80まで。
...だから、命がけの目標は、この3年でそれぞれ78、79、80かそれ以下のスコアを出す事。

ゴルフ人生の最後の目標に向けて、Kさんは今、試合を待つサムライの気持ちでいる。
これだけ高ぶる気持ちが嬉しい事は、しばらくなかった事。
さあ、これから3年は渾身のラウンドだ。

いざ、勝負!

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Nさんは39歳、美容師としてそれなりの自信は持っている。
24歳で一度結婚したが、33で別れた。

別れることになった理由はいろいろあった。
夫の暴力、女性関係、美容師である自分の収入への甘え...等々、穏やかな結婚生活とはほど遠い暮らしが2年程続いた後、自分が夫と暮らしたマンションを出て、別れた。

ゴルフは、夫との仲がうまくいかなくなっていた31歳で始めた。
同業の友達に勧められて始めたゴルフには、すぐに夢中になった。
もともと学生時代から球技は好きだったので、ゴルフの面白さがすぐに理解出来たからかもしれない。
夫とのうまく行かない生活も、ゴルフの練習をやっているとみんな忘れられた。
仲間との月に一度のラウンドが生き甲斐になった。

夫と最後の時、「別れてどうするんだ。俺ぐらいしかお前の相手なんかする奴はいねえだろうが!」
「ゴルフだ〜!そんな無頼な生活が続けられる訳ないだろう」
「でも、あなたといるよりゴルフをしている方がずっといい」
売り言葉に買い言葉だった。

...それから、ずっとゴルフをしている。
いくら懸命に集中してやったにしても、本当の試合に出て予選を通ったり、優勝を狙う、なんてレベルになるはずはないんだけれど、安く買ったホームコースでハンデが少なくなって行くことが、少し前迄「生き甲斐」ともなっていた。

ただ、美容師という仕事のために日曜日が休めず、ホームコースの月例に出ることが出来ない。
ハンデを縮めるためには、休みが取れる水曜日に開催される「平日杯」に出るしかない。
しかし、その平日杯は年に6回しかないために、自分の努力の結果が報われることは少なかった。

それで、2年前から楽しみの中心となっているのがオープンコンペ。
水曜開催のオープンコンペを探して、そこに一人で参加するようになってからまたゴルフの楽しみが一段と深まった。
遊びのときより緊張感があるし、スコアが良ければ結構入賞するし...優勝したことも1回ある。
女子だけ別の表彰をする所では、女子のベスグロなんていうのもとれた。
賞品も「グルメ」のときは嬉しいし、ゴルフ関係のときは中古クラブ屋に売ったりして、次のラウンド費用に出来るし。
今は、殆ど毎週いろいろなオープンコンペに参加して、いつでも女子の部のベスグロ狙い...そうなってみると、自分は別れた夫の言ったような「賞品稼ぎの無頼の人間」になって来たのかもしれない。

それに、最近オープンコンペでもう一つ楽しみが出来た。
もう3回顔を合わせた、50年配の中年の男だ。
最初は同じ組になって、その大人の紳士然としたプレーに魅了された。
腕も、ハンデ8くらいだろうか...切れのいいアイアンが格好いい。
自分のショットを良く見ていて、いいショットには小さな声で「グッドショット!」と褒めてくれた。
あと2回は別の組だったが、顔を合わせた時に挨拶してくれて少し会話が出来た。
ひげを生やした渋い男...多分同じように水曜日が休みの仕事か、あるいは時間が自由になる仕事か...
何かの縁で、もっと親しくなれればいいとは思う。
結婚したいかどうかは置いておいて、いつも一緒にゴルフを出来ればと思う。

今度申し込んだオープンコンペでも、やはり自分はその男を捜すだろう。
そんな気持ちも、自分が「無頼」の女だからなんだろうか。

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もう15年くらい前になる。
その男は「私、もうすぐ50歳になるんですよ」と、言って来た。

S県のS新聞社杯の予選。
偶々自分は朝一のティーショットがうまく行き、1番ロングをツーオン出来てバーディーと幸先良いスタートを切れた。
そのまま、何となく流れが良い方に傾いて、アウトを1オーバーでまとめることが出来た。

