ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

カテゴリ: ゴルフな人々

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Kさんの所属するサークルの、ベテランの会員Tさんがサークルをやめることになった。
穏やかで優しい人で、サークルの中では若い方でスコアも悪いKさんにとっては、頼れる先輩でもあったし気の合う仲間でもあった。
Tさんのゴルフはいつも100前後と特別良い方ではなかったが、楽しそうなプレー態度と正確なルールやマナーの知識で、Kさんはゴルファーとして尊敬していた。

二月に一度のサークルのコンペには必ず参加して、コンペのない月には旦那さんといろいろなコースをプレーしていたと言う。
Tさんの旦那さんはそれなりに上手い人で、ゴルフのマナーとルールは旦那さんに教わったと言っていた。
クラブは十年くらい前に、旦那さんの退職金で買い揃えたというウッドセットとアイアンセットをずっと使っていた。

そのTさんの旦那さんが、昨年亡くなった。
それ以来、サークルの練習にもコンペにもTさんは来なくなった。

半年程過ぎたある日、Kさんの所にTさんが訪ねて来た。
今の家を売り払って、関西にいる息子夫婦の家の近くにアパートを借りて住むことになったと。
元々関西出身で、夫の転勤で東京に来て、そのまま家を買って長く住んで来たが、夫が亡くなった後子供達が一人暮らしを心配していて、いろいろと話し合ったの結果そう決めたとのこと。
長男夫婦の家の近くというのも、共稼ぎのため子供の育児を手伝って欲しいと頼まれたことが一番の理由で、しばらくは育児で忙しくなるらしい。

「それで、長くサークルでゴルフを楽しませてもらったので、サークルの人に挨拶しておこうと思って..」
「中でもあなたには親しくしてもらっていたので、何かお礼をって思ったんだけど...」
「こんなものしか思い当たらなかったの..」

両手で手渡してくれたのは、小さな小物と小さな箱と小さな缶。
「私のゴルフ道具はどれも十年以上前のもので古いし、若いあなたには合わないしで...」

小さな箱は今評判の女性用ボール1スリーブ。
「これ高いボールだったので、いつかちゃんとしたコンペの時に使おうと持っていたんだけれど。」

小さな缶の中には、カラフルなティーが一杯入っている。
「ちょっと前にあんまり色が奇麗だから買っておいたんだけど、使わなかったから。」

小さな小物は、奇麗な色に光り輝くクリップマーカーが一つ。
「このガラスのはスワロフスキーので、あたしの一番のお気に入りだったの。」
「私の大事なお気に入りだったから、是非あなたに使ってほしいと思って...」

「うちの主人が死んでからいろいろ考えて、ゴルフはもう卒業することにしたのよ。」
「これからは年金と貯金で暮らして行かなくちゃならないし、孫の育児の手伝いで忙しくてゴルフをやる余裕はもう無くなるから。」

もう古いクラブは中古屋に売って処分して(数千円にしかならなかったそうだ)、キャディーバッグも燃えないゴミで出してしまった、と。

「今迄とっても楽しかったわ」
「私のゴルフは主人と一緒に終わったのね。」
「捨てられなかった小物をあなたに貰って頂ければ、私は思い残すこと無く関西に行けるわ。」

「どうもありがとう。 あなたと一緒に遊んだゴルフは本当に楽しかったわ。」

...ボールとティーとクリップマーカーと。

小さなスワロフスキーのクリップマーカーは、まるでダイヤモンドのように輝いている。

Kさんは、次のゴルフの時からずっとこのマーカーを使い続ける、と確信している。

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田舎暮らしの鉄人、ホームページ「田舎暮らし狂想曲」で知られていた金子数栄氏は、2011年5月10日に癌で亡くなった事が一月程経ってから息子さんによって公表された。
その少し前、長崎の信頼出来る方からその情報を頂いていたが、詳しいことは何も判らなかった。


金子氏とは、彼が週刊ゴルフダイジェストのデスクをやっていた頃に、仕事の依頼を受ける形で知り合った。
間もなく彼は週刊ゴルフダイジェストの編集長になり、編集部に行く度ゴルフの話で盛り上がった。

その金子氏が劇的に動いたのは、50歳を過ぎた頃。
ゴルフダイジェスト社を退社して九州の田舎に移り住んだ、と風の噂に聞いた。
トライアスロンに参加しながら、自給自足の生活をしている...と。
それほど親しい付き合いではなかった自分は、「凄い思い切ったことをする人だ」という感想を持つだけで、遠い他人事だった。

それが、彼に親しい人に近況を知らされるに連れて、ぜひ一度訪ねてみたいという思いが強まり、2001年10月に夫婦で彼の家を訪ねて行った。
嬉しいことに、我々夫婦のことを非常に歓迎して頂き、夜遅く迄飲みかつ語り合う時間が過ごせた。
夜満点の星の下の(自家製)露天風呂に入り、翌日には漁に連れて行ってもらったり...

