ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

カテゴリ: ゴルフな人々

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来月の末に、ゴルフをすることになった。
15年ぶりか、20年ぶりか...良く覚えていない。
道具の一切は、高校時代からの親友に借りることになっている。

一時は熱心にゴルフをやっていた。
というより、仕事もそっちのけで熱中していた。
会員権も3枚も持っていた。

父親から譲り受けた会社は、従業員は12人程だったが安定した業績を上げていた。
父親の築き上げた信用と職人達の確かな腕で、経営は父親の代から働いている専務に任せておけば、問題なかった。
28で可愛い奥さんと結婚して、男の子と女の子と、、それほど大きくはないが小奇麗な家と、一応ベンツを乗り回せる収入と...
ゴルフの腕もシングルの7迄行って、こっそりつきあっている女性もいて...
人生とはこんなもの、これが普通にずっと続くと思っていた。

状況が変わったのは、仕事の8割を占めていた会社の倒産。
その会社もまた、親会社の倒産のあおりを受けての倒産だったが、いきなりピンチに立たされた。
専務に、もう会社の資金繰りがどうにもならないことを知らされた。
学生時代の知り合いに弁護士を紹介してもらい、善後策を相談した。

まずやったことは、離婚。
出来る限りの資産を上手く分けて、妻と子供が他人になることを決める。
専務を始めとした父の代からの職人達に、金をかき集めて分けた。
もちろん退職金にもならないことを謝りながらだったが、皆事情は理解してくれた。

そして、残った自分に出来たのは、自己破産しての「夜逃げ」だった。

とても払いきれない負債を、法律的になしにしてしまい、自分は身一つで行方をくらますしかなかった。
本当は、なんとか300万円程を残しておいて生活費の足しにしようと思っていたが、自己破産の手続きやら弁護士費用でそのほとんどの金が無くなり、結局ホームレスとして逃げるしか無くなった。

それから今迄...良く生きて来られたと思う。
年に一度、娘や息子と連絡を取る以外、隠れ続ける生活をして来た。
今年、連絡をした時に「元」妻に言われた「高校のクラス会の葉書が来ているわよ。」
その久しぶりに東京に戻って来たクラス会で、親友に言われた。
「もういいんじゃないか?」

借金を踏み倒した相手に顔向け出来ないのは変わりないけど、東京の家族の住む近くで、親友達とゴルフをする...「もういいか」、そんな気になった。
昔の、華やかで浮ついて見栄ばっかりで...実は何も感じていなかった眩しいようなゴルフにまつわる世界と、今の思い出したくもない10数年を経ての、遥かに現実から遠かったゴルフの世界。
流されて行く世界から、なんとか立ち直る切っ掛けになる様な気がした。

...自分がどんなゴルフをするのか、スタートホールで何を感じるのか、現実感が無くてなんだか他人事のように考えているのが不思議だ。
ただ、その日が近づくにつれて、「もし、第一打をナイスショット出来たら、もう一度家族と生活を作り直すことが出来るんじゃないか」なんて考えが強くなって来ている。

もし、ティーショットが奇麗に空を飛んだら、この10数年のことを「昔、昔、ある男が...」とおとぎ話に出来るような気がするのだ。

Once upon a time ...


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もう、なんにもなくなったな。
そんな思いで炬燵に入って、ぼーっとしている時間が長くなった。

10年以上勤めていた工場が倒産して、もう2年になる。
小さな工場だったけど、社長がいい人で、働いている人達もいい人達だった。
売り上げが伸びれば、その分だけ社員の人達に還元してくれて、小さな工場なのに給料は結構良かった。
そこで事務の仕事をしていたんだけど、働きやすかったので結婚もしそびれてしまった。
「しそびれた」というより、社長に教わって始めたゴルフにはまってしまったというのが本当の事なんだけど。
工場のコンペも年に3回やっていて、社長がポケットマネーで立派な賞品を出していたので、みんなそれを目標に練習に励んでいた。

そんな日々は突然終わった。
仕事の大部分を受けていた大手の工場が、突然不渡りを出して倒産した。
その工場の取引先の倒産に巻き込まれての、連鎖倒産だった。
自分の働いていた工場の社長は、必死になって走り回って頑張ったけれど、どうにもならずに連鎖倒産の渦に引きずり込まれてしまった。
「しっかりした仕事を続けていたのに、本当に申し訳ない」と、社長が泣きながら言う言葉に、自分たちは返す言葉が無かった。

