ゴルフな人々    (イラストレーター渡辺隆司のブログ)

ゴルフが人生に似てるのか、人生がゴルフに似てるのか... 忘れ得ぬ、ゴルフで出会った人々。

カテゴリ: ゴルフな人々

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拝啓..なんて、堅苦しく書くのはやめておこう。
俺が先に18番をホールアウトした、というだけのことだ。

お前が先に始めたゴルフを、あとから始めた俺がすぐに追いついたことは、今でも悪いことをしたと思っている。
頭に来たお前が、俺に永久スクラッチで握り続けることを申し込んで来た時に、受け入れたことも悪いことをしたと思っている。
俺の方がいつもお前より10ヤード以上飛ばしていたのも、悪かったと思っている。

おかげで俺はお前から勝ち逃げすることになってしまったし、お前が俺の何倍もドライバーを買い替える事になったのも、みんな俺のせいだ。
こう書くとお前が、握りはたいして差がつかなかった、とかドライバーで負けても小技は俺の方が上だったとか反論する声が聞こえるようだが、いつもセカンドショットを先に打つ時のお前の口惜しそうな顔が目に浮かぶぞ。

だがお前のおかげで、俺のゴルフは楽しかった。
いろいろなことはあったが、お前とのゴルフは楽しかった。
俺は、ゴルフとお前に感謝する。
どうもありがとう。

追伸
握りの勝ち逃げの分は、香典でチャラだ。
俺は遠くの19番ホールで酒を飲みながらゆっくりしているから、お前はもうしばらくゴルフを楽しんでいてくれ。

追伸
お前はここ一番で力が入ると、左の膝が早く伸びて突っ張る癖がある。
だから、肝心な時に左に引っ掛けてミスをする。
これは10年以上前から気がついていたんだが、握りに勝つためにお前に言わなかった。
親友とはいえ、永久スクラッチのライバルだ...心の狭い俺を許してくれ。

俺は笑っているんだぞ。


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「同じ白ティーからやって俺より飛ばすなんてね...」

(なんだよ、結局それが理由かよ。)
本当のところはそれが理由ならしょうがない、と妙に納得して黙って聞いている自分がいた。
会社の同僚から始まって、5年続いた男との別れの場面。
特に熱い会話がある訳でもなく、薄々感じていた事がはっきりとしただけの話。

彼に誘ってもらった事から始めたゴルフ。
すぐに夢中になって、ゴルフ教室でプロの指導を受け、週2回の練習と毎日のストレッチや素振りやジョギングを欠かさないようになった。
元々運動が好きで、学生時代はテニスやバレーボールで優勝経験もあった。
社会人になって運動する機会が無くなり、そういう事に飢えている時にゴルフに出会ったので一遍に熱中してしまったんだと思う。
身体のバネと柔らかさはまだ学生時代の遺産として残っていたので、ボールを打つタイミングと形を身体に覚えさせた後は上達は早かった。
特にインパクトのタイミングをつかんだ後は、プロも驚くくらいにボールがよく飛んだ。
ヘッドスピードもゴルフショップの測定では最高で45まで出た。

女性同士のコンペではいつもドラコンをとるのが当たり前になり、女性用の赤ティーで回るのがつまらなくなった。
会社のコンペや練習場のコンペでも、許されている時はなるべく男性と同じ白ティーからプレーするようになった。
スコアはボギーペース以上には中々ならなかったが、ボールを飛ばす事が気持ち良くてゴルフの誘いは断らなかった。

...彼とのゴルフでも同じティーからプレーするようになり、3回に1回は彼をアウトドライブすると「勝った!勝った!」と喜んでいた。
その頃から彼とのラウンドは少なくなり、一緒に出場するコンペでも同じ組にならないようになった。
自分はゴルフ自体が面白かったので、あまり気にしてなかったんだけれど...ある日、彼が深刻そうな顔で「ちょっと話があるんだけれど...」と言って来た時に、不思議にピンと来た。

「逢うのをやめよう」
その後いろいろと理由を話して、謝った上でこう言った。
「同じ白ティーから打って、俺より飛ばすなんて我慢出来ないんだ」
それが本音かよ。
それが最後の言葉かよ。

ゴルフが理由の別れだけれど、ゴルフがあるから大した痛みも感じない。
さよなら、どうもありがとう。

今度は、私は私より「飛ばす」男をみつけるわ。

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あいつからの年賀状には「謹賀新年」しか書いてない。
もっとも、俺からのだって「賀正」しか書かなかったんだから、お互い様か...