同伴競技者3人のうち、二人はまだ30代の陽に真っ黒に焼けたバリバリのアスリート風。
残りの一人は、小柄で細身のいかにも真面目なサラリーマン風の、でも日にはしっかり焼けている中年の男だった。

その中年の男が、昼食の時に語りかけて来た。
「競技に挑戦して5年くらいなんですが、まだ一度も予選通ったことがないんです」
「出来る限りのこと、やっているつもりなんですけど...」

いかにもゴルフ慣れしている若い二人と比べて、彼のスタイルは何となく似合っていなかった。
クラブも古いものだったし、どちらかと言うと「初心者向き」なんてタイプで、高いものではなかった。
「私、こういうスクラッチの試合の予選を通るのが夢なんですよ」
「30で始めたゴルフなんですけど、ゴルフが好きになっちゃって...」
「なんかの試合でちゃんと予選を通るまで、ほかのことは後回しにする、と決めたもんで」
「...でも、まだ一度も予選通っていないんですよ」

収入のほとんどをゴルフにつぎ込んでいるために、結婚もまだしていないと。
こういう試合の出場資格を得るためのハンデが必要なので、安い河川敷のコースの会員権を買って、シングルにはなれた...でもそのおかげで貯金もない、と。

何ともスマートではないけれど、変則スイングではあるけれど、彼のゴルフは大した破綻をすることもなくフェアウェイキープ、パーオン、ボギーオンを繰り返し、パット次第でパーかボギーとなっていく。
しかし、アプローチのミスで、ショートパットのミスで、一つ二つとオーバーが増えて行く。
飛ばない分、バーディーチャンスにつくことはあまりなく、常に拾いまくる厳しいゴルフとなっているのが判る。
そうしてハーフが終わると、やはりスコアは40前後に収まってしまう。
...80ではこういう試合は通らない。

「私は、出来る限りのことをしてるんですけれどねえ...」
試合中なので、もちろん技術的な話などしなかったけれど、彼の溜め息が心に残った。

後半崩れかかった自分は、最終ホールのバーディーで予選を通ることが出来た。
しかし、彼は81。
カットは78だった。

予選が終わった後、彼が「コーヒーでも一杯」というのに付き合った。

「今年はこの後、新聞社系の試合に二つ出るつもりです。」

「なんだかゴルフの目的が、人生の目的になっちゃったみたいで。」

「ええ、予選通るまで絶対にやめませんよ。」

「私、人生だって予選だって、絶対に白旗あげませんよ」

「予選通ったら、嫁さん見つけたいし」

「あなたのゴルフが羨ましかったんで、つい声をかけました。」

あれから15年くらい...その後すぐに競技ゴルフをやらなくなった自分は、その後彼に会うことはなかった。

しかし、今でも時々彼を思い出す。
「あなたのゴルフが羨ましかったんで...」

...彼はもう予選を通って、嫁さん見つけて、違うゴルフを楽しんでいるだろうか。

それとも...

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オープンコンペで出会ったTさんは、いかにも生活の苦労とは関係ないような、清楚な雰囲気さえ残したアラフィフと思われる年配の美しい女性だった。
オープンコンペに出るのも2度目だそうで、まだいろいろな所が慣れていないらしく、遠慮しすぎるような態度で回りに気を使っていた。

普通オープンコンペに一人で参加するような女性は、「勝ち気で男勝り」という感じの人が多く、控えめではあってもゴルフに燃えているのが判るような強そうな人が多い。
それに比べて、まるでおどおどして気弱に見える程遠慮がちにプレーする、一人参加の女性は珍しい。

何となく気になっていろいろと声をかけてみると、彼女の事情が判って来た。

Tさんは、先月から月に一回オープンコンペに出るようになったという。
「ゴルフが今の唯一の趣味ですし、本当に大好きなので月に一度はプレーをしたいんです。」
「会員権を持っていないので、なかなか一人でコースに行けませんし」
「夫は仕事関係のゴルフで忙しくて相手をしてくれません」