それから10年。
雲丹を注文したり、みかんを注文したりという付き合いはあったが、貧乏イラストレーターに九州長崎は遠く、金も時間も自由にならない中、ついつい十年の時間を空けてしまった。
それには、なにより金子さんが健康であったこと、毎日のトレーニングを欠かさず、メタボ体型とは無縁のスタイルのカッコいい人だったから、まだまだ時間は充分にあると思っていたことが理由としてあった...まだまだ、いつでも行けば元気でいてくれる、と。

何度か、テレビの「人生の楽園」という番組や、同じようなテーマの番組で取り上げられた、ある意味有名人であった。
誰でもが憧れるような、海の見える素晴らしいロケーションの場所に住み、百姓、漁師、エッセイスト、音楽家、木工家...等々、なんにでも興味を持ち、楽しんでいる人でもあった。
唯一、長くやっていたゴルフは封印していた。
「ゴルフは金がかかるんだよ」
「一応百姓や漁師で自給自足は出来るけれどね、現金収入は少ないのでゴルフをプレーする金はないんだよ」
ゴルフを一回プレー出来る金があれば、ちょっと旅行に行く方を選ぶ、と。

最近になって、年金をもらえるようになったからボチボチゴルフも再開する、なんて事も伝え聞いてはいたけれど...

69歳...早すぎる。
が、癌ということで全て覚悟しての旅立ちだったと聞く。

東京の都会の生活から、海の見える家の自給自足の生活へ...「人生の楽園」の生活を、自分で築き上げた金子さん。
いい人生だったんでしょうね。
お会いした時間は楽しかった、感謝します。

さようなら。

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Hさんは40歳前に夫に勧められてゴルフを始めた。
練習場で教室に入り、一からゴルフを教わり出してもう10年になる。

ゴルフの面白さにだんだんはまり込み、「今の生活の中心は月一回のゴルフ」と言うくらい、ゴルフを楽しんでいる。
しかし、スコアは100を切るか切らないかという所から抜け出せないでいる...と言うより、よっぽど調子が良くなくては100を切れない。
年に2回くらい100を切れれば、それなりに満足というレベル。
でも、ゴルフを始め、ゴルフを楽しみ続ける事によって、自分の世界が広がり友達が増えた事がなにより嬉しいと思っている。

そんな時に、いつも思い出す人がいる。
4年前に町内会の会合で知り合ったNさんの事。
5歳年下で、明るくさっぱりとした女性で、礼儀も正しく、初対面ですっかり意気投合してしまった。
旦那さんが少し身体が弱いとかで、ずっとパートをしながら子育てをしていたという。
でも、最近子供の手がかからなくなったから、自分の楽しみに何かをしたいという...そこでHさんはゴルフを勧めてみた。
「でも、ゴルフってお金ががかかりそうだから..」としぶるNさんを、「大丈夫、道具は私の使ったお古でよかったら、あげるから」と、強引にゴルフに引き込んだ。
Nさんは、キャディーバッグからドライバー、アイアン、パター迄、Hさんの以前使っていた道具を「借りる」という事にして使わせてもらう事になった。
あとは安いボールと安いシューズを買って、とりあえずはHさんと一緒に練習場に行った。
Hさんは、練習場で自分がレッスンプロに教わった通りにNさんに基本を教えた。
しかし、グリップだけは「どうしても違和感がある」ということで、ベースボールグリップになってしまったけれど。
...驚いた事に、Hさんに一通り教わっただけでNさんはボールを打てた。
1回も空振りせずに、はじめこそフェースのあちこちに当たってボールはばらついていたが、やがてビシビシと良いボールが飛ぶようになった。
わずか100球を打つうちに、Hさん自身が自分のクラブで打った事もない距離を打てるようになって行く。
「楽しい! 面白いですねえ!」と、嬉しそうにこちらを振り向く。
Nさんは、自分の驚いている顔を見て、「何か、おかしいですか?」「いいえ、驚いているだけ」...