「あんなに仲が良かったのに、一体どうしたの?」なんて、以前一度だけ女房が聞いたことがあったけど、何も言いたくないので黙っていたらそれ以上聞こうとはしなくなった。
女房同士は今までと変わらずに付き合っているようだから、何か聞いているのかもしれないが...

...4年前に二人でダブルスの試合に出るまでは、永久スクラッチを約束したライバルであり親友とも言えた。
「俺たちなら、あのダブルス戦決勝でもいいところに行くぞ」なんて、どちらともなく言い出して参加を決めたある新聞社主催のダブルス戦。
お互いの良い方のスコアをカウントしていくから、予選でもパープレーとか1オーバーがカットになる。
でも、俺たちなら噛み合えばアンダーには絶対なるだろう...そんな自信が二人ともあった。
俺はショットに自信があったし、奴は小技とパットに強かったし...

試合では、どう見ても我々より上手くはなさそうな二人と一緒になり、自信を持ってスタートした。
...が、結果は信じられないくらい噛み合わなかった。
二人一緒に3ボギー、1ダボ...バーディーを二つとっても焼け石に水だった。
我々二人よりそれぞれグロスでは悪い同じ組の二人が、それぞれ80近く叩きながら見事に噛み合って1オーバーでまわったのに対し、我々は二人とも4オーバーでまわって3オーバー...2打足りずに予選落ちとなった。

その夜、二人で残念会をした...口惜しかったためか思ったより酒が進んだ。
「俺が悪かった...お前がOBを打った時に、お前の分も取り返すなんて力が入ってクリークに打ち込むなんて。」
「いや、俺が悪いんだ。 お前のトラブルを見て、無理にバーディー狙いにいって3パットして..」
「いや、俺が悪い。 堅く行くべき所でつい狙ってしまった..」
「いや、悪いのは俺だ...」
「いや、俺の方が悪い..」
...気がついたら、喧嘩になっていた。
なんの拍子にか、「もうお前とはゴルフやらねえ!」「ああ、俺もやりたくねえ!」
売り言葉に買い言葉だった。

そのまま、もう4年になる。
ただ、お中元とかお歳暮で、奴からはゴルフの小物が贈られてくる。
もちろん、俺からも同じだ。

去年のお歳暮には、流行のGPS距離計が贈られて来た...偶然俺から贈ったのも、違うメーカーの距離計だったけど。
なんだか気まずくて、一緒にゴルフする気になれない...が、付き合いが切れる訳でもないらしい。

女房はあきれて見ているのだが...

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何年か前のI県でのオープンコンペで一緒になった男は、身長190センチ近い大きな男だった。
野球をやっていたという身体は、年は40前後でまだ中年太りには早く、尻の筋肉も若い頃の運動の遺産として十分に活躍していそうな体型だった。
いっしょに並ぶと(体重では勝っているみたいだったけど)182センチの身長の自分が、一回り小さく感じる程。

この男が殆どのティーショットを1番アイアンで打つ。
それが飛ぶ!
自分のドライバーの当たりが悪いと、負ける。
もう一人の同伴競技者は完全に30ヤード近く置いていかれる。
その打球は中弾道で約270ヤード前後飛び、フェアウェイをほぼ捉える。
オープンコンペの白ティーからだとほとんどのホールでセカンドはウェッジだった。
しかし、彼のキャディーバッグを見ると最新のドライバーがちゃんと入っている。
「ドライバーは使わないんですか?」
「ええ、僕はウッドが苦手なんですよ。」
「一応、ドライバーはボーナスでカスタムで組んで作ってもらったばっかりなんですけど...」

それでも一度だけ、午前中だけのドラコンホールで彼はドライバーを手にした。
...が、そのボールは酷いプッシュアウトで林の真ん中に飛んで行った(飛距離は出ていた)。
アウトは、そんな事があって37。
インに入ると、490ヤード程のロングホールで1番アイアンと4番アイアンで2オンしてイーグル。
もう一つのロングも2オンしてバーディー。
しかし、飛び過ぎの池ポチャなどがあって、インは38。
とうとう午後は一度もドライバーを手にしなかった。
コンペではグロスでは2位だったが、新ペリアではハンデホールでバーディーやらイ−グルやらで、大はずれとなり賞品はつかなかった。