代わりの仕事は見つからなかった。
30過ぎた特技の無い女性には、正社員の仕事があるはずも無く、それ以来パートの仕事を二つしながら生活している。
それでも、工場で働いていたときの収入には遥かに及ばず、社員でいた時に手に入れたいろいろなものをオークションで売って金に換えていた。
服飾品は高く売れなかったが、デジカメやゴルフクラブは高く売れた。
特に、ボーナスが出るたびに最新のものにしていたゴルフクラブは、いい値段がついた。

でも、そんな日々も2年近く続くと売るものは無くなった。
...しかし、正確に言うと1セットだけ残してある。
2Kのがらんとしたアパートの部屋に、不似合いなキャディーバッグが一つ。
中身はドライバーとフェアウェイウッドが3本、アイアンとウェッジとパター。
最新のものではないが、最後にゴルフをやっていたときのお気に入りのセットだ。

他のものは全て売ってしまっても、この1セットは手放す気になれなかった。
シューズと、手袋と、夏冬のゴルフウェアーとサンバイザー。
それもお気に入りのものを一つずつ、残してある。
もしこれを売ってしまうと、自分はもう二度とゴルフをやる事は無くなるような気がする。
「今の姿は世を忍ぶ仮の姿」、必ずまたゴルフを楽しめるような生活に戻れる...これを残しておけばきっといつか戻れる、そんな気持ちのお守りのような意味もあって。

しかし、生活は日々のパートに疲れ果てて、部屋に帰って来ても寝るだけの生活が続いている。

たまに凄く弱気になった時、このキャディーバッグを見ると「これは残しておいたんじゃなくて、古いから売れ残っただけなのかもしれない」なんて気もしてくる。
見ているあたしも、結局人生で売れ残ってしまった女なのかも、...



いや、違う...そんな気持ちに絶対に負けるもんか。
あたしはいつかこのバッグの口を開けて、緑のフェアウェイ、澄み渡った青空の下、白いボールを思い切り飛ばす日が来るって信じている。
再び、ゴルフを心から楽しむ日が来るって信じている。
こんな日々が変わるって信じている。

その日が来る迄、部屋のそこであたしが頑張っているのを見ていて欲しい。
指折り数えて、再びティーオフできる日を待っていて欲しい。
あんた達も私も、絶対に絶対に売れ残った訳じゃないんだから。


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Mさんは、ある病院の緩和ケア病棟の責任者。
一般にも、カウンセリングの権威として知られた人であるらしい。

「こういう仕事が長いと、人間の強さとか弱さ、人間の質とか高潔さとかが世間の評判とは関係ないってことが、良く判るようになるんですよ。
有名な宗教家が、ガンの告知をした途端に取り乱してパニックになったり、学校も出ていないで大工を通して来た人が、冷静に受け止めてこちらに迄気を使ってくれたり...」

品の良さそうな、穏やかな雰囲気を漂わせたMさんは、そんな事を言って淡々とゴルフをプレーする。

「生死の際に立った人達のカウンセリングを毎日行っていると、どうしても患者さんの気持ちに影響されて、自分迄ちょっとおかしくなって来るような事があるんですよ。
そんな時には、酒を飲んで酔ってしまうか、こんな風にゴルフをして気分転換を図ることにしているんです。
酒だけだと、どうしてもアル中になるくらい飲むようになってしまうんで、今はゴルフが一番ですね。」

本当に静かで上品そうな雰囲気と会話は、自分なんかとは別な世界に生きている人だなあ..なんて、妙にこちらの腰が引けてしまうほど。

ところで、「ゴルフというのは、ライのゲームである」とは誰の言った言葉であったか...
どんないいショットを打ったとしても、コロンと止まったボールのライで、いわゆる「ゴルフの運・不運」のスリルを味わう事になる。
Mさんも「ゴルフはノータッチが基本ですから、ライの悪いのもゴルフのうちですよ」なんて、笑ってプレーを続ける。
ゴルフはそれが面白い、と自分で言う。
天気も良く、コースも奇麗で、プレーの進行も良く、4人のパーティー全員がそれぞれ良いスコアを重ねて行った。
「今日はベストスコアが出そうですね」なんて、言いながら。
それでも、それぞれインに入ると大叩きがあったり、パットミスを重ねたりで、Mさんだけがいい調子を維持していた。
17番迄、自分のベストスコアより5打も少ないとペース出来たMさんは、さすがに冷静ではなく、口笛を吹きながら上気した様子でティーグランドに立つ。
ここもやはり、フェアウェイセンターへのナイスショット。
あと二ホール、ボギー・ボギーでもベストスコアを3打更新。
「10年ぶりくらいのベストスコア更新ですよ」なんて、嬉しそうな顔をしながらカートに乗り込む。
高名な医者というより、まるで少年のように。