試しに、三日後に行く事になっていた近くの河川敷ゴルフ場に、一人空きがあったので誘ってみた。
遠慮してはいたが、面白さに惹かれたらしく「邪魔にならないようにしますから、お願いします。」
細かいルールやマナーは、自分で勉強しておくようにと教本を渡して、突然のコースデビュー...
心配よりも、あれほどすぐに打てるようになった人を知らなかった「興味津々」「半信半疑」なんてものと、嫉妬が絡んだ悪戯心もあっただろうと、Hさんは思っている。
しかしNさんは、最初の数ホールこそ慣れずに戸惑っていたが、初心者らしいミスをすると「すくいあげちゃダメよ」とか「頭を動かさないで」とか「バンカーはボールの下の砂を打つの」とかいうアドバイスを素直に「はいっ!」と聞く...すると、それをやってしまう。
前の組のシングルらしい男性のスイングが奇麗だと言うと、じっとその男性のスイングを見ていて、見よう見まねでその男性のスイングに近いスイングをやってしまう。
最初の方で乱れていたので、結局スコアは121だったけど、最後の方ではパー迄とった。

一ヶ月後の2度目のラウンド,,.その間に2回程練習に行ったと言うが、なんと88で回った。

驚いたのを通り過ぎて呆れてしまったが、彼女の明るく喜ぶ姿を見て「天才っているんだ...」なんて、Hさんはもう嫉妬心が起きる事もなかった。

しかし「彼女はこれからどこ迄行くんだろう」、なんていう時に、彼女の身体が弱いという旦那さんが寝たきりになってしまった、と聞いた。

少し経って、Nさんが「お借りしていた道具をお返しに来ました」と家にやって来た。
「楽しかったし、続けたかったんですが、自分が働かなくてはならないのでゴルフをする時間もお金もなくなりますので」
「楽しかったです」
「どうもありがとうございました」

それから、同じ町内でもNさんに会う事は殆ど無くなった。

自分は相変わらず、月一のゴルフを楽しんでいる...スコアはやっぱり100をなかなか切れないで。
Nさんがもしゴルフを続けていたら、今頃は一体どんなスコアで回っていたんだろう。

...年を取る程に、世の中には「いろんな所に恵まれない天才がいるのかもしれないなあ」、なんて感傷に耽る時間が多くなった。


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そのオープンコンペで一緒の組になった人は、もうすぐ80歳というベテランゴルファーだった。
「私は60歳で退職してから、ずっと働いたことはありません。」
「今は少なくなりましたが、平均年間100ラウンドしてました。」
「関東地方のゴルフコースの9割は回りました。」
「イギリスやアメリカの有名なコースも、大体回りました。」

食堂での会話でも、日本のプロゴルフ界の実情やら、アメリカの最新のギアの情報やら、ゴルフスイングの練習方法やら練習道具やらに実に詳しい。
ファッションも今流行のものを上手く取り入れていて、実にカッコいい。

立ち居振る舞いには、いかにも会社員時代は偉かった人のような余裕と威厳を感じさせる。
キャディー付きのプレーだったが、クラブの受け渡しやちょっとした会話も洒落た感じを見せて、優雅なジェントルマンという風情。
ゴルフの歴史などの知識も、それなりに勉強しているようにも見えた。


...それなのに...
「キャディーさん、6インチありだよね?」
ボールのある場所にたどり着くと、いきなりしゃがみ込んでボールを掴む。
一見してどんなにいいライにあるように見えても、「全部」座り込んでボールをつかみあげて、芝の上にティーアップされたようにそーっと置く。

背筋を伸ばしてキリッとした、いかにも洒落た老紳士が、いきなり「うxこ座り」してボールをつかみあげ、そのままそーっと細心の注意を払ってボールを芝の上にいじましく置く...
その姿は、それ迄の威厳やかっこよさを全部トイレに落とし込んで流してしまったように、貧相で情けなく...

ほかの同伴競技者もボールに触らない人だったので、お互い顔を見合わせて「あ〜あ」と言う顔をして、視線をそらして彼を見ないようにする。

もちろん、ローカルルールで許されているんだからペナルティーではない。
でも、彼の経験や蘊蓄豊かなゴルフの話は、平気でボールにさわれる神経と一致しない。
普通は、ゴルフが好きでそれなりに深くゴルフに接している人程、プレー中にボールに触ることを嫌悪する。
それは、ゴルフと言うゲームの大原則が「 Play the ball as it lies 」 という、ボビー・ジョーンズの言葉に表されているからだ。 