「なんで1番アイアンが得意なんですか?」
「ええ...僕は前に野球やってまして...」
「25からゴルフ始めたんですけど、アイアンは棒切れの先に打つ場所が付いているだけの様な気がして、野球のバットと似た感じで振り切れるんです。」
「でも、ウッドは全然違う場所で打つような気がするのと、なんだかねじれるような気がして...全然まっすぐ飛ぶ気がしないんです。」

...判ったような判んないような...
でもヘッドスピードも十分ある彼だからこそ、1番アイアンで250ヤード以上平気で飛ばしてるんだろうなあ。
その1番アイアンを打つコツを聞いたら、「外角低めを右中間にホームラン」、そんなイメージだって言ってたっけ...


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口惜しかった。
自分の中の深いところから口惜しさがこみ上げて来て、どうにもならなかった。
...自分にそんな感情が強くあるなんて、生まれて初めて知った。

去年、付き合っていた彼から誘われて、一緒にパブリック選手権の予選に申し込んだ。
4年ほど前に、彼に無理矢理連れて行かれた練習場でゴルフを始めてから、初めて体験する「ちゃんとした試合」だった。

...3年前から週一回練習場のプロの教室に入って練習を続け、その頃は月3回くらいラウンドするようになっていた。
練習場仲間のコンペでは上手い方になり、平均して90は切るようになっていた。
彼とのツーサムのラウンドでは、レディースティーからだったけど彼といい勝負をするようになっていて、ベストスコアは81を出していた。
運動は好きだけどあまり熱くなれない性格は、「競技」というものには向いてないと思っていたので、ゴルフも楽しければいいとしか思っていなかった。

そんな時に彼が「パブ戦に出ようかと思ってるんだけど、君もどう?」と言って来た。
「そういうものに興味がないから」と断ったのに、強引に一緒に申し込みをされてしまった。

試合の前の日も別に「どうせ予選落ちなんだから、気楽にやればいい」くらいにしか思っていなかった。
そして当日。
スタート前に名前を呼ばれ、マーカーが決められた時に「あれ?」と思った。
足が震えている。
それからスタートして3ホールくらいのことを殆ど覚えていない。
スコアカードには3ホールで10オーバーのスコアが書かれている。

一緒に回った3人は、二人が年上のベテランゴルファー、一人は高校生くらいの若い娘。
試合慣れしているのか、淡々と回って行く...いつものコンペのように「キャー!」とか「わあー!」なんて嬌声を上げることはない。
やっと最後の二ホールくらいになって、自分らしいゴルフが出来たように思う。
スコアは100をオーバー...一緒に回った一番年上の女性が、優しい声で「ちょっと早かったわね」と声をかけてくれた。
...そのとき、信じられないくらいに熱く「口惜しい!」という思いがこみ上げて来たのだ。
「口惜しい」という言葉が頭の中にぐるぐると回って消えて行かない。



それから、ゴルフに真剣になった。
「もっと上手くなる事」
「もっと強くなる事」
それしか頭に無くなった。
彼があきれて去って行った。
給料のほとんどをゴルフに回した。

でも、腕はもどかしいくらいに上がらない。

そしてまた春。
2度目のパブ戦挑戦....この一年でかえって自信が無くなったような気さえするけど、去年よりは少しでもいいスコアを出してやるつもり。
自分がこんなに一つの事に拘り続けるなんて、生まれて初めての経験だ。

でも、自分にこんな一面があったんだ、ということを密かに楽しんでいる自分がいる。
こんな「熱いもの」を感じて、初めて生きている気がしている自分がいる。

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始めた当初はこの数字じゃあなかったんだそうだ。

かなり前に、あるオープンコンペで一緒になったSさんは75歳。
未だクラブハンデは13を維持しているんだそうだ。
一番やっていた時でも「やっとシングル程度でした。」

昼食をとっている時に、スコアカードの表紙のところに「657」という数字を書いているのに気がついた。
その数字の意味を訪ねた時にSさんが言ったのが「あと二つなんですよ。」
「あとふたつ」の意味が分かったのは、風呂場でその会話の続きをしたとき。
「関東地方のゴルフ場の数です。」
「ここが657番目で、あと回ってないのは2コースだけになりました。」