2打地点、それぞれのボールの所にたどり着いた時に、ふとMさんの方を見ると...ボールの前に立ち尽くしたまま、動かない。
他の3人が打ってしまっても、Mさんはその姿勢のまま。
どうしたのか、と近づいてみると...
ボールは、大きな糞の上に乗っている。
まるで人間のもののような大きなものの上に、そっと手で置いたように見事に鎮座している。
「あらあ」と、Mさんの顔を見ると...初め青白かったのが、だんだんと赤くなって行くのが判る。
それが、普通の顔色を通り過ぎて、どんどんどんどん赤くなる。
しまいには、酔っぱらったような真っ赤な顔になって...

小さな声でやっと言った。
「アンプレヤブル...にします。」
ボールをピックアップして拭いている時に、怒りで指が震えているが判った。

結局、このあとはベストスコアの更新は出来ずに、Mさんも18番を終わる時には以前の穏やかな雰囲気に戻った。
「私とした事が、お恥ずかしい」
「覚えがないくらい久しぶりに興奮してしまいました。」
「偉そうな事は言えませんね。私はまだまだ未熟な人間です。」
「気がつかないうちに少し傲慢になっていたんですね...患者さんに対しても、きっと。」

あとで、Mさんに聞いてみた。
「なんで、あれくらいでそんなに興奮されたんですか?」
「いえ...実はボールの所に行った時、あの排泄物のそばにティッシュペーパーがあったんですよ。」


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「青い空、緑の野の上を飛んで行くボール」や、「深い緑に包まれた、鮮やかなグリーン上のピンに向かって飛ぶ白いボール」の夢を見る人は、本当にゴルフに惚れ込んでしまった人だ...という話を聞いた事がある。

そんな夢を最近よく見るのは、一体なぜなんだろう。

ゴルフはもう10年近くやっていないのに。

9年くらい前、一人娘が中学生の時に、娘を連れてその時の夫と別れる事を決めた。
自分でも驚くくらい固い決心で、それを実行に移した。
夫は、驚き、嘲笑し、困惑し、懇願し、最後に怒り狂った。

そうして、呆れるほどに大変なエネルギーを費やしながら、娘二人での生活を勝ち取り、今まで暮らして来た。
しかし、自分でも働いていたものの、娘が大きくなるにつれ負担が大きくなる「学費」...つまり教育費は、女一人のそれまでの給料だけでは間に合わず、週5日の昼間の働きの他に、週4日夜のアルバイトをしてなんとかやりくりして来た。
当然、自分ではお金のかかる遊びは一切できる余裕など無く、ただ懸命に生きて来た日々だった。
後悔した事はなかったが、「疲れたなあ」と思う事はしょっちゅうだった。

それが今年、娘は大学を卒業して就職する事が出来た。
...ほっとして、肩の荷が降りた気分になった。

夜のアルバイトをやらなくても、なんとか生活できる見込みが出来た。
そんな風になってから、度々ゴルフの夢を見るようになったのだ。
なぜかいつもその夢は「白いボールが木々を越え、青い空の彼方に飛んでゆく夢」、そして「深い緑に囲まれた、黄色い旗が立つグリーンにボールが吸い込まれるように落ちて止まる夢」。

それで、以前誰かが言っていた言葉を思い出した訳だけど、自分がそんなに惚れ込むほどゴルフをしていたとも思えないのだ。
夫に教わり、連れられてゴルフに行っていた時にはそれなりに熱中していたとは思うけど、ベストスコアだって90を切れなかったし、こういう夢は見た事がなかった。
あの当時にたまに見たゴルフの夢は、「池にボールを何発もいれて、ボールがなくなってしまって、どうしたらいいか判らない」とか「バンカーから出なくて、後ろにたくさんの人が待っていて、みんな怒っている」とか、「たくさん叩きすぎて、スコアカードに書き切れなくて途方に暮れている」とか...
どちらかと言えば、「悪夢」に近い夢ばかり見ていたような気がする。