その言葉(日本では「あるがままでプレーせよ」)と言うのはゴルフと言うゲームの基本中の基本であり、だからゴルフは「ライのゲーム」ともいわれている訳だから。
ゴルフというゲームは、ティーショットを打ってからグリーンに乗せる迄、決して手でボールに振れてはいけないのだ。
(もちろん、アンプレヤブルやボール確認のため、などのいくつかの例外はあるけれど)
だから、ボールに触って常にライを変えてプレーしているって事は、彼等のやっている遊びは「ゴルフに似ているけど、決してゴルフではない」代物なのだ。
言わばただの「ゴルフみたいなもの」としか言えない。
こんな偽の遊びをやっているものに、ゴルフの蘊蓄も歴史も語る資格は全く無い。

ゴルフにそれなりの時間とお金と情熱をかけて生きて来て、その結果平気でボールを触るゴルファーになるというのは...じつに「もったいない」。
彼がボールに触る度に、彼を見る目が「残念な人」という風になってしまうのが「もったいない」。
自分より遥かに年上でゴルフ経験の長い人...これ迄数十年そうして「ゴルフみたいな物」をゴルフだとして楽しんで来た人に、何も言うべき言葉は持ってないけれど...ただ感じるのは「もったいない」だった。

彼が平気で、あるがままのボールを打つ人だったら、どんなにカッコいいと思えたか。
全てのボールに触って、芝の上に時間をかけて慎重に置いた所で、どれほどショットが違うのか...スコアが良くなるのか、差はないだろうとしか思えない良い状態のフェアウェイで、触るたびに彼の姿がみすぼらしく思えてくる...なんて「もったいない」ことだろう。

なにより「6インチあり?」と聞いて、「6インチプレースありです」というキャディーに「おお、良かった」という気持ちが「もったいない」。


(ただ、どんないい状態のフェアウェイでも「6インチプレースあり」というゴルフ場にも問題がある)...これは後ほど。


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来月の末に、ゴルフをすることになった。
15年ぶりか、20年ぶりか...良く覚えていない。
道具の一切は、高校時代からの親友に借りることになっている。

一時は熱心にゴルフをやっていた。
というより、仕事もそっちのけで熱中していた。
会員権も3枚も持っていた。

父親から譲り受けた会社は、従業員は12人程だったが安定した業績を上げていた。
父親の築き上げた信用と職人達の確かな腕で、経営は父親の代から働いている専務に任せておけば、問題なかった。
28で可愛い奥さんと結婚して、男の子と女の子と、、それほど大きくはないが小奇麗な家と、一応ベンツを乗り回せる収入と...
ゴルフの腕もシングルの7迄行って、こっそりつきあっている女性もいて...
人生とはこんなもの、これが普通にずっと続くと思っていた。

状況が変わったのは、仕事の8割を占めていた会社の倒産。
その会社もまた、親会社の倒産のあおりを受けての倒産だったが、いきなりピンチに立たされた。
専務に、もう会社の資金繰りがどうにもならないことを知らされた。
学生時代の知り合いに弁護士を紹介してもらい、善後策を相談した。

まずやったことは、離婚。
出来る限りの資産を上手く分けて、妻と子供が他人になることを決める。
専務を始めとした父の代からの職人達に、金をかき集めて分けた。
もちろん退職金にもならないことを謝りながらだったが、皆事情は理解してくれた。

そして、残った自分に出来たのは、自己破産しての「夜逃げ」だった。

とても払いきれない負債を、法律的になしにしてしまい、自分は身一つで行方をくらますしかなかった。
本当は、なんとか300万円程を残しておいて生活費の足しにしようと思っていたが、自己破産の手続きやら弁護士費用でそのほとんどの金が無くなり、結局ホームレスとして逃げるしか無くなった。

それから今迄...良く生きて来られたと思う。
年に一度、娘や息子と連絡を取る以外、隠れ続ける生活をして来た。
今年、連絡をした時に「元」妻に言われた「高校のクラス会の葉書が来ているわよ。」
その久しぶりに東京に戻って来たクラス会で、親友に言われた。
「もういいんじゃないか?」

借金を踏み倒した相手に顔向け出来ないのは変わりないけど、東京の家族の住む近くで、親友達とゴルフをする...「もういいか」、そんな気になった。
昔の、華やかで浮ついて見栄ばっかりで...実は何も感じていなかった眩しいようなゴルフにまつわる世界と、今の思い出したくもない10数年を経ての、遥かに現実から遠かったゴルフの世界。
流されて行く世界から、なんとか立ち直る切っ掛けになる様な気がした。

...自分がどんなゴルフをするのか、スタートホールで何を感じるのか、現実感が無くてなんだか他人事のように考えているのが不思議だ。
ただ、その日が近づくにつれて、「もし、第一打をナイスショット出来たら、もう一度家族と生活を作り直すことが出来るんじゃないか」なんて考えが強くなって来ている。

もし、ティーショットが奇麗に空を飛んだら、この10数年のことを「昔、昔、ある男が...」とおとぎ話に出来るような気がするのだ。

Once upon a time ...