...60歳で退職をした時に,好きなゴルフをするにも何か目標が欲しいと考えたんだそうだ。
「競技でいい成績というのも私には無理と判ってたし...」
「ただ目的も無くゴルフをするのも非常にもったいないし...」
「それで,関東地方のゴルフコースを全部回ってみようと思い立ったんです。」

...15年で657コース。
恵まれた健康と財力がなければ、普通の人にはまず不可能な数字。
それに、たとえ財力と健康に自信があったとしても、ずっと気持ちが切れずに続くだろうか?
「全コース」と言うからには、ショートコースを除いた18ホール未満のコースだって含まれる...9ホールのコースや、12ホールのコースも回るということ。

普通の人がこれをやろうとすると、まずぶつかる壁が「名門コースのプレー」。
名門とか超名門と言われるコースを回るためには、紹介あるいは同伴してくれるメンバーがいなくてはダメだし、誰か一緒にプレーしてくれる人だって必要になる。
Sさんは、多分そうした人脈には恵まれた立場の人だったんだろう。

それに、評判の良いコースや近いコースならまだいい。
そういう名門コースを回る間に、荒れた河川敷のコースや荒れた倒産間近のコースを回ったり、とんでもなく遠いコースや、アップダウンが半端じゃないコースも回る訳だ。
冬の寒さや夏の暑さだって関係なく回らなければそれだけの数をこなせないし、体調が悪い時だってあるだろう...それを平均して週1は最低回る生活を15年続けて来た結果が(途中で新設コースが増えて数字も多くなったんだって)657コース制覇。

今頃はとっくに659コース全部回り終えているんだろうけれど、まだまだ元気そうだったから新しく「本州全コース制覇」なんて目標でも作って元気にラウンドしているんだろうと思う。

ただ、最近は倒産してしまうコースも多くなって来ているので、これ迄とは違う「時間との戦い」も加わって、目標達成はより難しくなって行くだろうなあ...
 


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1日2千円か...
それで生活しないといけない。

会社が傾いたために、早期退職に応じて転職した夫の収入は半分近くになってしまった。
その給料は、家のローンと保険や年金や税金、電気、ガス、水道、それにケイタイの電話代、少なくなったとはいえ子供のためのお金で殆ど全部消えてしまう。
かろうじて残った2万円弱のお金が夫の小遣いとなる。

それに私のパート代が月に6万円。
それが生活費。
単純計算で1日2千円。

とてもゴルフに行くお金は出ないなあ...

昨年の後半は、夫は少ない小遣いをパチンコで増やして、月に1回か2回ゴルフに行ってたようだけど、一度小遣いを全て擦ってしまってからそれもやらなくなったようだ。
もう2ヶ月ゴルフに行ってないけれど、少しずつお金を貯めてはいる。
5千円程で一週間分のおかずを買い込み、全然お金を使わない日を作ると月に1万円程が貯まる計算だ。
これなら2ヶ月に一回、遠いコースの昼食付き5000円以下の所とか、早朝や薄暮の割引プランで二人でラウンド出来る。
夫も、自分の小遣いから、少しずつ溜めてゴルフに行く気でいるし。

夫と、「この暮らしって生活保護の金をもらっている人達より少ない収入で暮らしてるんだよなあ...」なんて言い合って笑っているけれど、真面目に働いてこんな暮らしなんて絶対おかしいと思う。
周りを見ても、以前のゴルフ仲間で昔と同じようなペースでゴルフに行っている人は3分の1くらいになってしまった。
半分以上の人達はパートやバイトや、資格を取って働いたりでゴルフをする時間がなくなったと言っている。
その働いたお金は、ゴルフではなく生活のために使っていると言うし...

いつまでこんな時代が続くのかなあ。
もし学費にお金がかかる子供がいたら、もう生活が行き詰まっていたかもしれない...こんな時代に若い人が子供を産まなくなっているのはよくわかる。
それでも、夫と「またゴルフに行きたいね」ってよく話す。
晴れた日にゴルフを思いっきり楽しめる日が来たらこんな苦労も報われるし、こんなことが笑い話になるのになあ...

1日2千円以下で...そうして、もう少しお金が貯まったら夫とゴルフに行ける。
2ヶ月に一度の楽しみが、きっと生きて行く元気と希望を与えてくれる...上手くなることはないだろうけれど、その一打一打の楽しみは以前よりずっと深くなっているように思うなあ...