でも、最近見るゴルフの夢は、なんだかとても懐かしい気持ちと、胸がわくわくするような憧れの気持ちが入っているような気がする。
「もう一度やってみたい...」なんて、少し思ってもいる。

ただ、ゴルフの道具は別れた夫に買ってもらったもので、全て捨てて来てしまった。
新しく始めるには、またお金をかけて揃えなくてはならないし、練習をしなければボールに当たる気もしない。
それに、具体的に始めるには、まだまだ自分の生活に余裕が無いのが現実。
これから再びゴルフを始める事が出来るかどうか...全く判らない。

ただ、最近見ているそんなゴルフの夢には、以前の悪夢のような「目が覚めて、ああ夢で良かった」というような感じは全く無い。

「ああ、もう一度ボールがそんな風に飛んで行くところが見たい」という思いだけが残る。
夢は今の自分に、いったい何を伝えたいんだろう...


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Mさんは、最近のラウンドのほぼ9割は上司のK氏と一緒だ。
今の部署に配属されてもうすぐ2年、直属の上司であるK氏に誘われるゴルフは、嫌とは言えない。

...30近くなって殆どの休日をK氏と一緒にゴルフをして過ごす、というのも味気ないとは思う。
しかし、K氏が直属の上司なので、自分の休日を把握されているという事と、今現在つきあっている彼女もいないお気楽独身生活という事で、誘われやすい立場ではあるんだろう。

ただ、困っているのが「今日はいくつで握ろうか?」というK氏の誘い。
「ゴルフを真剣に楽しんで、その上早く上手くなろうと思ったら、チョコレートは欠かせない」がK氏の持論。

...今の会社に入って、仕事の関係上必要と言われて始めたゴルフ。
学生時代に野球をやっていて、球技には自信があったため、すぐに同期の連中よりは上手くなるだろうし、シングル入りだって1〜2年で出来るだろうと思っていた。
しかしそれから5年、相変わらず100を切ったり切らなかったりで、「飛ぶけど曲がる」「いつもスライス」「小技が下手」「パットがノーカン」という評判だけが知れ渡り、同期の中でさえ「下手」という立場になってしまった。
結構本気で焦ったりしたんだけれど...「才能が無いんだ」と諦めかけていた。
そして2年前、今の上司の下にやってきた。

「おう、いい身体しているなあ。」
「飛ぶけど曲がるんだって?」
「独身か? 彼女もいない? じゃあ、休みには俺とゴルフにつきあえ。」
という事で、殆ど休みの度にK氏とのゴルフをする事になってしまった。
もちろん土・日のゴルフは高いので、平日に有給をとったり、代休を利用してのゴルフだ。

そのゴルフが、きつい。
ハンデをもらっても、毎回数千円ずつ巻き上げられる。
おまけにK氏は「プレーが遅い!早く打て!」「下手くそがなに歩いているんだ!走れ!走れ!」「考えたって入らねえんだから、早くやれ!」「ルールブックを見ろ!それは2打罰だ!」「馬鹿やろう!隣に行く時は帽子を取って挨拶しろ!」「フォアーって言う時は死ぬ程でかい声を出せ!」「自分が打ったんだ!運が悪いなんて言うのは10年早い!」「下向いて歩くんじゃない!若いのにジジイみたいな顔すんな!」「コースに文句言うな!ありがとうって言え!」...

親にも言われた事の無い罵詈雑言を浴びせられる。

たまにいいライから、チャンスを決めようなんてすると、「ほう、トップしそうなライだなあ..」
「ちょっとボールが浮いているなあ...」「右の池が効いているなあ..」とか呟いて、自分を動揺させる...大体期待通りにミスをする自分を、腹を抱えて笑い転げるし...

おかげで、ゴルフ以外に使う小遣いが無い。
残りの所持金が少なくても、K氏は鬼のように「これは月謝だ。ちゃんと払え!」と握りの金を奪い取って行く。
なんとかK氏に、ニギリで勝ちたい。
あの上から目線を、ぎゃふんと言わせたい。
...しかしK氏は上手い。
変なフォームで飛ばないのに上手い...自分に文句を言ったりからかったりしながら、いつの間にか80前後では回っている。

もう2年になる。
さんざんいたぶられたおかげか、同期の奴らよりは良いスコアで上がるのは当たり前になったし、会社のコンペでも上位に入る様になったけど、どうしてもK氏より上にはなれない。
当然握りでも一度も勝った事は無い。

畜生!...鬼め...
「俺にどうしても勝ちたいんなら、いくらでもハンデ増やしてやるぞ」なんて言いやがって。
ハンデ一杯もらって勝ったって勝った気なんかしない...