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もう、なんにもなくなったな。
そんな思いで炬燵に入って、ぼーっとしている時間が長くなった。

10年以上勤めていた工場が倒産して、もう2年になる。
小さな工場だったけど、社長がいい人で、働いている人達もいい人達だった。
売り上げが伸びれば、その分だけ社員の人達に還元してくれて、小さな工場なのに給料は結構良かった。
そこで事務の仕事をしていたんだけど、働きやすかったので結婚もしそびれてしまった。
「しそびれた」というより、社長に教わって始めたゴルフにはまってしまったというのが本当の事なんだけど。
工場のコンペも年に3回やっていて、社長がポケットマネーで立派な賞品を出していたので、みんなそれを目標に練習に励んでいた。

そんな日々は突然終わった。
仕事の大部分を受けていた大手の工場が、突然不渡りを出して倒産した。
その工場の取引先の倒産に巻き込まれての、連鎖倒産だった。
自分の働いていた工場の社長は、必死になって走り回って頑張ったけれど、どうにもならずに連鎖倒産の渦に引きずり込まれてしまった。
「しっかりした仕事を続けていたのに、本当に申し訳ない」と、社長が泣きながら言う言葉に、自分たちは返す言葉が無かった。

代わりの仕事は見つからなかった。
30過ぎた特技の無い女性には、正社員の仕事があるはずも無く、それ以来パートの仕事を二つしながら生活している。
それでも、工場で働いていたときの収入には遥かに及ばず、社員でいた時に手に入れたいろいろなものをオークションで売って金に換えていた。
服飾品は高く売れなかったが、デジカメやゴルフクラブは高く売れた。
特に、ボーナスが出るたびに最新のものにしていたゴルフクラブは、いい値段がついた。

でも、そんな日々も2年近く続くと売るものは無くなった。
...しかし、正確に言うと1セットだけ残してある。
2Kのがらんとしたアパートの部屋に、不似合いなキャディーバッグが一つ。
中身はドライバーとフェアウェイウッドが3本、アイアンとウェッジとパター。
最新のものではないが、最後にゴルフをやっていたときのお気に入りのセットだ。

他のものは全て売ってしまっても、この1セットは手放す気になれなかった。
シューズと、手袋と、夏冬のゴルフウェアーとサンバイザー。
それもお気に入りのものを一つずつ、残してある。
もしこれを売ってしまうと、自分はもう二度とゴルフをやる事は無くなるような気がする。
「今の姿は世を忍ぶ仮の姿」、必ずまたゴルフを楽しめるような生活に戻れる...これを残しておけばきっといつか戻れる、そんな気持ちのお守りのような意味もあって。

しかし、生活は日々のパートに疲れ果てて、部屋に帰って来ても寝るだけの生活が続いている。

たまに凄く弱気になった時、このキャディーバッグを見ると「これは残しておいたんじゃなくて、古いから売れ残っただけなのかもしれない」なんて気もしてくる。
見ているあたしも、結局人生で売れ残ってしまった女なのかも、...



いや、違う...そんな気持ちに絶対に負けるもんか。
あたしはいつかこのバッグの口を開けて、緑のフェアウェイ、澄み渡った青空の下、白いボールを思い切り飛ばす日が来るって信じている。
再び、ゴルフを心から楽しむ日が来るって信じている。
こんな日々が変わるって信じている。

その日が来る迄、部屋のそこであたしが頑張っているのを見ていて欲しい。
指折り数えて、再びティーオフできる日を待っていて欲しい。
あんた達も私も、絶対に絶対に売れ残った訳じゃないんだから。


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Mさんは、ある病院の緩和ケア病棟の責任者。
一般にも、カウンセリングの権威として知られた人であるらしい。

「こういう仕事が長いと、人間の強さとか弱さ、人間の質とか高潔さとかが世間の評判とは関係ないってことが、良く判るようになるんですよ。
有名な宗教家が、ガンの告知をした途端に取り乱してパニックになったり、学校も出ていないで大工を通して来た人が、冷静に受け止めてこちらに迄気を使ってくれたり...」