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「もうシニアパブに出られる年齢なのか...」
Kさんは最近、そんな風に考える事が多くなった。

大都市近郊の土地持ちの家に生まれたおかげで、ずっと今まで生活の心配なんてした事もなかった。
いくつかのアパートを持ち、親の代からその家賃収入と地代の収入で、生活は十分やって行けた。

そして大学を出てから、貸した土地に建てられたゴルフ練習場に出入りするようになって、ゴルフにハマった。
面白かった。
裕福な家に生まれて苦労も知らなかったから、どうも運動部のがつがつした感じが苦手で、あまり運動はしていなかった。
でもゴルフを始めてみると、やればやるだけ上達するのが面白くて、毎日練習場で練習するようになった。
仕事は親を継いで大家としての仕事をやっていればよく、時間も金も十分あった。
親から名門のコースを受け継ぎ、新設のいいコースにも2つばかり入会して競技ゴルフに目覚めた。
...シングル入りしてからはますますゴルフに熱中して、「そろそろ結婚したらどうだ」なんて言う親の声も全く耳に入らなかった。
やがてハンデも5下になり、クラブ競技の入賞の常連になり、クラブ対抗の代表選手にも毎年選ばれるようになった。
面白かった。
毎日毎日ゴルフが中心の生活で、楽しくてしょうがない生活が続いた。
腕は確実に上がり、いくつかの名誉も得る事が出来た。
生活のこまごまとした事は母親に任せきりだった...何時しか親も結婚の事は言わなくなった。
...その母親が2年前に亡くなった。
そうか...もう、シニアパブに出られる年齢なのか..。

同じ年代の男達は、孫の話をする事が多くなった。
自分がゴルフしかしてなかった時に、彼らは結婚し、子供を育て、その子供が結婚し、孫が生まれ...
自分は、その間に恵まれた環境に浸かってゴルフをしているだけだった。
...自分はひょっとして取り返しのつかない、無駄な人生を歩んでしまったんじゃないか?
ただ、人生を浪費してしまっただけなんじゃないか?


...いや、今は夜だからそんな事を考えるんだ。

明日の朝になったら、またきっと次にプレーするコースの攻略法と、もっと飛ばすために仕入れたニュードライバーの事で頭がいっぱいになって、自分の選んだ生き方を後悔する暇なんて絶対にないはずだ。
また次のゴルフだって、絶対に孫の事話すより面白くなるに決まっている。

過ぎた日はもう帰らないんだし。


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Sさんは、20年くらい前からゴルフを始めた。
なんだかチャラチャラしているように見えたし、金もかかりそうだったし、周りにもあまりやっている人の話を聞かなかったから、30半ばを過ぎるまでゴルフには縁がないと思ていた。

それが、勤め先の会社の人事異動に伴って、仕事でゴルフをすることが必要になってしまった。
今まで縁がなかった「接待ゴルフ」っていう奴だ。
...仕事に関係しているんだから、無様な姿をさらすわけにもいかない...あわてて近くの練習場のプロのレッスンを受けて、必死に練習した。
ところが、ゴルフって奴は簡単に上達するもんじゃなかった。
それに、レッスンプロの感覚的な言い回しが今ひとつ理解出来なかったし、体の動きも納得出来ない事が多かった。

元々が理数系の出身のSさんは、ゴルフスイングを科学的・合理的な理屈から理解しようと、本屋に行ってレッスン書やゴルフ雑誌...週刊誌、月刊誌、季刊誌、を買い集めて勉強を始めた。
練習場に行かない時には、夜遅くまでそんな本を読みあさった。

その結果、一年もせずに100を切るところまでは上達できた。
...が、そこからが難しかった。
上手く行けば90を切るかどうか、失敗すると100を越えるか、という状態が10年以上続いた。
その間も、ゴルフ雑誌のレッスン記事は欠かさず読んで勉強し、練習し、実戦した。
それでもやっぱり、うまくいったり、いかなかったり...
でも、仕事と言う面では努力が報われて、接待ゴルフはほとんど失敗なくやり通すことが出来た。
90から100くらいのスコアが、どんな相手に接待してもされても無難なところだったらしい。