はじめにもらったハンデで勝ったら、そのうちにスクラッチだって勝ってやる。
今週もラウンドだ。
ワクワクしてくる。
今度こそ...鬼め、待ってろ...

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抵抗してもしょうがない、と心底思っていた日々の生活の大きな流れの中で、不意に誰かに呼ばれたような気がした。
いつものような一日の午後、いつもと同じような生活のための買い物帰り、ふと誰かに呼ばれたような気がして立ち止まっていた。

焦点があって来た目の片隅に、赤い色が見える。
そこは燃えないゴミの集積場。
市役所に連絡してからでないと捨てられない、特別なゴミの日。
赤いキャディーバッグ。
いかにも女性用で、ウッドとアイアンが12本程入ったまま。
「10年くらい前のかな?」

そう思った自分に、思わず笑ってしまった。
「ゴルフをやっていたのは、もう15年以上前のことなんだ..」

10年ちょっと前に結婚した。
もう年は40に近くなっていた。
夫はゴルフをしないし、する余裕も無い生活で、小学生の小さな子供が二人いる。
多分夫は、私がかってゴルフに夢中になっていたなんて、想像もつかないだろう。
私だって、こんな生活がそれなりに幸せだと思っているから、ゴルフのことなんか話したこともなかったんだし。

20歳を過ぎてから、上司に勧められて始めたゴルフに、あっという間に熱中した。
上手くいくのも失敗するのもともかく面白くて、自分の自由になる収入と時間は、殆どゴルフにつぎ込んだ。
遠いけれど安かったコースの会員権を買って、競技ゴルフも始めた。
やっとシングルになった頃は、もう35歳を過ぎていた。
はじめはうるさく結婚を勧めていた両親も、その頃にはもう諦めていたようだった。

でも、40歳になる頃、相次いで両親が亡くなった。
不景気で、勤めていた会社が倒産した。
タイミングよく、その頃紹介された今の夫と、結婚することになった。
自分には他に選択肢が無かったような時期だし、夫も悪い人ではなかったので、それも人生と納得した。
ゴルフをするような環境ではなくなったのが判っていたので、すべてのゴルフ道具と会員権は処分して、新しい生活を始めた。
それから十年以上ずっと、平凡で幸せな時間に流されて来たように思う。

そこを、呼ばれた。
両手に買い物したビニール袋を下げたまま、捨てられているキャディーバッグに近寄った。
「あの時に捨てたクラブみたい...」
心の底がちくりと痛んだ。

持って帰れば、またあの燃えるようなゴルフの日々を始められるかもしれない。
(両手のビニール袋を片手で持って...)

...歩き出した。
両手にビニール袋を持ったまま。

きっと、今はその時ではない。
流されて行く日々に、心のどこかで熱いものがひっそりと燃え始めても。

あと十年過ぎれば、二十年経てば...
訳の分からない確信がある。
それは、またきっと自分を訪ねて来てくれるに違いないから、と。

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あるオープンコンペで一緒になった、60代半ばの白髪の男。

「ゴルフは、スロープレーが一番いけないんだ」と、やたらせかせか動き回る。
他の人が打ち終わる前に、もう自分が動きだす。
確かに歩くのはちょこちょこと小走りに近いような感じで、いかにも急いでプレーしようとしている「ように」見える。

が、このパーティーで、我々残りの3人はこの男の分迄、急がなくてはならなくなった。
実にせわしなく動き回る男だが、「手続き」が長いのだ。
自分がいつからか決めてしまった「ルーティン」を、どんな時でも守らなくてはいけないと固く神に誓っているようだった。
せかせかと細かく動き回るのに、ボールをセットするのに、ティーグラウンドの一番前ぎりぎりのところに、ティーの高さから文字の方向迄細かく細かくセットする。
ボールの方向を決めたら、せわしなく3回素振りをして、もじもじとアドレスに入る...もじもじもじもじと動いて...止まる。
「さあ、打つか」と思って見ていると...それまでせかせかと動いていたのが、嘘のように静止してしまう。
「え?」と、見ている我々は前につんのめる思いで、それぞれ「止まった姿勢」で打つのを待つ..待つ...待つ...
息を止めていた肺が「もう限界だ!」と叫び出す寸前に、突然発作が起きたように強烈なスピードで振り上げ...打つ。
打ったと思った瞬間には、その男は剣道の正眼の構えでボールの飛んだ方向を向いて立っている。
...その方向は、毎回ボールが飛ぶ方向が違うので、右だったり左だったり...それはそれで滑稽なんだけど。
まさに、昼寝が出来るアドレス、光速のバックスイング、蠅が止まるダウンスイング...そしてほぼ毎ホールボール探し。
「プレーの遅い奴は、ゴルフやっちゃいかん」と、上から目線で言うのだが...正直、他の人の倍以上時間がかかっているのに本人が気がついていない。