品の良さそうな、穏やかな雰囲気を漂わせたMさんは、そんな事を言って淡々とゴルフをプレーする。

「生死の際に立った人達のカウンセリングを毎日行っていると、どうしても患者さんの気持ちに影響されて、自分迄ちょっとおかしくなって来るような事があるんですよ。
そんな時には、酒を飲んで酔ってしまうか、こんな風にゴルフをして気分転換を図ることにしているんです。
酒だけだと、どうしてもアル中になるくらい飲むようになってしまうんで、今はゴルフが一番ですね。」

本当に静かで上品そうな雰囲気と会話は、自分なんかとは別な世界に生きている人だなあ..なんて、妙にこちらの腰が引けてしまうほど。

ところで、「ゴルフというのは、ライのゲームである」とは誰の言った言葉であったか...
どんないいショットを打ったとしても、コロンと止まったボールのライで、いわゆる「ゴルフの運・不運」のスリルを味わう事になる。
Mさんも「ゴルフはノータッチが基本ですから、ライの悪いのもゴルフのうちですよ」なんて、笑ってプレーを続ける。
ゴルフはそれが面白い、と自分で言う。
天気も良く、コースも奇麗で、プレーの進行も良く、4人のパーティー全員がそれぞれ良いスコアを重ねて行った。
「今日はベストスコアが出そうですね」なんて、言いながら。
それでも、それぞれインに入ると大叩きがあったり、パットミスを重ねたりで、Mさんだけがいい調子を維持していた。
17番迄、自分のベストスコアより5打も少ないとペース出来たMさんは、さすがに冷静ではなく、口笛を吹きながら上気した様子でティーグランドに立つ。
ここもやはり、フェアウェイセンターへのナイスショット。
あと二ホール、ボギー・ボギーでもベストスコアを3打更新。
「10年ぶりくらいのベストスコア更新ですよ」なんて、嬉しそうな顔をしながらカートに乗り込む。
高名な医者というより、まるで少年のように。

2打地点、それぞれのボールの所にたどり着いた時に、ふとMさんの方を見ると...ボールの前に立ち尽くしたまま、動かない。
他の3人が打ってしまっても、Mさんはその姿勢のまま。
どうしたのか、と近づいてみると...
ボールは、大きな糞の上に乗っている。
まるで人間のもののような大きなものの上に、そっと手で置いたように見事に鎮座している。
「あらあ」と、Mさんの顔を見ると...初め青白かったのが、だんだんと赤くなって行くのが判る。
それが、普通の顔色を通り過ぎて、どんどんどんどん赤くなる。
しまいには、酔っぱらったような真っ赤な顔になって...

小さな声でやっと言った。
「アンプレヤブル...にします。」
ボールをピックアップして拭いている時に、怒りで指が震えているが判った。

結局、このあとはベストスコアの更新は出来ずに、Mさんも18番を終わる時には以前の穏やかな雰囲気に戻った。
「私とした事が、お恥ずかしい」
「覚えがないくらい久しぶりに興奮してしまいました。」
「偉そうな事は言えませんね。私はまだまだ未熟な人間です。」
「気がつかないうちに少し傲慢になっていたんですね...患者さんに対しても、きっと。」

あとで、Mさんに聞いてみた。
「なんで、あれくらいでそんなに興奮されたんですか?」
「いえ...実はボールの所に行った時、あの排泄物のそばにティッシュペーパーがあったんですよ。」


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「青い空、緑の野の上を飛んで行くボール」や、「深い緑に包まれた、鮮やかなグリーン上のピンに向かって飛ぶ白いボール」の夢を見る人は、本当にゴルフに惚れ込んでしまった人だ...という話を聞いた事がある。

そんな夢を最近よく見るのは、一体なぜなんだろう。

ゴルフはもう10年近くやっていないのに。

9年くらい前、一人娘が中学生の時に、娘を連れてその時の夫と別れる事を決めた。
自分でも驚くくらい固い決心で、それを実行に移した。
夫は、驚き、嘲笑し、困惑し、懇願し、最後に怒り狂った。

そうして、呆れるほどに大変なエネルギーを費やしながら、娘二人での生活を勝ち取り、今まで暮らして来た。
しかし、自分でも働いていたものの、娘が大きくなるにつれ負担が大きくなる「学費」...つまり教育費は、女一人のそれまでの給料だけでは間に合わず、週5日の昼間の働きの他に、週4日夜のアルバイトをしてなんとかやりくりして来た。
当然、自分ではお金のかかる遊びは一切できる余裕など無く、ただ懸命に生きて来た日々だった。
後悔した事はなかったが、「疲れたなあ」と思う事はしょっちゅうだった。