Sさんは、ゴルフ雑誌のレッスン記事が役に立ったと思っている。
バンカーも、アプローチも、パットも、みんな上手くいかない時に読んだレッスン記事に助けられた。
(ただ、一つ上手くいくと一つ違う問題が出て来て、読み重ねたレッスン記事が自分の力の蓄積になっていないのが不思議だ)
だから、どの本にも自分を助けてくれた「ゴルフの真理」が載っているような気がして、雑誌を捨てられない。

はじめは部屋や廊下に積んでいたが、奥さんに「邪魔だから捨てる」とさんざん文句を言われた。
それで、狭い庭に一寸大きな物置を買って、そこに読んだ雑誌を置いてある。
ほぼ20年分、一冊も欠けてはいないはずだ。
だが心配なのは、もうそろそろこの物置が一杯になりそうなこと。
他にもう一つ物置を建てるような場所はないし、そうなったらどうしよう...

古い本から処分するしかないんだろうか...それとも...

今では年に数回しかゴルフに行けないけれど、これからの時間古い雑誌を読み返して楽しむのも「自分のゴルフライフ」だと、Sさんは思っているんだけど。

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Sさんは、荷物カゴにクラブケースをまっすぐ立てて、自転車で細い道を疾走する。
自転車はいわゆるババチャリ(ママチャリともいう)で、前後に荷台をつけてかなり年季の入ったもの。
その自転車でゴルフ練習場までの、約5キロを疾走する。

以前は歩いても行けるくらい近くに練習場があった。
子育てが一段落したSさんは、夫の勧めもあってそこの練習場のゴルフ教室に入った。
興味はあっても一生ゴルフなんてものとは縁がないと思っていたSさんだが、始めてみると...実に面白かった!
運動なんて高校のクラブ活動以来だったけれど、結構当たるしよく飛んだ。
同じ教室の同年代の女性達とも親しくなり、月に一度くらい安い河川敷に行くのが楽しみになった。
3年程続けた後,その人達とサークルを作り,年に4回程コンペもやるようになった。
自分のスコアも100を切ってたまに90も切れるくらいに上達した。
もう、ゴルフは自分の人生の生き甲斐と呼べるくらいのものになった。

...そこで、事件が起こった。
その自宅近くの練習場が閉鎖したのだ。
元々住宅地の中の練習場で狭かったために、5キロ程離れたところに出来た広い敷地の練習場に客を取られた結果だった。
やむを得ず、サークルのみんなはそっちの練習場に居場所を移した。
サークルごと練習場を移ったと言っても良いくらい...サークルのコンペの話し合いも連絡もそのコースを中心に動くようになった。
...でも、Sさんは車の免許を持っていなかったために、しばらく迷っていた。
コースに行く時にはサークルの誰かに頼んでいたんだけれど,練習日ごとに頼むのは気が引けたから。
それでも、しばらくゴルフをやらないでいると、日々の生活が我慢出来ない程ストレスがたまって来た。
「よし!」
「5キロくらい自転車で行く!」と決めた。
大きなキャディーバッグはもちろん自転車で持っていけないから、練習用の小さなバッグを買って自転車の荷台に載せて...

練習場に行って週一回の練習と、サークル仲間のオバサン達との楽しいゴルフ談義をしてみると、家に居た切りの時よりずっと生活が充実して来ると感じる。
でも、週一回自転車でバッグを積んで5キロの道を疾走するのは、それはそれで結構大変だった。
はじめは普通に前の荷台に斜めに積んでいたので、道ばたの電信柱にバッグがぶつかって転倒したのが一回,横に積んで走っていてバッグが車に接触して「あわや!」になったのが一回...
背中にバッグを斜めにかけても運転してみたけど、これはこれでなんでもない時に転びそうになってやめ。
子供用の椅子をハンドル手前に取り付けても見たが、これにバッグを乗せるとハンドルが切れなくなって怖い思いをしたのでやめ。
さすがに積み方をいろいろと考えて、自転車屋のおじさんに前のかごとハンドルでまっすぐにバッグを立てて固定出来るようにしてもらった。
これで大丈夫。
見た目はとても変だし、ちょっと人目につき過ぎるかもしれないけど、上に飛び出た枝にでもぶつからなければ運転には問題は無い。
むしろ、車からは目立って安全かもしれない。

オバサンは、ゴルフを楽しむために週一回、5キロの裏道を疾走する。

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