そんなプレーの昼休み、それぞれが夫婦でゴルフを楽しんでいるか、なんて話になった。
「ゴルフは女房なんかとやっちゃいかん」とその男は強調する。
「なんでですか?」
「ワシは喧嘩ばっかりになるんで、絶対に女房とはやらん」
「今日だって、女房は前の組で回っとる」
「え?」

前の、女性4人の組の一人が奥さんなんだと。
見た感じは、この男よりずっとスイングは奇麗で、プレーもテキパキとしていそうだ。
「ひょっとして奥さんの方がスコアがいいんじゃ?」
なんて一人が冗談を言うと...「....」
黙り込んでしまった。

ラウンド終了後、クラブの確認をしている時に、その婦人が男のところに来て言った。
「今日はどうでした?」
男は黙ってスコアカードを見せる。
「あらあ、全然進歩無いのね」
「ゴルフ、向いてらっしゃらないのね」
「相変わらず変なスイングだし、あたしの主人です、って言うのが恥ずかしいわ」

男の頭から、湯気が立っているのが見えた。

...後ろを向いて聞いていた3人は、吹き出しそうになるのを、必死でこらえた。

「そうか、奥さんが前の組で回ってるのは、後ろだと奥さんに全て見透かされちゃう訳だ」
「...おかしくて、涙が出て来た」
「あれで、よく離婚しませんね」
「亭主も亭主だけど、奥さんも奥さんだよなあ」
3人で夫婦に背を向けて、靴にエアーをかけながら小さな声でこそこそと...

奥さんは女性のベスグロや、3位の賞品や、ニアピンなどの賞品を山のように受け取り、男は参加賞だけを持って...「ちゃんと」二人一緒の車で帰って行った。


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最初は3番ホールで、3打目を打とうとした時に「トン」と音がして、2−3メートルのところにボールがころころと転がって来た。

2打目をミスした私が、チョロした3打目を打とうとした時だった。
「危ないなあ」と思ったけれど、届いた訳じゃないし、チョロした私が大して前に進んでいなかった事に後ろの組は気がついてないんだろう、と思っていた。
4番でも、5メートルくらい後ろにボールが転がって来た。

前は4人、後ろは3人に囲まれた、夫とのツーサムのプレーだった。
前の4人はのんびりと楽しそうに回っており、後ろはアスリート系らしく30半ばくらいの3人がバックティーから回っていた。
夫と私は、どうしても4人がグリーンを終わるまで待つ時間が長くなり、後ろの組は待っている私たちにちょっとじれているようにも見えた。

そして7番ホール、長く待ったあげくやっとグリーンが空いたので、セカンドを打とうとした私のすぐそばを、「シュルシュル」と風を切る音が聞こえてボールが飛び越えて行った。
「きゃあ!」と悲鳴を上げた私を見て、夫がカートに飛び乗り、急ハンドルを切って後ろに走って行った。

「喧嘩になる!」...そう思った。
しかし、夫は背も高くなく逞しくもなく、普段の生活の中では私が苛つくくらい「大人しい」、と感じていた男。
(何度、「どうしてこんな男と結婚してしまったんだろう」、と後悔した事か。)
...30も半ばをこえて、「悪くなければいいか」ぐらいで決めた結婚だった。

そんな夫でも、「喧嘩になって怪我でもしたら」と心配になって、慌てて携帯を取り出して警察かコースかに電話する用意をした。
3人のところに行った夫は何かを大きな声で言っている。
しかし、3人の若者は大して悪い事をしたという様子もなく、ふてぶてしく黙って立っている。
いずれも、首一つは夫より大きい男達だ。