それが今年、娘は大学を卒業して就職する事が出来た。
...ほっとして、肩の荷が降りた気分になった。

夜のアルバイトをやらなくても、なんとか生活できる見込みが出来た。
そんな風になってから、度々ゴルフの夢を見るようになったのだ。
なぜかいつもその夢は「白いボールが木々を越え、青い空の彼方に飛んでゆく夢」、そして「深い緑に囲まれた、黄色い旗が立つグリーンにボールが吸い込まれるように落ちて止まる夢」。

それで、以前誰かが言っていた言葉を思い出した訳だけど、自分がそんなに惚れ込むほどゴルフをしていたとも思えないのだ。
夫に教わり、連れられてゴルフに行っていた時にはそれなりに熱中していたとは思うけど、ベストスコアだって90を切れなかったし、こういう夢は見た事がなかった。
あの当時にたまに見たゴルフの夢は、「池にボールを何発もいれて、ボールがなくなってしまって、どうしたらいいか判らない」とか「バンカーから出なくて、後ろにたくさんの人が待っていて、みんな怒っている」とか、「たくさん叩きすぎて、スコアカードに書き切れなくて途方に暮れている」とか...
どちらかと言えば、「悪夢」に近い夢ばかり見ていたような気がする。

でも、最近見るゴルフの夢は、なんだかとても懐かしい気持ちと、胸がわくわくするような憧れの気持ちが入っているような気がする。
「もう一度やってみたい...」なんて、少し思ってもいる。

ただ、ゴルフの道具は別れた夫に買ってもらったもので、全て捨てて来てしまった。
新しく始めるには、またお金をかけて揃えなくてはならないし、練習をしなければボールに当たる気もしない。
それに、具体的に始めるには、まだまだ自分の生活に余裕が無いのが現実。
これから再びゴルフを始める事が出来るかどうか...全く判らない。

ただ、最近見ているそんなゴルフの夢には、以前の悪夢のような「目が覚めて、ああ夢で良かった」というような感じは全く無い。

「ああ、もう一度ボールがそんな風に飛んで行くところが見たい」という思いだけが残る。
夢は今の自分に、いったい何を伝えたいんだろう...


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Mさんは、最近のラウンドのほぼ9割は上司のK氏と一緒だ。
今の部署に配属されてもうすぐ2年、直属の上司であるK氏に誘われるゴルフは、嫌とは言えない。

...30近くなって殆どの休日をK氏と一緒にゴルフをして過ごす、というのも味気ないとは思う。
しかし、K氏が直属の上司なので、自分の休日を把握されているという事と、今現在つきあっている彼女もいないお気楽独身生活という事で、誘われやすい立場ではあるんだろう。

ただ、困っているのが「今日はいくつで握ろうか?」というK氏の誘い。
「ゴルフを真剣に楽しんで、その上早く上手くなろうと思ったら、チョコレートは欠かせない」がK氏の持論。

...今の会社に入って、仕事の関係上必要と言われて始めたゴルフ。
学生時代に野球をやっていて、球技には自信があったため、すぐに同期の連中よりは上手くなるだろうし、シングル入りだって1〜2年で出来るだろうと思っていた。
しかしそれから5年、相変わらず100を切ったり切らなかったりで、「飛ぶけど曲がる」「いつもスライス」「小技が下手」「パットがノーカン」という評判だけが知れ渡り、同期の中でさえ「下手」という立場になってしまった。
結構本気で焦ったりしたんだけれど...「才能が無いんだ」と諦めかけていた。
そして2年前、今の上司の下にやってきた。

「おう、いい身体しているなあ。」
「飛ぶけど曲がるんだって?」
「独身か? 彼女もいない? じゃあ、休みには俺とゴルフにつきあえ。」
という事で、殆ど休みの度にK氏とのゴルフをする事になってしまった。
もちろん土・日のゴルフは高いので、平日に有給をとったり、代休を利用してのゴルフだ。

そのゴルフが、きつい。
ハンデをもらっても、毎回数千円ずつ巻き上げられる。
おまけにK氏は「プレーが遅い!早く打て!」「下手くそがなに歩いているんだ!走れ!走れ!」「考えたって入らねえんだから、早くやれ!」「ルールブックを見ろ!それは2打罰だ!」「馬鹿やろう!隣に行く時は帽子を取って挨拶しろ!」「フォアーって言う時は死ぬ程でかい声を出せ!」「自分が打ったんだ!運が悪いなんて言うのは10年早い!」「下向いて歩くんじゃない!若いのにジジイみたいな顔すんな!」「コースに文句言うな!ありがとうって言え!」...