「それに、ゴルフ仲間と別れてしまったもので...」

それとなく聞いてみると、つい先頃までは彼女は3人のゴルフ仲間とゴルフを続けて来たという。
練習場の教室などで知り合ったゴルフ仲間で、腕も似たようなもので、この10年くらいはいつもその4人でラウンドして来たのだと。
ゴルフ以外でも、昼食を一緒にとると言って、夕方までファミリーレストランで話を弾ませたり、美術館に4人で行ったり...
ゴルフはそれぞれがいいコースや安いコースの情報を持って来て、侃々諤々の議論の後なるべく近くて安いコースを決めて、平日に4人で出かけていた。
ラウンドが終わると、皆が住む町の近所のファミレスで結構遅くまで、その日のラウンドやそれぞれの家庭の話や、近所の人の噂話で盛り上がり本当に楽しかった。
...その仲の良かった4人が別れてしまったのは、付き合い始めて10年くらい経ったからと企画した、一泊2ラウンドの旅ゴルフが原因だった。
少し遠く離れた評判のいいゴルフ場をラウンドした後、旅館に泊まり、時間を気にせずに盛り上がろう、という予定だった。
一日目、楽しいラウンドが終わった後、ゆっくり風呂に入り、旅館の豪華な夕食で「今日のラウンド」を肴に盛り上がった。
家のことを心配しなくていい、旅先の自由時間だ。
9時を回った頃、一人が「家ではいつも9時に寝て5時前に起きているから」と、「もう寝る」と言い出した...折角の旅先の自由時間、もう少し話をしようと言う3人に、その一人は「もう眠いから」と譲らなかった。
それでは、と他の場所に移って続きをしようと3人は部屋を出たが、どこも結構お金がかかるために結局しらけて部屋に戻ることになった。
一人は腹を立てて、残ったお酒をみんな飲んで、したたかに酔っぱらった。
そして朝になり、早起きする一人は4時過ぎからバタバタとし始めた。

「こんな朝早くから、バタバタすることないでしょ!」
「静かに寝させてよ!」
「夜遅くまで酔っぱらって騒いでいたのは誰よ!」
「折角旅行に来たのに、なんで一人だけ早く寝ようとするのよ!」
「そっちだって、誰よ! いびきがうるさくて寝られなかったわよ!」
「本当に! あんな大きないびき、聞いた事が無いわよ!」
「あたしじゃないわよ!」
「じゃあ、誰がかいたのよ!」
...

今までに、無かった言い合いになった。
大喧嘩にはならなかったが、みんなしら〜っと旅行気分が冷め、気まずい思いだけが残ってしまった。

その日のラウンドは、いつものような笑い声も軽口もなく、異常に静かなつまらないラウンドだった。

その旅行の後、4人でゴルフへ行くことはなくなった。
旅館での言い合いと、あのしらけたラウンドの記憶が一緒に行く気を萎えさせた。

Tさんは、3ヶ月もするとラウンドをしたくてしょうがなくなった。
が、どうしても3人に連絡を取ることが出来なかった。
...それで一人でもラウンドしようと考えたのが、オープンコンペの参加だった。
まだ2回目だけど、オープンコンペの緊張感や出会いの面白さが判りかけて来ているそうだ。

「でも、折角のゴルフ仲間、そのまま終わってしまうのはもったいないですねえ。」
「少し経ったら、電話してみたらどうですか?」

清楚な面影を残した奇麗な顔立ちのTさんは、少し顔を赤くして下を向いた。
「実はみんなが寝不足になった原因のいびきは、私なんです。」
「疲れると、大きないびきをかくと子供に言われました。」
「なんだか皆に申し訳なくて、私から連絡出来ません..」

...そうなんだ。
あんな麗人のような女性でも、大いびき....そして「いびきで消える10年越しのゴルフ友達」か...