これは、喧嘩になったらただじゃ済まないな、と感じてコースの電話番号をプッシュし始めた。

そのとき、夫が何かを言ってこっちを振り向いた。
3人がこちらを見た。
すると急に3人の態度が変わって、しきりに夫に頭を下げるようになった。
こちらを見て、再び何度も頭を下げる。

最後は90度に頭を下げて謝っているように見えた。

...その後は、3人は私たちがグリーンに乗るまでティーショットを打とうとはせず、ほぼ一ホールの間隔を空けてプレーするようになった。
昼にはレストランで3人揃って、私に「危ない事をして、申し訳ありませんでした」と謝りに来た。

夫を見直した。
覇気がない、男らしくない男だと思っていたけど、やる時はやるんだ。
それに、私が危ない目にあった時に、ちゃんと身の危険も顧みずに行動する男だと判ったら、なんだか結婚して初めて「ちょっといいかも」なんて気持ちになっている。

ただ...
ただ、あの時、彼らに夫はなんて言ったんだ?
何を言われて、彼らは私を見てから、態度を急に変えたんだ?
...それが、今になって気になる。

夫にその時の事を聞いても、ニヤニヤ笑っているだけで何も教えてくれない。
夫を見直しはしたんだけれど、どうもその事が気になってしょうがない。

...本当に、あの時夫は、私の事をなんと言ったんだ?


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Tさんは、運動が小さい時から得意ではなかった。
かけっこも遅い。
野球やバスケットボールも卓球などの球技も、ボールの大小に関わらず一切苦手。
もちろん柔道や相撲などの格闘技もダメ。

そのために40の声を聞くまでは、あらゆる「運動」と名のつくものから距離をとってきた。

それが、取引先との関係で「やらなければならない」状態から、ゴルフを始める事になってしまった。
当然苦手な運動との自覚があるから、一番はじめから近所の練習場のレッスンプロに教えてもらう事に決めた。
道具の選び方から、グリップ、アドレスの姿勢から...すべて手取り足取りのレッスンを始めた。
それから5年、週1回の練習は欠かさず、必ず練習場のプロにチェックを受けている。
...が、スコアははじめのうちこそ、ハーフ70や80から少なくなってきたが、ハーフ60の壁を越える事ができない。
トータル120を切れない。

Tさん自身は、その原因が分かっているつもりだ。

Tさんのゴルフは、ドライバーの調子が良いと他のアイアンやパターの調子が悪い。
アイアンが調子が良いと、ドライバーが当たらず、パットは相変わらず悪い。
パットを練習して、調子が良くなると、ドライバ−もアイアンも当たらない。
・・・

プロはいつも「ドライバーもアイアンもスイングは一緒ですから..」と言う。
でも、Tさんはこれは絶対に違うと思う。
「だって、ドライバーが調子いいから、ドライバーと同じようにアイアンを打つと当たらない」
「アイアンが調子いいからと思って、同じようにドライバーを打つと当たらない」
「なんで、ゴルフってドライバーもアイアンも、アプローチも、バンカーも、パットも、みんな形も打ち方も違うんだろ?...なんでみんな、こんなにいろいろと違うものをちゃんと打てるんだろ?」

プロは、「打つ基本は一緒なんですよ。ボールの位置と重心と、ほんのちょっとしたイメージの持ち方でちゃんと打てますから」なんて言うんだが、それがよく理解できない。
だって、ゴルフってその度にみんな打つ場所や条件が違うんだから...
教わった事の無いところにばかりボールは行くし...
プロの言う通りに「同じに打って」も、ちっとも上手く行きやしない。

この前は「あの、お願いですから私の言う事をわかってください」なんて、コーチに泣かれてしまった。
確かに、5年もやっていてこんな風なのは私だけらしい。
一緒にゴルフをする仲間や先輩達には、「不器用にも、程度ってものがあるだろ?」なんて呆れられるし。

だけど、自分はゴルフが絶対に嫌いじゃない。
その日に何が調子がいいのか楽しみでもあるし、他の調子の悪いものだってそれが不愉快なものでもない。
スコアに対する期待は全然しないけど、ゴルフの予定が決まってからはずっと気持ちが浮き浮きしているし、ゴルフの前日は興奮して眠れないし、ゴルフから帰って来てからはすぐに次の予定を考えてるし。
多分これはゴルフが他のスポーツと違って、負けた原因や張本人にされて「お前がいなければ勝てたのに」なんて言われる事も無いし、下手だからって馬鹿にされたり邪魔者扱いされてのけ者にされる、なんて事が無いからだろう。
それに、5年もプロから教わっていて、上達はしてなくても「プレーを速く、ボールに触らない、ルールを勉強する」という事はちゃんと出来るようになってるんだから、他人に迷惑はかけていないと思うし。

...それにしても、どうしてみんなはドライバーもアイアンも、アプローチもバンカーも、おまけにパットまでちゃんと出来るんだろう。Tさんは、みんながそれぞれを使い分けて楽しんでいる事が、不思議でしょうがない。
形も打ち方も、みんな全然違うのに...