親にも言われた事の無い罵詈雑言を浴びせられる。

たまにいいライから、チャンスを決めようなんてすると、「ほう、トップしそうなライだなあ..」
「ちょっとボールが浮いているなあ...」「右の池が効いているなあ..」とか呟いて、自分を動揺させる...大体期待通りにミスをする自分を、腹を抱えて笑い転げるし...

おかげで、ゴルフ以外に使う小遣いが無い。
残りの所持金が少なくても、K氏は鬼のように「これは月謝だ。ちゃんと払え!」と握りの金を奪い取って行く。
なんとかK氏に、ニギリで勝ちたい。
あの上から目線を、ぎゃふんと言わせたい。
...しかしK氏は上手い。
変なフォームで飛ばないのに上手い...自分に文句を言ったりからかったりしながら、いつの間にか80前後では回っている。

もう2年になる。
さんざんいたぶられたおかげか、同期の奴らよりは良いスコアで上がるのは当たり前になったし、会社のコンペでも上位に入る様になったけど、どうしてもK氏より上にはなれない。
当然握りでも一度も勝った事は無い。

畜生!...鬼め...
「俺にどうしても勝ちたいんなら、いくらでもハンデ増やしてやるぞ」なんて言いやがって。
ハンデ一杯もらって勝ったって勝った気なんかしない...

はじめにもらったハンデで勝ったら、そのうちにスクラッチだって勝ってやる。
今週もラウンドだ。
ワクワクしてくる。
今度こそ...鬼め、待ってろ...

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抵抗してもしょうがない、と心底思っていた日々の生活の大きな流れの中で、不意に誰かに呼ばれたような気がした。
いつものような一日の午後、いつもと同じような生活のための買い物帰り、ふと誰かに呼ばれたような気がして立ち止まっていた。

焦点があって来た目の片隅に、赤い色が見える。
そこは燃えないゴミの集積場。
市役所に連絡してからでないと捨てられない、特別なゴミの日。
赤いキャディーバッグ。
いかにも女性用で、ウッドとアイアンが12本程入ったまま。
「10年くらい前のかな?」

そう思った自分に、思わず笑ってしまった。
「ゴルフをやっていたのは、もう15年以上前のことなんだ..」

10年ちょっと前に結婚した。
もう年は40に近くなっていた。
夫はゴルフをしないし、する余裕も無い生活で、小学生の小さな子供が二人いる。
多分夫は、私がかってゴルフに夢中になっていたなんて、想像もつかないだろう。
私だって、こんな生活がそれなりに幸せだと思っているから、ゴルフのことなんか話したこともなかったんだし。

20歳を過ぎてから、上司に勧められて始めたゴルフに、あっという間に熱中した。
上手くいくのも失敗するのもともかく面白くて、自分の自由になる収入と時間は、殆どゴルフにつぎ込んだ。
遠いけれど安かったコースの会員権を買って、競技ゴルフも始めた。
やっとシングルになった頃は、もう35歳を過ぎていた。
はじめはうるさく結婚を勧めていた両親も、その頃にはもう諦めていたようだった。

でも、40歳になる頃、相次いで両親が亡くなった。
不景気で、勤めていた会社が倒産した。
タイミングよく、その頃紹介された今の夫と、結婚することになった。
自分には他に選択肢が無かったような時期だし、夫も悪い人ではなかったので、それも人生と納得した。
ゴルフをするような環境ではなくなったのが判っていたので、すべてのゴルフ道具と会員権は処分して、新しい生活を始めた。
それから十年以上ずっと、平凡で幸せな時間に流されて来たように思う。

そこを、呼ばれた。
両手に買い物したビニール袋を下げたまま、捨てられているキャディーバッグに近寄った。
「あの時に捨てたクラブみたい...」
心の底がちくりと痛んだ。

持って帰れば、またあの燃えるようなゴルフの日々を始められるかもしれない。
(両手のビニール袋を片手で持って...)

...歩き出した。
両手にビニール袋を持ったまま。

きっと、今はその時ではない。
流されて行く日々に、心のどこかで熱いものがひっそりと燃え始めても。

あと十年過ぎれば、二十年経てば...
訳の分からない確信がある。
それは、またきっと自分を訪ねて来てくれるに違いないから、と。

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