あ〜あ、人生、みんないろいろと大変なんだなあ。

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きっかけは、自分のオーバースイングを笑われた時だった。

...Tさんは、運動は好きだったのに運動神経には自信が無かった。
小さな時から、野球でも卓球でもテニスでも、一生懸命やっているのにいつも補欠にしかなれなかった。
試合になると応援部隊の一員として、声をからして応援するしかなかった。
いつも晴れ舞台で脚光を浴びるレギュラーの仲間達が眩しくて、自分もそうなりたいと努力を惜しまなかったつもりだが、それ迄の人生で報われたことは一度もなかった。

それがゴルフを始めて、初めてそういう「レギュラー」と同じ土俵に立てたと思った。
補欠で試合に参加出来ない立場では無く、自分にも必ず出場機会が与えられる初めてのスポーツだ、と感じた。
仕事に必要で始めたゴルフに、すぐにハマった。
そして自己流で努力を重ねた結果、ほかの人達と対等の立場で話が出来る(と思っていた)「90」前後のスコアで回れるようになっていた。
自分の打順になると、気分は甲子園の打席のバッターだった。

・・・ところが、その頃から「ちょっとオーバースイングだね」と言われるようになった。
100を叩いていた頃は誰も何も言わなかったが、90を切るようになるといろいろな人が「ちょっとスイングがねえ...」と言い出した。
Tさんにとって、自己流のゴルフスイングは「十分に身体を回して、思い切り振る」つもりでいるだけなのだが、確かにトップで自分の左足のそばにクラブヘッドが見える。
スタートホールでやっている連続写真を買ってみると、クラブヘッドは殆ど地面につくくらい真下を向いている。
「80そこそこで回れるようになって、このスイングは格好悪い」...そう思ったTさんは、自分のオーバースイングを直そうとした。

左手が曲がっているからだ。
コックが遅いからだ。
腰が回り過ぎているからだ。
体重が左足に乗っているからだ。
タイミングが遅いからだ。
グリップが緩むからだ。
....

オーバースイングになる理由は沢山あるのが判った。
しかし、一つ一つ自分で直してみようと練習しても、いざボールを前にしてスイングすると...相変わらずクラブヘッドは自分の左側で地面を挿しているのが見える。
「才能が無くても努力だけは負けない」と自負するTさんは、来る日も来る日も練習場で自宅でオーバースイングを直そうとして、試行錯誤を繰り返した。

そのうちにスイングがぎこちなくなったのを感じ始めた。
そして、あるコンペのスタートホールで...スイングが出来なくなった。
左腕が地面と平行になる迄は、クラブをあげていける。
しかし、それ以上腕が上がらない。
自分でも不思議なくらいにそこで腕が動かなくなる。
無理矢理そこから腕を上げようとすると、身体がぎくしゃくして振り下ろせない。
汗だくになって、何度も腕を上げようとしたあと、Tさんはそのコンペで棄権した...

練習場ではなんとか腕が上がってボールを打つ事が出来るのだけど、コースに出るとまるで魔法にかかった様に体が動かなくなる。
思いあまって、練習場のレッスンプロに相談すると「多分スイング改造を気にするあまりに、スイングのイップスになったんでしょう」
「心の問題が大きな原因なのですぐに治る様な即効薬はありませんから、焦らずに時間をかけて治しましょう」...そう言われて、思い当たる事は多かった。

Tさんは、その後しばらくゴルフをやれなかった。
しかし、ゴルフをやりたい気持ちは強くなる一方で、なんとか普通にスイングを出来るようにイップスを治して、またラウンドしたかった。

Tさんが苦労に苦労を重ねて、なんとかコースでもスイングを出来るようになって、再びボールを打てたのは3年半後だった。
...両手を離してグリップして、野球のように打つ。
上に上げる感覚では無く、横に振る感覚。
体重移動も回転も考えない。
ボールは両足の中間に置き、左手であげて右手で引っ叩く。
こういう意識で、トップを考えずに済み、クラブを振る事が出来るようになった。

もちろん、なかなか満足するようにはボールに当たらずに飛距離も出なくなったが、とりあえずまた100を切ることが出来るようにはなった。
一緒に回る人達は一瞬ぎょっとするようだけど、ボールが前に飛べば感心してくれる。

以前のオーバースイングと言われていた時のスコアはまだ出せないが、ゴルフをまた楽しめるようになったのが今は嬉しい。
自分は「一生懸命」しか取り柄がないんだから、オーバースイングもイップスもしょうがなかった。