 

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Kさんは、子供の頃から理科系の勉強がよくできた。
実際に大学を出た後は、大企業の研究員として就職し、それなりの実績をあげてきた。

彼がゴルフと出会ったのは30歳のとき、ゴルフ好きな上司との付き合いから始めたもの。
それほど運動が得意な方ではなかったが、ゴルフというものが「止まっているボール」を自分で動かす球技なので、「自分にも何とかなりそう」な感じがした。
実際、うまくドライバーが当たった時に感じる「感触」は、それまでの人生で感じたことの無い「快感」で、それにはまり込んで行く自分を感じた。

そうなると、本来研究熱心で分析が得意な彼は、あらゆるレッスン書やビデオを買い込んで、無駄を省いて合理的で正確なスイングを追求しようと決心した。
止まっているボールを打つのだから、彼の得意分野の数式で「そのスイングスピードでの反発係数」だの、「最大飛距離」だの、「ボールの回転数」だの、「打撃角度」だの、あるいは材質による「摩擦係数」だの...あらゆることが、正確な答えとして導きだされるはずだと確信した。
そして有名選手のビデオで、どうやって最大のヘッドスピードを出せるのか、どのように再現性の高いスイングを自分のものにしているのかを分析研究した。
自分の体力や体型・筋力とそれに合った道具の研究や、大手メーカーの新製品の新理論も欠かさずチェックし、「本物の科学的効果」があるかどうかを調べて取捨選択して取り入れた。
もちろん自分の基礎体力向上の努力もした。

結果は出た。
35でシングル入りして、ハンデは6まで行った。
...しかし、40を過ぎてもハンデはそれ以上にはならなかった。
週に5日以上会社に出勤しているので、練習する時間やラウンドする時間がそれ以上増やせなかったのが一つの原因ではあった。
しかし、それでも彼はもっといい答えがあるはずと考えて、ずっと練習と分析と研究を続けた。

だが、45になってもハンデはあがらないどころか、8に落ちてしまった。
そしてそのころ、仲の良かったライバルに「最近、ゴルフが嫌いになったのか?」なんて聞かれた。
「いや、そんなこと無いけど...むしろますますのめり込んでるくらいだ。」
「じつは、他のメンバーがお前とゴルフやっても楽しくない、って言ってるんだ。」
「いつもしかめっ面して、うまく行かないとすぐ機嫌が悪くなるし、他の人プレーは見てないし..ってな。」
「せっかくの休日だから、お前と一緒にはゴルフをしたくないって人が増えてるぞ。」
「特に最近評判が悪くなって来たみたいだから気をつけろよ。」

Kさんは、この言葉に驚いた。
自分のスイングとゴルフを追求し続けて、正解が出るはずの数式を作ったのに答えが出ない...と言う感じのイライラとしていた日々が続いていた。
それが、そんな風に表に出ていたなんて。

Kさんは半年ほどゴルフから離れて、考えた。
最近は実際にゴルフが楽しくないかも、と感じてもいたからだ。

...またゴルフを再開したとき、Kさんは「答え」を見つけようとするのをやめた。
「理科系頭の自分だけれど、文科系の頭になって感じてみよう」と思ったのだ。
実際には骨の髄からの理科系人間の自分だから、答えがはっきり解らないと気がすまない思いは消えないんだけれど。ど、出来るだけ「曖昧さ」や「何となく」や「いい加減」な気持ちでゴルフをやろうと努力している。
うっかりすると眉間にしわ寄せて考え込んでている自分がいるんだけれど、最近ようやく目の下のボールばかりではなく、目の上の風景を見る事が出来る様になって来た。

スコアの安定感は消えてしまって、とんでもなく悪いスコアも度々顔を出す...でも、ゴルフの違う楽しみが少しずつわかってきたような気がする。

...まだまだ、悪い評判は消えてはいないようだけど。

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