今のスイングはそんな自分の「精一杯」。

自分のゴルフ人生に、もう恥ずかしさも悔いも無い。

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Rさんは今年で65歳になるが、毎週末自分で車を運転して70キロ離れたホームコースに一人で出かける。
土曜日の朝か昼前に出かけて、ラウンドしたりハーフだけ回ったりしたあと、馴染みの小さなホテルに泊まる。
以前ロッジがあった時にはそこに泊まったのだが、今はロッジが無くなったのでコースの提携ホテルだ。
日曜日は朝からいつもの知り合いのメンバーと回るか、競技の時にはBクラスで参加して楽しむ。

もうそんな生活を25年以上。
酷暑の日でも厳冬の日でも欠かさず通っているので、知人達がみんな呆れているのは知っている。
...幸せだと思う。
6年前に亡くなった夫が事業を成功させて、生活の心配は全く無い状況にしてくれた。
毎週ゴルフに行くくらいじゃ、経済的には何の影響もない。
問題はむしろ自分の体力だが、毎週ゴルフをプレーして来たためか、片道70キロの運転も1ラウンドや2ラウンドのゴルフは全然平気だ。

本当はもっと近いコースに入ればいいんだろうけど、25年以上所属しているこのコースには仲の良い知り合いも多く、コース側も毎週必ず来る自分にいろいろと気を使ってくれているので、非常に居心地がいいのだ。
近くのコースに入ろうと思えば入れるが、また一から人間関係を築き上げるには、自分にはちょっと時間が足りないと思っている。

腕は良くて80台、叩けば100に届いてしまうのが最近ずっと変わらないが、誰もが自分とラウンドするのを喜んでくれるのが嬉しい。
これは、夫が「ゴルフを始める際に、3つの事だけ守れ」と言ってくれたことを、忘れないで守っているからだと思う。

「1・ボールに触らない。
2・速く打って、速く歩く。
3・言い訳しない。」
「これだけ守っていれば、あとは忘れていい。」と夫は言ってくれた。
そんなことを最初に言われたので、自分は嫌われずに今迄ゴルフを楽しんで来られた。
...幸せだったと思う。

夫と一緒にゴルフをしたのはほんの1年くらいで、あとは夫が買ってくれたこのコースに一人で来るようになった。
子供が出来なかった自分には、ゴルフをする時間は十分にあったし。
夫は仕事が忙しそうだったしほかに女が出来ているようだったけど、自分は毎週このコースに来てゴルフをすることが楽しかったから、あまり気にはならなかった。
自分は、確実にゴルフが上手くなることが幸せだったし、ゴルフ仲間がこのコースで増えて行くのも幸せだった。

夫が亡くなった時には悲しかったが、夫と付き合っていた女性の子供が夫の会社に入っていて、夫のあとを継いで会社経営に携わるということで、混乱も無く事態は落ち着いて過ぎて行った。
ほかの女性との間に出来たという子供が立派な男で、自分の生活に何も心配がないように気を使って(多分夫の要望もあったんだろう)遺産を整理してくれて、生活も毎週末ゴルフに行くことも変わらずに今日迄来ている。
...本当に、自分は幸せだと思う。

なによりも今のコースで居心地がいいのは、夫が最初に言ってくれた「ゴルフの3訓」を自分が守っているからだと思う。
知り合いはもう慣れたようだが、始めて一緒になる人は自分のプレーの速いのに必ず驚く。
どんなときでもノータッチ。
素振りを一回して、ボールをセットしたらすぐに打つ。
打って結果が良ければにっこり笑い、ミスだったらすぐにカートに走って次のショットの準備をする。
それだけでみんなは感心してくれる。
自分がそういうゴルファーになれたのが、幸せだと思う。

70キロを走る運転も自分は好きだ。
都会から田舎への風景の変化は、何回来ても毎回違う感動がある。
行く道では、これからのゴルフを想像し、期待し、夢を見る。
帰り道では、反省し、後悔し、次回のゴルフを考え、人生を考える。

そして、やっぱり、自分は幸せだと確認する。

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Mさんは、スラッガーだった。
プロにも目を付けられていた程のホームランバッター。
内角球はもとより、外角に外れる球迄無理矢理引っ張ってレフトフェンスを越える、典型的プルヒッター。
ただ、つぼにはまるととてつもないホームランを打つが、三振も多い荒っぽさがプロへの道を阻んだ。
左にしか打てないバッター...ある程度のレベル迄来ると、いいピッチャーには簡単に料理されるバッター...20代半ばでプロの道は諦めた。

それからしばらくの時間スポーツをすることはなかったが、30を越えてゴルフをする機会があり...たちまちのめり込んだ。
180センチを軽く越える身体と、野球で鍛えた体力がまだ十分残っていて、当たれば三百ヤードショットとなった。
同伴競技者が腰を向かす程驚くのが快感となり、練習にも身が入ってすぐに上達して行った。
2年でシングルになった。
...しかし、そこで壁に当たった。
ハンデ9にはなった...しかし、常に70台のスコアが出ない。

原因はドライバーだった。
野球のバッティングでは、身体は足首の回転から始まり、膝、腰、肩、手の順で回転して行く。
肩を回転させておいて、最後にバットを手首で強烈に返して行くのが、プルヒッターだった彼の身体が覚えた野球の「スイング」だった。
ゴルフでもその身体に染み付いた動きの癖は抜けなかった。
どう練習しても(意識的なハーフショット以外は)、肩が早めに開いてそれから手が強烈にクラブを振りに行く。
タイミングが合えば三百ヤードを軽く越えるけれど、少しでもタイミングが狂うと右左に強烈に曲がる。
...悩んだ。
無理矢理肩を開かないように意識してスイングすると、250ヤードも飛ばない上に、引っかけが出る。
少しでも振りに行くと、悪い癖が出てボールが暴れる。

本も読んだし、レッスンプロにも相談した。
三年、努力を重ねた後、諦めた。
Mさんは、それ迄使っていたクラブをみんな捨てた。

...そして、左用のクラブを買った。

「自分の運動能力なら、絶対に3年で上手くなる。」
「悪い癖のついていない左でのスイングなら、右で壁に当たったハンデより上手くなれる。」
そう考えて、グリップから作り直す事にしたのだ。
はじめはボールに擦りもしない空振りからだったけど、身体の動きは新鮮だった。
今は1年目が終わる所...90前後のスコアで回れるようになった。
まだ右の時程の飛距離は出ていないが、右の時よりずっと曲がりの少ないボールが打てている。

面白い。
ゴルフは本当に面白い。
こんなに新鮮な気持ちで挑戦しているのは、中学で野球を始めたとき以来。
もう40になるのに、今は少年の時のように練習して自分のものになる「全て」に、興奮がなくなることはない。
光は見えている...より明るい光のもとへ、崖を登るMさんの気持ちはへこたれることはない。


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Nさんは、長く付き合って来た男と別れようとしている。
特に決定的な事件があった訳ではないが、10年以上付き合って来た男に物足りなさが増して来た結果、出て来た「気分」だ。

男は特にハンサムでもなく、特に稼ぎがいい訳でもなく、特に感性を刺激する訳でもなく、特に好きな訳でもない。
10年以上付き合って来たのは、特に悪い所がある訳でもなく、特に鈍感である訳でもなく、結局特に嫌いな部分がなかったからだろう...積極的に出はなく消極的に「別に嫌いではない」という理由が大きかったような気がする。

Nさんの今の生活は、仕事はある程度責任ある立場を任されてそれなりに充実しているし、飲んだり喋ったりする仲間もいる。
趣味の方では、男と付き合い出してから誘われて始めたゴルフが気に入って、月に2回はラウンドして楽しんでいる...というより、最近はその2回のラウンドが面白くて、結構仕事以外の時間はゴルフに気持ちが行っている、と自覚している。
取り立てて目立つことのない相手の男に、唯一ほかの男達より優れているとNさんが感じているのが、そのゴルフ。
若い頃の一時期熱中したと言う彼のゴルフは、時々曲がって大叩きすることはあるが、総じてスピーディーで気持ちがいい。
殆ど素振りもせずに淡々と、当たり前にあるがままにプレーして行く彼のゴルフは、彼のほかのどんな時よりも格好いい、とは思う。

...しかし、何とははっきり言えない物足りなさが消えることはないので、最近のNさんは「もう潮時かな..」なんて考えていることが多い。
そろそろ彼と、その辺のことをはっきりさせようと、いつそれを言い出そうか考えている時に...男がNさんに言った。
「これ、君へのプレゼント」
「いつまでたってもグリーン周りのアプローチが上手くならないから、今度からこれを使えばいい」
「これはチッパーって言って、グリーン周りからパターのように打つだけでいい」

まるでパターにロフトがついたような形をした、きれいなクラブだった。
(別れ話をしようとしたのを、薄々感じたのかしら)

次の仲間とのゴルフの時に、その「チッパー」とやらを使ってみた。

寄る...嘘みたいにピンに寄る。

今迄はあいつが言ったみたいに、ショットは大分良くなって来たのにグリーン周りが苦手だった。
パターを使えば大ショート、ウェッジを使えばザックリ、アイアンを使えば大オーバーと、何をしてもダメな状態だった。
それがこのチッパーとやらは、パターのように振るだけでポンとボールが上がり、グリーンに乗って転がってピンによって行く。

「くそ! いいじゃない、こいつ...」
これじゃあ、このチッパーが役に立つ限り、あいつに別れ話をしづらくなる...

「愛のチッパー、君の役に立っただろ?」

そう言うあいつの顔が、目に浮かぶ。

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Mさんのゴルフ歴は、ほぼ40年になる。

その40年の間に、ドライバーやアイアン、ウェッジなどは数えきれないくらい買い替えて来た。
しかし、Mさんはパターだけは一度も変えずに同じものを使い続けている。
そのパターは、当時ゴルフに熱中していた叔父からプレゼントされた、ピンアンサーのカースティンCo。
特に高価で珍しいものではないが、安物でもないと言われたものだった。

40年の間、それなりにゴルフに熱中して、時間も金も使って来たけれど、Mさんの腕はそれほど上がった訳ではなかった。
もう20年近く前にクラブハンデが10になってから、ずっとそのまま。
もっとも、あまり下がることのないクラブハンデだから10だけど、近頃のスコアをJGAハンデで計算したら17ー18くらいになっているはずだ。
腕が上がらなかった原因は、パワー不足....身長が170センチに届かないMさんは、飛距離が絶対的に足りない、と思っている。
いろいろと身体を鍛えようとした時期もあったが、それで飛距離が延びることはなかった。
ドライバーで180ヤード程...殆どのホールでパーオンすることはない。

しかし、Mさんがゴルフの情熱を燃やし続け、またMさんのゴルフがそれなりに周りに認められているのは、グリーンに乗ってからが凄かったからだ。
ワンピンならほぼ100パーセント入れる。
10メートルでも、半分は入れる。

Mさん自身、ゴルフを始めたときからパットは得意だった。
叔父から貰ったピンアンサーは、まだビギナーのときから自分の願いを良く聞いてくれた。
まるで、自分の手で打つように、ボールをカップに向けて転がしてくれる。
ピンアンサーを持って、腰を低くしてラインを読むと、ラインが決まるとピンアンサーが「よし、それでいい」と答えてくれるのだ。
そうして気持ち良く意見が一致したパットは、自分が打ち損じない限り、まず入る。
はじめは「まぐれだ」と言っていた仲間も、今ではMさんの神懸かり的なパットの上手さだけは認めている。
残念なのは、そうしたパットが殆ど「パーパットやボギーパット」であるということ。
Mさんだって、「パーオンしていればバーディーや、もっと飛んでいればイーグルだって沢山とれただろうに..」とは思うんだけれど、そう上手くは行かないのがゴルフなんだろう。

パターは、何度か最新の人気モデルを借りて使ってみたけれど、どれを使ってもピンアンサーのように読んだ道に答えてくれるものはなかった。
...Mさんは残りのゴルフ人生も、この1本のピンアンサーと共に過ごすと決めている。

ただちょっと心配なのは、最近老眼と乱視が酷くなって、ボールとカップの関係が良く判らなくなって来ていること。
だから、「このラインだろう」と思ってピンアンサーを構えても、ピンアンサーが「その道じゃあない」と納得していないような気がすることが多くなった。
そんな時はまずカップインできない。
ピンアンサーのためにも、老眼と乱視を矯正するゴルフ眼鏡が必要と考えている今日この頃だ。

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Kさんの所属するサークルの、ベテランの会員Tさんがサークルをやめることになった。
穏やかで優しい人で、サークルの中では若い方でスコアも悪いKさんにとっては、頼れる先輩でもあったし気の合う仲間でもあった。
Tさんのゴルフはいつも100前後と特別良い方ではなかったが、楽しそうなプレー態度と正確なルールやマナーの知識で、Kさんはゴルファーとして尊敬していた。

二月に一度のサークルのコンペには必ず参加して、コンペのない月には旦那さんといろいろなコースをプレーしていたと言う。
Tさんの旦那さんはそれなりに上手い人で、ゴルフのマナーとルールは旦那さんに教わったと言っていた。
クラブは十年くらい前に、旦那さんの退職金で買い揃えたというウッドセットとアイアンセットをずっと使っていた。

そのTさんの旦那さんが、昨年亡くなった。
それ以来、サークルの練習にもコンペにもTさんは来なくなった。

半年程過ぎたある日、Kさんの所にTさんが訪ねて来た。
今の家を売り払って、関西にいる息子夫婦の家の近くにアパートを借りて住むことになったと。
元々関西出身で、夫の転勤で東京に来て、そのまま家を買って長く住んで来たが、夫が亡くなった後子供達が一人暮らしを心配していて、いろいろと話し合ったの結果そう決めたとのこと。
長男夫婦の家の近くというのも、共稼ぎのため子供の育児を手伝って欲しいと頼まれたことが一番の理由で、しばらくは育児で忙しくなるらしい。

「それで、長くサークルでゴルフを楽しませてもらったので、サークルの人に挨拶しておこうと思って..」
「中でもあなたには親しくしてもらっていたので、何かお礼をって思ったんだけど...」
「こんなものしか思い当たらなかったの..」

両手で手渡してくれたのは、小さな小物と小さな箱と小さな缶。
「私のゴルフ道具はどれも十年以上前のもので古いし、若いあなたには合わないしで...」

小さな箱は今評判の女性用ボール1スリーブ。
「これ高いボールだったので、いつかちゃんとしたコンペの時に使おうと持っていたんだけれど。」

小さな缶の中には、カラフルなティーが一杯入っている。
「ちょっと前にあんまり色が奇麗だから買っておいたんだけど、使わなかったから。」

小さな小物は、奇麗な色に光り輝くクリップマーカーが一つ。
「このガラスのはスワロフスキーので、あたしの一番のお気に入りだったの。」
「私の大事なお気に入りだったから、是非あなたに使ってほしいと思って...」

「うちの主人が死んでからいろいろ考えて、ゴルフはもう卒業することにしたのよ。」
「これからは年金と貯金で暮らして行かなくちゃならないし、孫の育児の手伝いで忙しくてゴルフをやる余裕はもう無くなるから。」

もう古いクラブは中古屋に売って処分して(数千円にしかならなかったそうだ)、キャディーバッグも燃えないゴミで出してしまった、と。

「今迄とっても楽しかったわ」
「私のゴルフは主人と一緒に終わったのね。」
「捨てられなかった小物をあなたに貰って頂ければ、私は思い残すこと無く関西に行けるわ。」

「どうもありがとう。 あなたと一緒に遊んだゴルフは本当に楽しかったわ。」

...ボールとティーとクリップマーカーと。

小さなスワロフスキーのクリップマーカーは、まるでダイヤモンドのように輝いている。

Kさんは、次のゴルフの時からずっとこのマーカーを使い続ける、と確信している。

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